まず第一が、少しでもいい土地に住むことである206

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教団体です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(91)

 まず第一が、少しでもいい土地に住むことである。

 第二に少しでもいい人間とつきあうことである。第三に少しでもいい自然の景色と気にふれることである。第四に少しでもいい神気にふれることである。第五に、少しでも人生を明るく前向きにする言霊の宿る、いい本を読むことである。第六に少しでも美意識を高める芸術にふれることである。第七に少しでもいい心と感覚を呼び起こす、色彩とムードのあるインテリアを選ぶことである。第八に少しでも明るく前向きですがすがしい感覚になれるファッションを選ぶことである。第九に少しでも日あたりのいい家と部屋に住むことである。第十に少しでもいい念と感覚が出てくるよう、いい思いを湧かせる祈りを習慣化させることである。第十一に少しでもいい感覚を人に与えるような態度、言霊、礼を行い、相手がそう思う感覚を自分にはね返らせることである。このようにして自分を豊かに明るくし、意欲的で、発展的で、美しく、すばらしい世界を大切にしている人間は、ますますいい感覚といい人、いい認識、いい運気に恵まれるようになるのである。

 できるかぎりいい環境に自分を置くことが大切なのだが、現実的には、不本意ながら悪い環境に身を置かざるを得ない人も多いだろう。

 そのような人はどうしたらいいのだろうか。

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よい「ふとした感覚」を生むには205

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深見東州の「大除霊」(90)

 しかし、天地創造の主神とは、宗教だけをつくったわけではない。政治、経済、学問、芸術もすべて創造主がおつくりになったものなのである。宗教はそのうちのひとつにすぎない。

 そこで、政治、経済、宗教、学問などを大きく包括する主の大神の働きから見れば、マルクスも、大きな意味でこの神様の使者であり、決して悪のための悪なのではない。ほとんど悪と似てそっくりだが、国祖、国常立之尊様の分身で、赤黒龍蛇となって、究極の善に立ち帰るその日まで、鬼の立場を貫いておられるのである。

 「ああ、マルクスは自由主義陣営からは悪魔、鬼と呼ばれたが、世界の経済も改良に次ぐ改良によって、ほどよく調うようになった今日、両方がうまくやれるようになってはじめて、マルクスの世界史に対するあの鬼の鉄拳があったればこそ、今日の繁栄と平和の体制があるのだということがわかる。やはり、鬼神と恐れられた地球神霊界の主宰神国常立之尊様の奇魂の御働きだったのだ」

 というふうに、誰にでもはっきりとわかるときがくるのである。

よい「ふとした感覚」を生むには

 それはさておくとして、先に述べたように、直感、概念、認識という順で、人の人生観が決まってしまうのだが、このことを理解すれば、哲学などというものが、いかに役に立たないものかが容易に理解できるだろう。

 すべての原因が「ふとした感覚」にあるのだから、哲学・思想などを深く研究しても、自分自身の解決策を見つけられるはずがないのである。哲学・思想、あるいは教養というものは、表面的な形にすぎないのであって、「ふとした感覚」の世界を認識せずにこれを取り込んでも、かえって泥沼と迷路にはまり込むだけである。理想は、良き「ふとした感覚」を絶えず積極的に見い出して、それを不動のものにするために、哲学する心、思想する心、倫理する心、教養を学ぶ心を捉えて、霊覚が、完全に知性というものの牙城を統率しているようにすることだ。こうして、はじめて両者が真に生きることになるのである。

 では、この良き「ふとした感覚」を生むためにはどうしたらいいのだろうか。明るく発展的な感覚にし、自分自身のご本霊を発動させるにはどうしたらいいのだろうか。

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世界連邦政府樹立の足がかり204

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深見東州の「大除霊」(89)

 やがて、社会主義陣営や共産主義陣営が、温和な協調を尊ぶ社会主義的ブロック、自由経済陣営に変貌した暁には、自由主義陣営も、社会主義的な国の統制や強力な国家指導によって、世界経済をまとめあげようとする時代になっているのである。そして、国の内外ともに、協調体制を抜きにしては、いかなる国の経済も語れないようになっている。そうして、どちらの陣営も、だいたい同じような経済構造と経済方針をもって進まねば、両方とも成り立っていかなくなってきたときに、世界連邦政府樹立の足がかりができあがるのである。

