しゃべり続けたら、くたびれる1453

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「宇宙からの強運」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「吾輩は霊である」(54)

体がくたびれるよりも、気のくたびれ、雑念によるくたびれのほうが先なのだ。俗に「病は気から」と言うが、まさに真理をついている。気の消耗が先にあって、体の消耗を招くのである。


その三 駄弁は気力を枯らす

 第三は駄弁の浪費である。

 ぺらぺらペチャクチャ、四六時中しゃべり続けたら、それはもうくたびれる。しかし、それでは私の講演はどうだろうか。セミナーでも神法悟得会でも、二時間三時間は当たり前、の世界である。時には九時間、十時間も講義を続けることすらある。

 なぜ果てしなく話せるのか。一つには言霊の神様が合一しておられるからである。もう一つは、父祖伝来、ご先祖にこういうふうな人が多いからである。しかし冗談でなく、これには秘密がある。

 私はステージに出て行く前は、一時間も二時間も一言も話さない。黙って座ったままじっと瞑黙している。そのうちカッと目を見開き、やおら立ち上がったかと思うと、トイレである。しかしトイレに入っても、そのままじっと祈りを続けて、何時間も出てこないこともあるのだ。お付きの者も、慣れてはいるけれど、時折、私が入ったはずのトイレから物音一つしない時には、「先生は死んでいるのでは……」と思ってしまうというほどである。

(つづく)

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休みなしでは消耗する1452

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深見東州の「吾輩は霊である」(53)

 まだ起こりもしないことを、ああだろうか、こうだろうか、と思い煩えば人はくたびれるものだ。一番気水が枯れるのは、この「取り越し苦労」の雑念妄想なのである。気水を保つには、これをまず自戒することである。

 もう一つ、取り越し苦労と同じぐらいのマイナスが「持ち越し苦労」というものだ。もう済んでしまった事への後悔や心配。これなども、神経を無駄にすり減らす代表的な行動だと言える。

 雑妄の「妄」とは亡き女と書くが、死んだ女性のことをいつまでも思い続けるような気持ちかも知れない。文学の世界ならば美しいが、現実には神様は、死んだ者よりも生きている私たちをこそ最も大切に思っていらっしゃるのだ。死んだ者や過ぎた事、あるいは未来のことに心を奪われて気水を枯らし、今すべきことが出来なかったら何もならないのである。気を変えて、気水を保つべく、「取り越し苦労」も「持ち越し苦労」も断ち切るべきである。


その二 体と気の使い過ぎが消耗の因

 次に、不休の体耗。

 先に書いたように、主に子の刻に体を横たえることで、人は水気を吸収し、疲れを癒すことができる。休まず眠らず、ずっとやり続ければ誰でもくたびれる。当たり前のようだが、しかしこの「不休の体耗」はあくまでも、気水の枯れの第二原因である。

(つづく)

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思い煩うことが疲れの最大の原因1451

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深見東州の「吾輩は霊である」(52)

 人が気力を失い、疲れてしまう第一原因は、雑念妄想を抱くことにある。何かを行う前から心配し考え疲れてしまう人がいるが、これなど、雑念妄想の典型例だといえる。

 ああだろうか、こうだろうか。私はいつになったら結婚できるんだろうか。んー三十五歳で高齢出産のリミットだから、その十ヶ月前には仕込みがなきゃいけない。仕込みがあるから三十四歳には……。その前には交際が、最低半年はなくちゃ。三十三の真ん中というと、あと○年……。これはやばいわ、焦らなきゃだめだ……。

 とまあ、ちょっと悪ノリしたが、実際こんなふうに思い煩う人は多い。こうしてクヨクヨ悩みを抱えるうちに、気水はどんどん枯れ続け、お肌もパサパサになっていく。そしてさらに婚期を遠ざけるという、笑えない事態にもなりかねない。一体どうすればいいのか。

 何も悩まず、三十五歳を過ぎたら帝王切開したらいいのだ。四十を過ぎても、十字に切ったら子供は産める。事故にでも遭って開腹手術をすることを思えば、帝王切開の一つや二つ、どうってことないわよ……と、覚悟だけは決めておく。そんな女性は悠然とした余裕を醸し出すようになり、男性のほうからつられて近づいてくるものである。

 それなのに、「ああ、ダメだわもう私……」と、伏し目がちで暗く沈んだ女性には、男のほうも、声をかける気など起こらなくなってしまう。そして本人の心配通り、そのまま独身街道を走り続けることになる。

(つづく)

