孤独を友に生きる1305

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「宇宙からの強運」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「宇宙からの強運」(31)

「鳥を見に行こうと思わなかったら、ふだんは来ないところなんですけどね」

 その言葉を聞いた時、

「あー、神様が聞いてくれたんだ、助けてくれたんだ」

 と実感するのだ。

 極端な例えではあるが、誰でも大なり小なり、人生の中でこうした絶対的孤独を感じることがある。こうした、絶対的な孤独の中からこそ、本物の神への慕情や思いが生まれ、完成していくのである。


孤独を友に生きること

 だから、神様の道の御用のために生まれてきた人とか、使命のある人というのはどこかで自分が孤独にならざるを得ないような環境が準備されている。特に教祖さんになるような人のためには、神様は世の艱難辛苦をたっぷりと用意して、嫌というほど孤独の中に生きる時を作って下さるようだ。

 聖徳太子があのように深く仏教を修められたのも、蘇我氏と豪族たちとの葛藤の中に我が身を置いていたからだ。その孤独の中にいたからこそ、『世間虚仮唯仏是身(せけんこけゆいぶつぜしん)』、世間は仮で虚しいものだ、ただ仏のみが真実だ、という境地に立つことができたのである。

(つづく)

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残された道は神様に祈ることだけ1304

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深見東州の「宇宙からの強運」(30)

エーッ、どうしよう、という時、残された道は、もう神様に祈るしかないわけである。

「神様ー、助けてー!」

 方向も分からず、水も食糧も尽きてきて、誰にも相談することもできない。不安と孤独の中で、初めて人は神様に心が向かうのだ。

 そこで、ただひたすら祈って祈って、祈り続けた。

 するとやがて頭の上に、パラパラ、パラパラと音がして、ヘリコプターが飛んだ来た。

「おーい」

 と手を振ると、ブルン、ブルン、ブルンと降りてきて、助けに来てくれた。

「あー、ありがとう。助かった」

 ところが、聞いてみると、全く関係のないヘリコプターで、本当はそんなところを飛ぶ予定はなかったということだ。たまたま、珍しい鳥の群れがいて、ちょっと観てみようと思って飛んできたら、人が手を振っていたので降りてきたというのだ。

(つづく)

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いつの間にか街影は消えて1303

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深見東州の「宇宙からの強運」(29)

「もしもし」

「ハイ、ナンデスカ?」

 なんて、恐ろしく無機的な合成音のような声で、とりあえず、生命の危機の時は、助けてもらえることは保証されているとしよう。

 そして、砂漠の中をトボトボ、トボトボ歩いて行く。来る日も来る日も、誰と出会うこともなく、ただ太陽に照らされながら、歩いて行くのだ。

 歩いても歩いても砂また砂。遥か彼方に見える街を目指して、歩いて歩いて歩き続けたのだが、いつまでたっても辿り着かない。

 そしていつの間にか街影は消えてしまった。蜃気楼だったのだ。

「アレ、どうしよう!」

ということになって、

「もしもし、もしもし」

と、無線機に呼びかけるのだが、

「---------」

「もしもし、もしもし」

「---------」

「もしもし、もしもし」

「---------」

 とうとう、最後の頼みの無線機まで故障してしまったようだ。

(つづく)

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神様に熱烈に恋をする1302

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深見東州の「宇宙からの強運」(28)

「もう女なんて信用できない。友達も信用できない。先輩も信用できない。親だって結局自分のことしか考えてないじゃないか。誰も僕のことを思ってくれる人はいないんだ。誰も僕のために何かしてくれる人はいないんだ」

 そこまで追いつめられた時、はじめて孤独の暗闇を乗り越えて神への慕情が生まれてくる。目に見えない常なるものを希求するというのは、無常なるものを感じる時、現実の中で孤立した時に、自分を見つめてくれる存在を求めて、人はおのずから祈るようになるのである。


神様に熱烈に恋をする

 だから、神様に愛されたいのだったら、時にはあえて自分を孤独の中に叩き込むということも必要なのである。その孤独の中で、はじめて自分が熱烈に神様を求め、神様に恋をするような気持ちが生まれてくるのだ。

 例えば、砂漠の中を無線機一台を持って旅をするということを想定していただきたい。

 一定の食糧と水は持っているとしよう。地図はあるけれど、磁石は壊れてしまった。頼りは無線機だけで、呼び掛ければ一応こたえてくれる。

(つづく)