 大きく分けて、世界の経済は三つの大きな経済ブロックと一つの小規模な経済ブロックとに分かれる。すなわち、計四つの経済ブロックによって世界経済の骨組ができあがることになっているのだ。日本は、最初は最も大きな経済ブロックの総幹事国となっていくが、あることがあって、一転して、一番小さな経済ブロックの長となる。文化、芸術、宗教、学術、教育、科学の研究センター及びすべてのエッセンスを集めた高度で独自な文化経済国となって、GNPは世界で四十番〜四十五、六番ぐらいになる予定である。そのころ、GNPがトップになっているのはカナダであり、ずいぶん、世界も変わっていることになる。決して、この三十年ぐらいのことではない。もっと先ではあるが、そんなに先すぎないというほどの未来のことである。そのころになったら、マルクスが、善神が鬼となって世界の根幹を変えようとしていたときの神使だったことに気づくだろう。「宗教はアヘン」といったり、「宗教も神も認めない」と主張しているから、宗教家にとっては、まさに悪魔かもしれない。

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いい「ふとした感覚」をいつももつように心がけよう203

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深見東州の「大除霊」(87)

 ところが、そんな彼女にも悪霊がつくことがあった。

 はじめてお会いしたときは、やたらと憂うつなお話をしておられた。それで、どうしたのだろうと訊いてみたところ、

 「今、私、お墓の写真に凝ってるんです。日本のお墓は何かおどろおどろしいけど、ヨーロッパのお墓って、いつもお花が咲いてて、何となーくすばらしいでしょう」

 それはいいのだが、お墓を撮りまくっているうちに、西洋の浮遊霊が山ほど彼女についてしまい、彼女自身の顔までが幽霊のようになってしまったのである。

 そこで彼女が除霊を受けに来たのである。

 「わあ、頭がすっきりした。何となーくすばらしい気分」と、すっかり元気を取り戻したのである。このときの彼女は、マイナスの念波とプラスの念波が鉢合わせになったケースだったといえよう。

 ともあれ、「ふとした感覚」が人生を決めてしまうことが少なくないのであるから、決してないがしろにしてはならないのだ。いい「ふとした感覚」をいつももつように心がけよう。

 過去から現在に至るまで、多くの哲学者や思想家たちが、実存哲学だの、唯物哲学だのとさまざまな自説を標榜してきたが、それらの大本になっているものは、その人を取り巻く時代背景と自己霊を含む霊界からのさまざまな霊たちの出す念波だと考えていい。

 たとえばマルクスの資本論の本質は、霊界風に説明すれば、彼の抱く強烈な社会に対する怨念であり、そこに取り巻く執念霊が生み出す、智恵の砦なのである。自分のもつ怨念と同じ怨念に満ちた執念霊が、マルクスに資本家に対する怨念に満ちた資本論を書かせたのである。

 だが、実はこの背景にはもっと奥深い主神の経綸が隠されている。本当をいえば、マルクスは悪神の使者ではないのである。鬼神の使者というほうがいいかもしれない。こんなことをいうと、キリスト教系の方は、大反発をされるかもしれないが、本当なのだ。

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ふとした感覚(2)202

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深見東州の「大除霊」(86)

 では、その直感、言葉を換えていうならば「ふとした感覚」は、どこから生まれてくるのだろうか。結論をいえば、自分の人生にプラスとなる「ふとした感覚」は守護霊。マイナスとなる感覚は地縛霊、浮遊霊、たたり霊等の霊。これら諸々霊たちの念波を受けて生まれてくるのである。むろん、その人のご本霊が住んでいる霊界が、すべての「ふとした感覚」の基礎となっている。その人から常に湧きあがってくる「ふとした感覚」が明るい人は、ご本霊が居る霊界を表す「ふとした感覚」の基礎の上に、良き「ふとした感覚」や悪しき「ふとした感覚」が行き乱れ、行き交うのである。

 たとえば、地縛霊や救われない先祖霊がウヨウヨしている屋敷に住んでいれば、どうしても、それらの霊からくるマイナス念波を受けるので、ふと、もの悲しい思いに襲われて、「人生は空しい。悲しみでいっぱいだ」となりやすい。

 逆に、プラスの念波から生まれた「ふとした感覚」については、次のような実例がある。

 皆さんは、「雪印のスライスチーズ」とか、「ピカピカの一年生」とか、「カットビー!!」といった、ちょっと昔のCMをお聞きになったことがあるだろう。この声の主はの、声優佐藤ナナコさんなのだが、彼女は、まことにユニークな女性である。肩書きを並べれば、声優、レコード五枚を出したシンガーソングライター、そして、先般世界カレンダーコンテストで優勝したカメラマンと実に多才である。さらには、現在パリに住んでビデオや映画の監督兼シナリオライターもめざしているとか。