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11時から1時の間に就寝した人は翌朝元気になる1450

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深見東州の「吾輩は霊である」(51)

「気水」とは人間の気力そのもののことである。人は気力が尽きて疲れると、横になってよく休もうとする。これは、まさに気水を補給する方法の一つなのだ。特に、夜の十一時頃から一時頃の時間は、子の刻であり、利水期の発動する時間帯である。それゆえ、十一時から一時の間に就寝した人は、水気が補給できて、朝、元気になるのである。逆に、二日三日と徹夜を重ねると、気水が枯れてきて、お肌もパサパサになる。

 ところで私が神業の際に、夜遅くまでよく起き続けている理由は、子の刻に、みずみずしく満ち溢れる水気の媒介によって、神様からいろいろな叡智が降りてくるからである。子の刻は最も元気を回復できる時間であり、また神様との交流が行いやすいご神業タイムでもあるのだ。

 こう書くと、「子の刻に起き続けて神様と交流していると、そのうち元気が枯れてゲッソリやつれてしまうのでは……」と心配される向きが有るかも知れない。しかし、これはむしろ逆である。私などがご神業で徹夜する場合には、神気を受けて、神気の気水を補給しているから、寝なくてもみずみずしい顔をしていられるのである。話が少しそれたが、では一般に、気水の枯れとはどこから起きるのかを詳述したい。

(つづく)

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やる気が失せる理由9個1449

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深見東州の「吾輩は霊である」(50)

凡人の陥る落とし穴 九ヵ条

「気水の枯れ」は、こうして起こる

 では、神人合一を目指す上でマイナスとなる、人が陥りやすい意欲減退の理由を、私が神様に直接伺ったご神示でここに紹介してみよう。

 自分を高めるにせよ、人々を救うにせよ、気力が低下してやる気が起きない時がある。いわゆるスランプだ。これを、古く中国の聖人は「気水の枯れ」による、とした。そういう時には、どうしたら良いか。

 まずは、気水の枯れの原因を検討してみよう。大きく分けて九つある。

気水の枯れ 九ヵ条

 気水の枯れは、雑妄の念、のこれ一位、
 不休の体耗、これ二位、
 駄弁の浪費、これ三位、
 性交過剰、これ四位、
 食欲乱過、これ五位、
 気熱消耗、これ六位、
 知解低下、これ七位、
 意念衰耗、これ八位、
 業行衰微、これ九位なり

 とある。

 人生が何か虚しく感じる。誰にも覚えのあることと思うが、なぜそう思うかというと、気の水気、すなわち気水が枯れていることによる。

(つづく)

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不退転の精神状態を持つ1448

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深見東州の「吾輩は霊である」(49)

 その下の士とは、武士や、教養ある階級の人間のことである。その者たちは賢者を見習って、ああいう賢い人間になりたいと思って勉強しているものだ。

「聖は天を希い、賢は聖を希い、士は賢を希う」

 この言葉はそれぞれの霊層の違いをも表している。次元が徐々に、一級、二級、三級、四級と、落ちてくるのがわかる。一級の人物は聖人。天を慕い願うというのは、日々天と日常から学んでいることを示しているのだ。

 あなたは今、聖人は天を慕い願うものだと知った。「聖人」というと大仰だが、何も難しいことはない。天を慕い願い続ければ、あなたも聖人になれる。大切なのは、この行いと学びを誠を尽くして続けることである。一つの誠を貫くということは、不退転の精神状態を持つということであり、人に不動の精神状態を培う。そして、不動の精神で天と日常から謙虚に学び続けることで、真実の知をやがて体得出来るのである。頭ではなく、天と日常から学び続けるという自分の精進を、貫き通して誠を尽くせということなのだ。そうした足跡があってこそ、真実の知を解することができる。真実の知というものを解することができたら、天来の神なるものを受けることができるのだ。やや難しい話になったが、これが神人合一の叡智を授かる法なのである。

※不退転=ふたいてん。志を固く守って、あとへ引かないこと。

(つづく)

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聖人・賢人・凡人の違い1447

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深見東州の「吾輩は霊である」(48)

聖人・賢人・凡人の違い

「人知を集むるなかれ」が聖人の境地である。

 偉才、聖人、道はじめの人というのは、皆「人知を集むるなはれ」と言っている。人の頭で考えたものをいろいろ勉強し、頭にいっぱい入れている。その知識で山ほど本を書き、話をする。そんな人知の組み合わせだけの人は、二級賢者でしかないということだ。無論、人知も集めることができない人は、三級賢者か四級賢者ということになる。

