要点を押さえ日常生活で実践する1387

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「宇宙からの強運」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「宇宙からの強運」(113)

 ゆっくりな時に急いで、急がなければならない時にゆっくりしているのは「中」ではない。だから外れるのだ。

 中庸の「庸」とは、「庸言これを慎み、庸行これを誠にす」、つまり庸言(平凡な言葉)と庸行(平凡な行い)にあらゆる修業の眼目があるということだ。

 君子の道、天子の道は、日常生活の何げない言葉とさりげない仕草にその全てがある。どんなに深遠なことを悟っても、生活の中で実践でき、生活に応用できなければ、それを活かすことはできないのだ。


神人合一して万能の人になる

 神人合一とは、人でありながら神様のようになることだ。

 神様のようになるというのは、何でもできる万能の人になるということである。身につけたことを全部能力として開花させることができるようになるということだ。

 その基本はポイントを押さえて、生活の中に実践活用していくこと。生活の叡智を身につけること。その修業は脚下照顧して、自らの日常のたたずまい一つ一つを見直していくことである。

(つづく)

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状況に適応すること1386

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深見東州の「宇宙からの強運」(112)

 出した物は片づける、整理整頓をする、ご飯を食べたら食器を洗う、汚いところは綺麗にする。当たり前のことをキチンとやること。さらに機転をきかし、知恵を回して、臨機応変にやるというのは、またビジネスの基本でもあるのだ。

 植松先生のお弟子さんで夕方頃に洗濯物を干す人がいて、

「何故、太陽が出ている時に干さないの」

 と散々先生に叱られていたことがあった。

 このように生活修業ができていない人は、仕事でも、売り上げを上げなければならない時に経理をしてみたり、月末の経理をしなければならない時に、他のことを始めてみたり、というようにタイミングがことごとくずれてしまうわけだ。

 雅楽や能楽には「序破急」という演じ方の基本がある。早い時には早く、ゆっくりな時にはゆっくりと動く。そして、何もしなくていい時は何もしない。

 あるいは「中庸」という言葉があるが、これも本来は右にも左にも偏らず真ん中に行く、というような意味ではない。『大学』『中庸』を勉強すれば分かるのだが、中庸の中とは、やはり早い時には早く、ゆっくりな時にはゆっくりと動く、状況に適応するという意味だ。だから、当たる(中)のである。

(つづく)

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生活に応用できなければ意味がない1385

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深見東州の「宇宙からの強運」(111)

 住まいにこそ、最高のスの神様がいらっしゃる。スが坐す居場所だから、「すまい」なのだ。だから、私も一生懸命、洗い物をして床掃除をした。そして、今もそれが基本であることに変わりはない。

「神人合一の道というのは、生活に応用できなければ意味がない」というのが、植松先生の教えの根幹である。

「生活」とはいかなるものか。読んで字のごとく、生かして活用するということだ。

 学才や学識は本を読んだり勉強をすれば頭には入るけれど、それは全て分別の知恵だ。神人合一はそんなことでは駄目、生活の知恵のない人間は何をやっても駄目だということで、洗い物、床掃除、草むしりなどの生活修業を一年間みっちりとやらせていただいたのである。


修業の眼目は中庸にある

 さて、二年目より社会に出て実践せよ、ということで二十六歳の時に会社を作って、それからずっと今日まで続いている。御神業を続けながらの会社経営で、色々大変なこともあったが、一年間植松先生の元でやった修業は会社経営の中でも大変役に立っている。

(つづく)

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生活の中に全てがあるのです1384

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深見東州の「宇宙からの強運」(110)

 洗濯はもう一人修行者がいたので、後は床掃除。そういう修業をして、それまで色々本で読んだ霊的なことや、分別の知恵で勉強したことを全部頭から拭い去ることがはじまりだったのだ。

 分別の知恵とは、要するに顕在意識の知恵、頭で考えた観念の世界だ。その奥に本当の知恵がある。これが、御魂であり、潜在意識である。陽明学では良知と呼んでいる。分別、人知を超えた全知全能の神様の叡智がそこにあるのだ。

 だから、分別の知恵をなくすために色々なことをする。瞑想もそうだろうし、あるいは発狂寸前までギターを弾くなどというのも同じことだ。禅でも臨済宗では、問答でこの分別の知恵を叩き割っていく。また道元禅師の曹洞宗では、只管打坐、ただひたすら座らんがために座ろうということで、分別を超えることをテーマとしている。

 植松先生はこういう難しい表現は一切言わずに、

「生活の中に全てがあるのですよ」

 とおっしゃる。

「日常生活の中で、あなたのお家、あなたのお部屋、机の中を整理整頓しなさい。それが全ての修業なのですよ」

 と。

(つづく)

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お前は糞をたれるか、ええたれます1383

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深見東州の「宇宙からの強運」(109)

「うん。ところでお前は糞をたれるか」

「ええ、たれます」

「じゃあ、その周辺を綺麗にしなさい」

 次は便所掃除というわけだ。

 これを六年間。こんなことをして何になるのか、というところからまた始まって、きれいとか汚いとか、そういうことも感じなくなるぐらいまで自然にできるようになった時、その人も悟りを得たということだ。