 どうしてこれだけの才能に恵まれているのか。本人は、「親がオリンピックに出すんだといって、体操をやらせられたのね。ところが、平均台の上で回転をやってたとき、落っこちて頭を打っちゃったの。どうやら、そのときから頭がおかしくなっちゃって……」
 といっているが、これは冗談だろう。

 彼女の口ぐせは、「ワー、何となーくすばらしいわあ」である。

 ふつうの調子とは違うこの声を聞くと、その場にいる人たちが、皆なごやかな心地になる。そして、カメラを扱いはじめた動機を聞くと、

 「カメラって何となーくすばらしい」と思って、いつもカメラをぶらさげていたところ、その道の大家が「本格的にやってみたら」と声をかけてきたという。

 おそらく、歌や映画の世界に首を突っ込んだのも「何となくすばらしいわあ」という「ふとした感覚」が生まれてきたためであろう。

 常に、どんな対象に対しても、「何となーくすばらしい」「何となーくすばらしい」の連発で日々を送っている彼女だから、彼女の中の霊界は、「すべてをすばらしいものに変える。ますます、すばらしいものに出会える。結局、すばらしいものとして成功してしまう」というものができあがっているのである。それだから、いつもフレッシュで素朴で、積極的なのだ。これが彼女の内にあった才能をフルに開化させたのだといえる。

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ふとした感覚201

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深見東州の「大除霊」(85)

「ふとした感覚
 「楽天主義と悲観主義を研究・分析した結果、楽天主義のほうが正しいようなので、自分は楽天主義の立場に立とう」という人はいないはずである。一見、そのように思えたとしても、研究・分析する前に自分の情念や好みによる「ふとした感覚」があって、それが結局、楽天主義を選ぶか悲観主義を選ぶかのすべての理由となっているはずである。

 信仰もこれと同じである。「神様のことを研究した結果、どうやら神様は本当にいるらしいので信じることにした」、などと言う人は絶対にいないはずである。神様を信じるか否かは、要するに神様を信じることが好きか嫌いか、興味があってなんとなくそう思うかそう思わないかの問題であり、神の存在云々の理屈は後からついてくるはずなのだ。だから、神様が好きな人はことさら説明や説得をしなくても、素直に信じるし、嫌いな人はどんなに言葉を尽くしても、たとえすごい証があったとしても全部の人が信じるわけではないのだ。

 読書傾向についても同じことがいえる。悲しみに満ちた本、人生の挫折を述べた本ばかり読んで、「ああ、まったくそのとおりだ。人生なんて悲しくて空しいのだ」と考えている人がいるが、彼らは本を読んだ結果そう思ったのではなく、もともとその人の中に「人生は所詮、空しく、悲しいものなのだ」という想念があるので、それに感応する本ばかりを選んで読んでいるのである。もちろん、それに感動するとか共鳴するというのは、そういう部分に感応しているからなのである。

 その結果、徐々にマイナスの概念が構築されて、その人の認識の基礎ができていくのである。このような認識や思想が主義となり、たとえば虚無思想や悲観主義と呼ばれたりするのだ。

 哲学者のショーペンハウエルは次のように述べている。「人間の認識は、本を読んだり人の話を聞くことで吸収した概念によってできあがる。その概念はどこから来るかといえば直感だ。つまり直感、概念、認識という順で構築されるのだ」と。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 感覚

霊能者の悲しい運命(2)200

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深見東州の「大除霊」(84)

 それは、警察官には目つきや人相のよくない人が多いという理由と同じである。

 警察官の仕事はいうまでもなく、犯罪者を取り締まることである。その犯罪者が例えば必死で逃げていく。その後を警察官が追いかける。そのときの警察官は、犯罪者とほとんど同じく血走って、実に怖い目つきをしている。それを、笑いながら、追いかけている人はまずいない。

 もちろん警察官は善なる人であるのだが、扱っている仕事上、どうしてもそういう目つきにならざるを得ないのだ。ごくろうさまですと、申し上げるほかはない。

 しかし、目つきや人相が悪くなるだけならまだたいした問題ではない。他人にあまりにいい印象を与えないというだけだ。それより大きな問題は、想念までが悪くなってしまうことなのである。

 醜いもの、汚いものをいつも見ていると、いつしか心まで醜くなるのが人間の常である。低級霊たちの姿を毎日見ている霊能者の心に、必ずゆがみが生じてくるのももっともな話だ。