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人と人との恋愛には終わりが来る1301

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深見東州の「宇宙からの強運」(27)

 しかし、人と人との恋愛の場合には、そこまで燃え上がった恋心もやがて冷める時が来る。特に今の若い人は、熱しやすく冷めやすいようだ。

 江戸時代に山本常朝という鍋島藩の侍が書いた『葉隠』の中に、「武士道とは死ぬことと見つけたり、恋とは忍ぶことと見つけたり」というくだりがある。武士というのはいかに立派に死ぬかということが価値であり、恋愛においては、どれだけ忍ぶのかということで試されるということである。

 「忍ぶ」ということは、孤独の中にいるということだ。孤独の中にいるからこそ、恋心はますます強くなっていくのである。

 みんなに理解されて、祝福されて結婚して、子供も出来て姑さんとも仲良く、幸せな家庭が築けたら、すぐに恋心はヒューと冷めていってしまうという場合もある。今の人が結ばれやすく別れやすいというのは、忍ぶという発想がないからだ。恋しいという孤独の中に身を置くことをしようとしないから、パッと燃えて、スーッと心が冷えていってしまうのだ。

 もちろん、そこから発展して互いが慈しみ合うような深い関係になっていけばよいのだが、どんなに神様のように思えても相手も生身の人間なのだから、忍ぶことのない求めるだけの関係では持続しないことが多いのだ。

 そして、それも駄目になってしまった時、前よりもさらに絶対的な孤独の中に置かれることになる。

(つづく)

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信仰というのは人と神との大恋愛1300

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深見東州の「宇宙からの強運」(26)

 家庭環境でいうなら、新婚ホヤホヤの熱々カップルや年季の入った円満夫婦よりも、夫や妻との相剋があって家にいてもどこかで孤独を感じている人、あるいは、子供に問題が多く(本当は親のほうがもっと問題なのかも知れないが)、いつも心を悩ませている方。そういう人のほうが自然と神様に心が向いていくようだ。

 しかし、挫折や問題があれば必ず神様に心が向かうのかというと、そうばかりとは限らない。例えば異性に対する恋愛のほうへいく場合もある。

 受験に失敗して浪人生活をしている時とか、会社が潰れて失業してしまった時、あるいは誰かに裏切られたり、失恋して孤独になった時というのは、誰でも心が寂しくなる。そして、本当に自分のことを理解して、励ましてくれる人を求めるものだ。その孤独から救ってくれるのが恋というものである。そんな時に出会った異性というのは、本当に神様のように思えるものだ。恋する心が深まれば、それはほとんど信仰ともいうべき状態になる。神様のほうへ心が向かわない人は、恋愛で信仰の擬似体験をするわけだ。

 というのは、真の信仰というのは、人と神との大恋愛に他ならないからだ。

 人が神様を思い、恋し、慕う。神様は人を慈しみ、愛して下さる。これが人と神との大恋愛だ。「神様、神様」といつも思って語りかけるほど、意識の中で神様と人との距離がグンと近くなるから、願いもきいていただきやすくなるし、功徳も大いに授かりやすくなるのだ。神様は決して裏切らないから、この恋愛に終わりはない。

(つづく)

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悩み事や心配事は神様にぶつけていく1299

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深見東州の「宇宙からの強運」(25)

 もちろん、今でもどうしても解決できないこともある。しかしほとんどは、努力すればある程度解決できる時代になってきた。そういう意味では現代は、非常に素晴らしい時代になってきたと言えるだろう。

 悩み事や心配事は、神様にぶつけていく。そして祈れば、心が静まっていき、神様を希求する心は益々強くなっていくだろう。さて、そこまで来たら、今度はそれをベースにして、現実界を改善していく努力をすることが大切である。

 先程言ったように、理解してほしい、分かってほしいというのが、人の悩みのほとんどである。だから、九割までの問題は人に迷惑をかけずに、自分のことは自分で解決する。そして、残りの一割の真剣な問題は、まず神様に相談してから、人にも相談して、現実的に解決することが必要なのである。


祈りが生まれる時

「神様神様」と一生懸命生きている人、努力しなくても、いつも神様に心が向かっている人というのは、どういう人だろうか。

 健康で明るくて、頭もよくて、何でも調子よく思うようにスイスイ物事が運んでいくという人は、神様というものを頭の中では美しく思い描いているかも知れないが、まず、神様に相談しようという気にはならないだろう。

(つづく)

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祈りが通ることが実感できる1298

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深見東州の「宇宙からの強運」(24)