生活に応用できなければ意味がない

 私も会社をやめて、神仕組だ、神人合一だ、と大きな夢と理想を持って植松先生のところへ来て、さて何をしたかと言うと、一年間洗い物ばかりしていたのだ。

 同じやるのだったら、リズミカルにということで、南無妙法蓮華経のリズムをとったり、時々南無阿弥陀仏にしたりしながら、ただひたすら洗い物に明け暮れていた。自慢ではないが一度もお皿を割ったことはない。急須は割ったが。

(つづく)

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洗い物のお茶碗の中に全ての真髄がある1382

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深見東州の「宇宙からの強運」(108)

 洗い物をしているお茶碗の中に、全ての真髄がある。何も考えずに、ただ磨く床の上に仏様の顔がある。「眉毛眼上にあり」、「柳は緑、花は紅」。そしてお茶碗は入れ物。そうした境地になるための修行なのだが、一番簡単なことだから、なかなか分からないのだ。

 さて、そうして洗い物ばかり毎日続けて、三年も過ぎたある日、相も変わらずゴシゴシと茶碗を洗っているとお師匠さんが来て、

「あっ、お前、もうよろしい。その修行はできた」

 と。

 その頃にはどうなっているかというと、ご飯を食べ終わったら、無意識に洗い物をしている。洗い物をしようと思わなくても自動的に手が動いているという状態になっているのだ。

 もちろん「何の為にこんなことを」なんて思わない。宇宙の真髄はどうのとか、悟りたいという色気もなくなって、色即是空の世界で茶碗を洗っているのだ。

「三年間よくやったな。よし、今度は次の修行に移ろう」

「ありがとうございます。次はどういう修行をすればよろしゅうございますか」

(つづく)

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じゃあ食器を洗え1381

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深見東州の「宇宙からの強運」(107)

「お師匠さん、何を修行すればよろしゅうございますか」

 すると禅師は、

「お前は飯を食うか」

 と問うた。

「えっ、飯は食べますが」

「じゃあ、その後食器を洗え」

「はい。わかりました」

 ということで、毎日毎日洗い物をやらされる。

 床を磨かされる。そうした日々が来る日も来る日も続くのだ。

 こんなことをして何になるんだろう、いつ宇宙の真髄は分かるんだろう、なんて考えていると、いきなり後ろからバシンと頭を叩かれて、

「何だ今のは! 我と慢心を捨てろ」

 と、どやしつけられる。

(つづく)

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「我」と「慢心」と「怠り」1380

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深見東州の「宇宙からの強運」(106)

 素の状態で物事を受け止めていけば「スーッ」と入っていく。すると気分も「スーッ」とする。それが素直ということである。

 それを災いするのが、「我」と「慢心」と「怠り」だ。これが神様が一番嫌いなものであり、本人の御魂を曇らせるものでもある。

 素直になっていくための修業の一つが、禅宗でいう「脚下照顧」というものだ。

 よく玄関口などに「履物をそろえようね」ということで、この言葉が書いてある。足元を照らして顧みようという意味である。即ち、平々凡々とした日常のことをキチンとやる中に全てがあるということだ。

 ある人が逍州禅師(じょうしゅうぜんじ)の門を叩いて、

 「仏法を深く勉強したいと思います。宇宙の真髄を会得したいと考えております。入門させていただけますか」

 とたずねた。そうして、

「ああ、いいよ」

 ということで弟子になった。

(つづく)

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柳は緑、花は紅1379

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深見東州の「宇宙からの強運」(105)

「そういう意味ではなくて、何も持たずに行って、何も持たずに帰ってきたのです。ただ、太陽が東から出て西に沈むということが分かりました。眉毛眼上(がんじょう)にあり、鼻は縦に長くて、眉毛は横に長いということが分かりました」

 当たり前のことである。

 そして、当たり前のことの中に素晴らしい真理があるということを、道元禅師は悟ったのだ。だから、中国に行く以前とはすべてを見る目が違う。奥の境地が違う。そこに全ての真髄があるということを道元禅師は悟ったのである。

 禅では「柳は緑、花は紅」ということを言うが、これも同じことだ。柳は緑のままで、森羅万象の全てを語っており、花は紅のままに森羅万象の全てを語っている。そこに真髄を見るという、境地を語っているわけである。


素直に見れば真髄が分かる

「眉毛眼上にあり」あるいは「柳は緑、花は紅」というのは、虚心坦懐、つまり素直に物を見る中に、奥底を悟るということだろう。

 植松先生は「素直」ということを、その字を分解して「主から糸が真っ直ぐに垂れているのだ」と説明している。「素」というのは、自分自身の中の御魂であり、御本霊であり、あるいは宇宙のス神、素の神様である。

(つづく)

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拳法の修行もしたんですか1378

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深見東州の「宇宙からの強運」(104)

 宇宙の真髄はどこにあるのか。

「遍界いまだかつてこれを隠さず」

 御仏の真意はどこにあるのか。

「遍界いまだかつてこれを隠さず」

 つまり、真理とか真髄というものを天はいまだかつて隠したことがないのである。

 道元禅師が七年間中国に渡って帰ってきた時、

「道元さん。素晴らしいお師匠さんのもとで修行して、いいことを体得なさったでしょう。その成果を聞かせて下さいよ」

 と言うと、道元禅師は、

「私は空手で行って、空手で帰ってきました」

 と。

「へぇー、拳法の修行もしたんですか?」

(つづく)

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