 この点が霊界だけしか見えない霊能者の落とし穴なのである。神界の入口にも入り、現実界でも立派に生きようとするのなら、まず、その霊視、霊眼、天眼というものが、出したり、ひっこめたりできて、いつでも霊界が見えているという状態をなくせるようにしなければならない。

 そうでなければ、それは霊能力にふり回されているのであり、霊能力を使うのではなくて、使われているということになる。霊能力が一切なくなってもぜんぜん平気で、普通の現実界の人としても、人々が尊敬できるような立派な行いと人間性をもつことができて、はじめて、神界とともに生きる人となることができるのだ。ではこの霊界を見すぎる目をどうすればいいのか。

 それから逃れるには、美しい自然を見、美しい音楽を聴き、美しいこの世の景色をたっぷりと鑑賞するしかない。つまり、なるべく天国界の美しい様相を見ることなのである。

 それが、悪霊を見た目の毒を相殺することになる。簡単なことなのだが、実践している人は少ない。それから、私のところには女優さんやモデルさんがときどき訪ねてくるが、そんな美しい人を見ることは目を清めるためにはいい。その人の霊界を見れば、吐き気をもよおすことがときどきあるが……。

 また、美しい自然の風景を見たり、それを凝視して絵を描いたり、書道をしたりするのも効果があるといえよう。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 霊能者

霊能者の悲しい運命199

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深見東州の「大除霊」(83)

霊能者の悲しい運命

 霊媒体質の人の話が出たので、霊との交流ができる霊能者についても簡単にうれておこう。

 絶えず、霊と闘おう、闘おうと考えたがるのが中途半端に霊能の開けた人、または霊能力を多少身につけた霊能者の悲しい運命である。霊能力とは、もちろん、神力あるいは現実界の実力を身につけていれば、神や常識に知らされて、正しく霊に対する向かい方もわかってくるものだが、何事も中途半端な人間は、いったん霊がわかりだすと、そこから抜けきるのが難しくなる。しかし、これはある意味では無理のないことなのだ。なにしろ霊が見えたり霊の声が聞こえたりするのだから、霊を払いのけようと試みるのは、当然なのである。

 だが、ここで注意しなくてはならないことがある。それは、あらゆる機会にに美しいものを見、美しい世界を想い浮かべることを忘れてはならないことだ。

 霊能者は、いうまでもなく霊との闘いの日々に明け暮れている。地獄界を這いずり回る低級霊たちを相手に、毎日毎日闘っているのである。

 その低級霊たちの姿かたちがどのようなものであるか、想像していただきたい。二目と見られぬ……という程度のものではない。目が飛び出し、鼻がつぶれているのはまだましな方で、両手両足が存在しないにもかかわらず、元気にはね回ってみせる恐るべき力、奇怪な声や汚らしい化け物の姿や衣に、ゲジゲジや百足やウジ虫やクモなどが、ウヨウヨとこびりついている。さらには、人間の姿をとどめず、大蛇の姿となり、ツノや牙を生やして体中から異様な臭気を発散させる。醜悪そのものといった姿であり、とても正視に耐えるものではない。ウルトラマンに出てくる怪獣のほうが、よほど美男、美女であるという気がする。

 そんな気持ち悪い姿を毎日毎日見ていたらどうなるか。誰だって目つきが悪くなるのに決まっている。

 実はこれが、霊能者の目つきや人相の悪い理由なのである。霊能者は、よくサングラスをかけているが、霊能者で目もとが涼しく、人相がすがすがしいという人をあまり見たことがない。いるとするならば、深見東州ぐらいだ。これはいいすぎだ。謙虚さがない。だから、たとえ慈悲の心で救いを求める人たちと対応していても、たえず地獄の有り様を見ていると、どうしても目つきや人相が悪くなるのである。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 霊能者

目前のことに全力を集中せよ198

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深見東州の「大除霊」(82)

目前のことに全力を集中せよ

 だが、悪霊を無視するのは実際のところ、そんなに簡単なことではない。人間であれば存在を目で確認できるが、霊は目に見えないために、気づかぬうちにいつの間にやらとりつかれてしまっていることが多いからだ。また、霊に対して敏感に反応する霊媒体質の人にとって、霊を無視するのはことのほか難しいことであるらしい。

 たとえば、こういうケースがある。

 「あっ、これはキツネだな。人霊キツネか稲荷ギツネの、さてどっちだろう。そういえば、おじいさんが稲荷信仰していたから、人霊合体稲荷ギツネに違いない。クソッ、負けるもんか。稲荷をやっつけるには、何々経だ」