 ともあれ、人知を集めただけのレベルでは、賢いことは賢いが二級賢者である。一級賢者、すなわち本当に賢い賢者は、知識でことをなすのではない。

「聖は天を希い、賢は聖を希い、士は賢を希う」

 という言葉が『近思録』にある。

 聖者というものは天を慕い願う。天というものになりたい。天はいかに思っているのか、いつも慕い願っている。そういう人が聖者である。

 次の賢者というものは、孔子のような、素晴らしい聖者を仰ぎ、ああなりたいものよと思う。志は尊いが、しかし人を目標にして頑張っているのが賢者だ。

(つづく)

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コツやノウハウを日常生活から学ぶ1446

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深見東州の「吾輩は霊である」(47)

 たとえば、「コーヒーは、ブルーマウンテンが8でモカマタリが2の割合が一番うまい」というようなポイントが一厘である。私は神霊研究家であるが、またコーヒー研究家でもある。その私があらゆるコーヒーを試してみた結果、ブルーマウンテン8、モカマタリ2でミネラルウォーターを使って、炭火焼きにしたものが最もおいしいというのが、私が得た結論である。これは体系ではない。私の体験からにじみ出た、コーヒーをおいしくいただくためのオリジナルなコツである。

 こういうコツやノウハウは、万事日常から学ぶことだ。いかに本を読み、机上で勉強を重ねても、まず実際に作らずして最高の妙味は得られない。禅の極意、茶道の極意、およそ道の真髄は皆同じである。日常の中で体験し、実践して、天と日常からあますところなく学ぶのだ。そういう日々を送り続ける人が、偉才、聖人、道はじめの人となる。

 まずは人類の叡智を結集したものを勉強する(良著の息吹きに触れる)。そして、さらに超えた叡智を天から受ける。その上に、自分が日常から得た工夫をつけ加える。それがオリジナルなものを作る法則である。

 少なくとも、「最もおいしいコーヒーの入れ方は……」と、本で仕入れた知識を得意気に語るレベルの人は、絶対にオリジナルにはなれないだろう。まずは実践あるのみである。

(つづく)

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良著に触れると天来の叡智が降り来る1445

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深見東州の「吾輩は霊である」(46)

「次元の違う本を読め。無駄な駄本は不要なり。天と日常から学べ」

 と。

 逆説的に聞こえるかも知れないが、本を読んで得た叡智とは、本から学んだものではないのである。

 良著に宿る息吹きを受けさせていただくつもりで本に向かう。するとその息吹きに触れることで、「あっ、そうか」とばかりに、天来の叡智がハッと降り来たるのである。これが天から学ぶ読書法である。

 それに対し、日常から学ぶことというのは、本や活字ではないところの、体験や実践から編み出したノウハウであり、ポイントであり、コツであるこれらは生活の中に散在する、生ける叡智そのものである。

 一厘が大切、ということを、講義等で私はよく話してきた。

 一厘とは何かというと、法則、原則原理のこと。体系とか論理ではないのだ。体系、論理というのは人間が頭で作ったものなのだが、一厘はそうはいかない。

(つづく)

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次元の違う本を読め1444

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深見東州の「吾輩は霊である」(45)

 さらに時代をさかのぼり、日蓮上人の御遺文だったら、やはり『開目鈔』だろう。

 日蓮上人の代表的著作には『開目鈔』と『本尊鈔』があるが、とりわけ『開目鈔』は現代語訳でもいいから読んで欲しいものだ。日蓮上人の気迫と情熱が一文一句からほとばしり出てくるのを感じるだろう。それは、命懸けで法を求め、あらゆる弾圧にも屈することなく仏法を広め続けた日蓮上人の生き様そのものであるのだ。

 こうした名著を一心に読んでいる時は、実は書物に宿る著者の霊と感応している時なのだ。だからよき知恵が次々と浮かんでくる。生き様が素晴らしかった人の、ほとばしり出た言霊を集めた本は、名著であると同時に、次元の違う本だとさえ言える。こうした本を一冊でも多く読み、魂の畑をせっせと耕し続けることを、読者の皆さんに「神霊界に感応する読書法」としてお勧めしたい。


天と日常から学べ

「次元の違う本を読め。無駄な駄本は不要なり」

 実はこの言霊は、私が何か気になった本を読んでいた際に、

「おまえ、そんな本を読んでいたら、時間が無駄だ」

 と神様から言われたことなのだ。

(つづく)

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