 これと同じように、目に見えざる高貴な存在に対して常に親しみ、自分をぶつけていくということを続けていくと、必ず、「祈りが通る」ということが実感できるようになる。投げ掛けた分だけ、神様から返ってくるのだ。それが、閃きであり、発想であり、運であり、巡り合わせである。

 悩み事や不安感、葛藤がある時というのは、そうした目に見えない高貴な存在、神様や守護霊さんと交流するためのチャンスだとも言えるだろう。

 しかし、これだけに偏すると、問題も生じてくる。つまり、いつも満たされないといって求めているだけでは、現実逃避的な心を慰めるだけの信仰で終わってしまうのだ。

 これは、第二次大戦直後の、日本が非常に苦しかった当時に出てきた宗教像だ。海外でも、キリスト教が広まっていったベースはそういうところにあった。あるいは、仏教的なものの中にも、そういう傾向があるようだ。しかし、今は時代がちがう。本気で努力すれば、ある程度のものは解決できる世の中である。

 男女の問題なら、スパッと別れれば、新しい恋人に出会う機会はいくらでも転がっている。夫婦でも、とことん悩んでどうしても駄目な場合は、スパッと離婚してしまえば、解決する。お金の問題ならは、人の三倍働けばいいし、病気なら手術をすればいい。離婚が許されなかった時代や、死にもの狂いで働いても暮らせなかった時代、また病が横行していた時代に較べれば、いかに今は素晴らしい時代であることか。人類史を見れば、努力しても解決策が出ようがないような時代がほとんどだったのである。キリスト教も仏教も、そうした時代に出てきた宗教だった。

(つづく)

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見えない世界と交流する1297

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深見東州の「宇宙からの強運」(23)

 これが、いわば秘伝であり、ポイントである。「神様に押し着せる」などと言うと、中には「なんと畏れ多いことを……!」と眉をひそめる方もおられるかもしれない。たとえばキリスト教とか、一神教系の信仰をされている方は、特にそうかもしれない。しかし、日本の神様は大変おおらかで、この世の私たちが話しかければ、耳を傾けて下さる優しい存在なのだ。

 飛行機が降りるまでお祈りが続かないようだったら、あの神様、この神様と次々に違う神様に同じことを祈ってもいい。そのうち二時間ぐらいたってしまうから、気が付くと飛行機は着陸している。するといつの間にかストレスも消えているのだ。

 私はこうしたことを、自分の弟子には十数年言い続けている。神様の道を目指して、神様の道を歩もうという人間が、悩み事や心配事を人に相談するようだったら、一体いつ、目には見えない、玄々微妙な神霊世界と交流するというのだろうか。

 見える世界は誰でも見ているのだが、見えない世界と交流するというのは、例えばレントゲン技師のようなものだ。

「息を吸って、はい止めて」

 と。

 これでレントゲンの技師には、目に見えないX線が通るということが、ちゃんと分かるのだ。目には見えないけれども判断できるわけだ。

(つづく)

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人々の始めは他ならぬ自分自身1296

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深見東州の「宇宙からの強運」(22)

「世のため人のため」と人はよく口にするが、それにはまず家族でも親戚でも友人でも、一番身近な人の相談に乗ってあげられる、相談を持ち掛けられるような自分になることがまず第一歩だ。『大天運』(たちばな出版刊)にも書いた通り、世の一号、人々の一号は、他ならぬ自分自身なのだ。まずは、自分のことはすべて自分ででき、幸せになれること、それが、とりも直さず「世のため人のため」の最初である。

 そのためには、まず、悩み事、相談事はすぐ人に言うのではなく、九分九厘まで自分の中で煮詰めることである。

 逆に言うと、人からよく相談を受けるようになるということは、自分が無意識的に発しているグチや不平、不満もずいぶんと減ってきた、九割の問題は自分で解決するようになってきた、というひとつのバロメーターにもなるわけだ。

 しかし、それだけではストレスが溜まってしまうから、健康でさわやかになるためには、神様にみんな押し着せてしまえばいいのだ。

 私のように飛行機に乗ったらすべて神様に投げ掛けてしまう。自動車でも電車でも、歩いている時でもトイレの中でも、絶えず祈って、心配事、相談事、不安や葛藤を全部神様に投げ掛けてしまうのだ。もう、これ以上言いようがないところまで吐き出すと、胸がスカッとして、大変気持ちが良くなる。

(つづく)

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