 と、一生懸命お経をあげて払いのける努力をする人がいるが、これは逆効果である。払いのけようとすればするほど悪霊を気にして意識し、心と霊がそれに結びつけられてしまっているので、かえって悪霊は喜々としてとりついて戦ってくる。悪霊のするちょっかいにまんまと乗っかっていることになる。

 また、本書を読んだ人の中には、次のようなことを試みようとする人もいるだろう。

 「あっ、霊が来た。でも、影響なんか受けないぞ。気になんかするもんか。無視するんだ」

 だが、これもミイラ取りがミイラになるケースである。気にしないぞといいつつ、思いきり存在を気にしていることになるからだ。

 霊と闘うぞ、霊を無視するぞという心になれば、霊と同じき世界、同じ土俵に生きて相撲を取っていることになることを知らねばならない。

 ではどうすればいいのか。すでに述べたようにまったく違う世界、たとえば仕事や芸術などの現実界のことに集中することである。現実界という次元に没入没頭すれば、おのずから四次元界のことは忘れているはずである。この「四次元霊界のことを忘れている」という意識こそが、最も大切なことなのである。こうなれば、悪霊の住む世界とはまったく違った土俵に立つことができて、変なものにもつけ入れられずにすむのである。これこそが気を転ずる、存在を無視するということの真義である。

 かくいう私も、超過敏な霊媒体質の人間である。誰よりも霊を受けやすいタイプといってよいだろう。そのため、四六時中悪霊に襲われて、吐き気をもよおしたり、目が血走ったり、筆舌に尽くし難いほどの苦しみを味わっているが、そんなときは、著作にふけったり、書道に打ち込んだり、絵を描いたり、笛を吹いたり、焼ソバをドカ食いしたり、とにかく、目前のさまざまな仕事に精一杯集中することにしている。

 私の場合は、特にいちいちそれらを除霊していたら、毎日毎日際限もなく除霊し続ける人生となるからである。まあ、こうすることによって、霊界のことを忘れることができて、しかもその努力を神様や守護霊たちが高く評価して下さるから、強烈なお力を刻々に与えてくださるのである。その結果、悪霊の毒牙にかかることなく日々すごせるのである。そして、こうして悪霊に打ち勝つプロセスの中で、人間としても進歩向上し、社会的にも高く評価される能力ある人間へと成長することができるのだ。

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悪霊を追い払うには197

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深見東州の「大除霊」(81)

 悪霊を追い払うのもこれと同じことである。

 霊といっても、本来は人間であるのだから、当然、人間らしい感情をもち合わせていて、他人に無視されることに対する思いも、人間と異なるところはない。

 悪霊に、人にとりついて困らせるという仕事をさせないようにすれば、悄然として立ち去ることになるのである。

 ところで、新聞の社会面、テレビのニュースでさまざまな事件が報道される。

 その中には精神異常が原因とされる悲惨な事件も少なくない。

 何の拘りあいもない人間に、突然襲いかかって死に至らしめる通り魔殺人などの場合、犯人の自供内容をみると、

 「あいつが、おまえを殺そうとしているから先にやっつけろ」

 といった声が聞こえたために行動したといったケースが少なくない。

 精神医学者にいわせると、

 「自分の中に別の自分がいると思い込む精神分裂症の典型」

 ということになるが、私たち、霊能者から見れば、この声は悪霊のささやき以外の何ものでもないのである。つまり、悪霊がとりつき、喜々として悪霊ビジネスを展開しているというわけだ。

 この悪霊ビジネスをさせない方法としてはさきほどと同じように、たとえはじめはありありと自覚できても、それ以上に悪霊の存在やささやきや、霊的不快感を無視し続ければいいのである。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 悪霊 新聞

どうしようもないタチの悪い人は存在を無視すること196

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深見東州の「大除霊」(80)

 悪霊や諸霊の干渉から自分で離れようとするには、とにかく、心を転ずる、気を転ずるという工夫が必須不可欠なものとなる。それは、霊界に合わされていたチャンネルを現実界に切り換える、チャンネル切り換えの極意であるといえよう。ところで、サラリーマン生活には次のようなシーンがよくある。

 自分の部下に非常にタチの悪い社員がいて、他の真面目で立派に働いている部下のことを思えば、何とか辞めさせたいと思っているとしよう。この場合、一つひとつ問題点をあげて、彼を批判してもあまり効果がない。

 「君は勤務態度も悪いし、実績もあまりあげていないから……」

といえば、

 「そういうあなただって、たいして実績をあげていないじゃないか」

と抵抗されるに違いない。

 「たしかにそうかもしれないが、君は遅刻が多いし……」

 「遅刻といえば、部長も先週遅刻したではないですか」

となって、収拾がつかなくなる。そもそも、タチの悪い社員というものは、口で少々小言をいったくらいではわからないものである。だからタチが悪いのである。

 では、どうしたらいいのか。

 本当に辞めさせるなら、彼の会社における存在価値を無視すればいいのである。

 「君はよく頑張ってくれているので、君のために席を用意したよ。今までの席は日当たりがよくないから、今日からこの窓際の席で頑張ってくれたまえ。それから、君のやっていた仕事は私がやるから、君は郵便切手貼りに精を出してくれ」

 こんな具合に仕事を奪って無視するのだ。もし、彼が、

 「部長、これをちょっと……」

 と相談にきても、

 「今、ちょっと忙しいから、後にしてほしい」とか、「ぼくにはわかりかねるから、適当に処理してよ」

 と、取り合わないようにする。そのうち、彼の方から辞表を提出してくるにきまっている。一般的にタチの悪い社員とは、理屈ばかりこねて行動が伴わない人のことだが、こういう人に理論を説いても時間の無駄なのである。不祥事を起こすとか、勤務態度が著しく就業規則に反するとかの場合には、即刻解雇もできるが、仕事はそれなりにやるが、全体としてはマイナス的な存在であるという社員の場合、大かたの経営者が頭を悩ませる所であろう。ほとんどの経営者は、今、私が申し述べたようにしておられると聞く。

 とにかく、何があろうと、相手の存在を無視することが第一で、無視された人は、理屈で相手をやり込める楽しみがなくなり、反抗したり、かき乱す喜びがなくなるので、その場にいる意義を失ってしまうのだ。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 守護霊

自分の守護神守護霊に祈る195

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深見東州の「大除霊」(79)

 商売として考えるならば、リピートオーダーは安定収益の基盤となるので、実にありがたいことであるに違いない。しかし私は、商売でやっているつもりは毛頭ない。ひたすらその人の将来
が「よくあれかし」と思ってやっているだけなのである。
 もし、どうしても悩みが解消できないのなら、人を頼る前に、自分自身の守護神守護霊に赤誠をもって切々と祈り、相談することである。そうすれば、必ずや誰かの口を通したり、証があったり、ヒラメキがあったりして、正しい解答がいただけるはずだ。

 しかし、くれぐれも申し上げておくが、守護霊による直接の霊示をいただこうとすることだけは、厳に慎んでいただきたい。

 第一章で詳しく述べたごとく、霊示のヒラメキやお告げの審神ほど、簡単そうで難しいものはない。一つか二つ当たっても、必ず三つめ、四つめに魔が入り、大恥をかき、大失敗をやらかすことは百パーセント間違いないのだ。特に読者同士が、「守護霊さんがこういっていた。ああいっていた」などと、一言でもそれを他人にそう口にしたら、三言めまでの間に百パーセント魔が入って、守護霊ではないものがもっともらしく語る言葉に、必ずや翻弄されることだろう。それだけは約束しておこう。だから、くれぐれもご注意願いたいのだ。

 ところで最近、若い霊的に敏感なサラリーマンに見られる現象だが、仕事をしようとすると体調がおかしくなると訴える人があると聞く。上司からすれば、「何たる軟弱さか」と怒りたくなるだろうが、それでは、事態の改善とはならない。そこで、そんな場合にはデスクワークをしばらく止め、体を動かす仕事をするようにアドバイスしている。

 その際には、気分が悪くても、吐いたりしても気にしないことだ。気分が悪ければ悪いまま、吐いたら吐いたままにしておいて、体を忙しく動かすことである。

 間違っても、「あ、気分が悪くなった。何か霊が来ているな」などと思わないように覚悟を決めておくこと。そんな想いに一瞬でもとらわれると、その瞬間に霊に占領されてしまう。

 どうしても吐き気や頭痛で苦しかったら、鎮痛剤や胃腸薬を飲む。それは、要は体に原因があるのであって、決して霊界に原因があるのではないということを、自分の意識に強くわからせるためである。

 こうして、何でも現実のこととして考えるという努力をしていると、自然に虚弱霊媒体質が去って、悪霊よりも守護霊に守られるようになる。前にも書いたとおり守護霊は、人間が努力しているときに限って背後から援助してくれるのであるから、まず、こういう現実的な努力こそが大切なのである。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 守護神 守護霊

人に相談する前に自分で考えよ194

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深見東州の「大除霊」(78)

 ある主婦からの相談である。それほど忙しいわけでもないが、「これができない、あれもだめ、ああでもない、こうでもないと、いつも悩んでいる」というのだ。

 「ただ今」、目前のことに全力を尽くして努力していれば、迷いも葛藤も吹き飛ぶし、霊障も吹き飛んでしまうのだが、そのことがわからないから、ひたすら悩み続け、絶えず人にすることとなる。

 四柱推命、姓名判断、手相、星占い……、巷には実にさまざまな占いがあるが、こうした占い師のもとへ足繁く通うのは、たいていは暇な人である。占い師に相談することは、決して悪いことではない。しかし、何度も何度も悩みがあったらすぐに通うのは、決して好ましいことではない。主体的な人生について思いを馳せることがなく他人の言葉に頼り切ってしまうからだ。これでは、それを試し、勇気をふりしぼる小難関のチャンスが消えてしまう。あまり運命を見すぎない方が、開運にはかえっていいというのはそのためである。

 かくいう私も、人様の相談を受けているわけで、漏尽通力(ろじんつうりき)などの秘力を駆使して、運命鑑定なども行っている。だが私は、一回か二回大きな答えを出すだけで、それ以上の相談についてはなるべく答えないようにしている。

 ある程度自分で考え、ぎりぎりのところまできわめた上で相談に来る人は歓迎する。しかし、何か悩みが生じたらすぐに「先生……」と、頼ってくることはあまり感心できない。人の助けばかりを求めていると、結局は、自分自身がいつまでたっても人を助けるようにはなれないからだ。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 守護霊 通力

楠木正成が教える大悟の道4193

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(77)

 このように、禅師の言葉を受けて「そうか!」と悟った瞬間、正成公の迷いの雲は瞬時のうちに晴れ、一点の曇りもない心で戦いに赴いたのである。生きるか死ぬかなどは関係ない。ここまできたら、ただ天の命ずるままに従って、堂々と最期まで戦いきるのみだ。湊川に赴いた正成公は、十三か所にも及ぶ太刀傷を受けても、決してげることなく、最後の最後まで戦い、見事に最期を自決でしめくくった。

 この正成公の精神と生き様は、その息子正行公にも引き継がれ、さらには、その後連綿と続く南朝側の人々にも継承されて、「臣は帝の忠のためにある」という南朝の精神的土壌にも大きく影響を与えた。『太平記』などに著されたことによって、その当時の人々はもとより、それ以後の人々の胸をも強く打ったからにほかならない。

 天下の副将軍水戸光圀公もそのひとりで、彼は、『大日本史』の中で、正成公の勇気と忠誠心を讃え、公を顕彰して、「ああ忠臣、楠氏の墓よ」と銘を刻んだ墓を建立し、楠木正成公の智仁勇兼備してよく忠、よく孝、よく誠なるところのすばらしさを人々に示している。その場所が、現在、神戸にある湊川神社となっている。

 また幕末の志士吉田松陰も、正成公の像を壁に掲げ、「これを見習うべし」と松下村塾の門下生に檄を飛ばしていた。

 この「両頭截断すれば、一剣天によりて寒じ」という言葉は、楠木正成公を尊敬する、歴代の一流の人物たちの精神的支柱ともなっている。人間は誰しも、常に迷い、葛藤するものだが、それらの一流の人物たちは、この言葉によってさまざまな迷いを一瞬のうちに払拭し、ただただ自分の天命に前向きに立ち会い、全力を出し尽くしてきたのであった。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 楠木正成 太平記

楠木正成が教える大悟の道3192

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深見東州の「大除霊」(76)

 そこで、湊川の戦いに行く道すがら、当時、その地方で名を馳せていた禅僧、明極楚俊のところに立ち寄った。そして問う。

 「そもさんか、生死の境」

 このとき、明極楚俊は何と答えたか、

 「両頭截断せば、一剣天によりて寒じ」

 といったのである。両頭−生きるか死ぬか、生か死かと迷っている二つの頭をバシーッと一刀のもとに截断してみよ。その気概をもって振り降ろした覚醒の剣は、「天によりてすさまじい」。つまり、ただ天命のまにまに死なら死があるだけ、生なら生があるだけで、ただ黙々として雄々しく天の試練に立ち向かっていくことが、本当のわが生くべき真実の道なのだ、というわけである。

 この後、正成公も明極楚俊に禅境で切り返す。「落所は如何」つまり、その両頭はどこに落ちるのか、と切り返したのである。そこで明極楚俊は一喝する。「カアーッ」と。「ここだ。おまえ自身のすべてにだ。分別と迷いを飛び越えて、己自身に真を得よ!」ということを、この「カアーッ」が暗黙の内に語っているのであった。そのとき、楠木正成公、鎧をつけたままハッとして立ちあがった。そうして、直立したまま何度も何度も頭を下げ、しばらくしておもむろにいった。

 「和尚、まことに有難うござった。正成、今日ここで和尚に巡り会って、ご指導をいただけなかったら、一生涯つむぎ、編んできた自分の信念と信仰と求道の糸が、最後の最後に、きれいに結びきれなかったところでござる。誠に有難うござった」。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 楠木 正成

楠木正成が教える大悟の道2191

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深見東州の「大除霊」(75)

 ところが、これを聞いた後醍醐天皇の側近たちは、即座に異議を唱えた。

 「いやしくも帝たる者は、逃げ隠れしてはならない。堂々と迎え討って、敵と戦うべきである」
 「いや、それでは必ず敗けます」

 正成公も反論した。だが、軍議の決定は正成公の建議に反するものであった。しかし、帝の決めたことに喜んで従うことが臣下としての道であると自覚して、それ以上争うことはなかった。正成公は、負けることを承知しながら、軍議の決定に従い、従容として出陣していった。

 戦は正成公の予想したとおり、南朝側の敗北となり、一代の英雄・戦略家もこの世を去ったのである。その後、新田義貞は正成公が申し出た作戦を採用して、後に、見事な勝利を収めたのだから、もし正成公が思うとおりの戦いを実行していれば、日本の歴史も変わっていたかもしれない。

 それはともかく、後醍醐天皇とその側近がメンツにこだわったために、大事な忠臣を失うことになってしまったわけだが、湊川へ赴く決意を固めるまでの正成公の心境は、非常に複雑なものだった。

 というのも、先にも述べたように、正成公は戦に負け、自分が死ぬことが客観的にも霊的にも、あらかじめよくわかっていたからである。

 さしもの正成公も、死を目前にして迷い、割りきれない葛藤のために心中おだやかではなかった。臣下としては道と義を貫かなくてはならない。だが、はじめから勝てる戦ではない。どのみち負けて、死ぬことがわかっていながら、戦に赴かねばならないのは、武将としての無念のきわみである。正成公は己の心の中に生じた、さまざまな思いをなかなか断ち切ることができなかった。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 楠木 正成 後醍醐

ただ今に全力を尽くすことの大切さ190

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深見東州の「大除霊」(74)

 また、こういった努力を心がける人物は、自分で回答を見出し、自分で切り開いていく方法を知らず知らずのうちに身につけていくので、ますます守護霊の援助を受け、葛藤がなくなる。仮に不安や葛藤があったとしても、逆にそれをバネとして乗り越えていくことができるのである。

 ある人が希望という字を「喜忙」と置き換えたが、現在、ただ今に全力を尽くしてさえいれば、おのずから今為すべき最善の道が明確になるのであって、これがいい霊を呼び、いい運を切り開いていく方法なのである。簡単で、あたり前のことだが、体得して実行するのはなかなか容易なことではない。

楠木正成が教える大悟の道

 今、このとき、つまり「ただ今」をできるかぎり前向きの姿勢で生きようとすれば、つまらぬことにあれこれ悩む暇などなくなる。悩みがなくなれば迷いの雲、不安の雲は、ものの見事にかき消されてしまうものなのだ。このことに関する歴史上の実話エピソードについて述べてみよう。

 南北朝時代の英雄、楠木正成公が湊川の戦に趣く際の話である。

 『神界からの神通力』でも書いたが、彼はすぐれた霊能力のもち主だったといわれる。足利尊氏が大挙して都に押し寄せてくる。そこで、後醍醐天皇以下、南朝の幕僚たちが群議を開くこととなった。そこで彼は、足利尊氏の軍勢をいったん都に呼び込んで、安心して敵の将兵が油断したところを一気呵成に攻撃したほうがよい旨、申し出た。

 「帝はいったん比叡山にお隠れあそばして下さい。われらは淀川の方から登っていき、敵軍の指揮がゆるみきって油断しているところをたたきます。そうすれば、必ずや勝てることでしょう」

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 守護霊

答えは守護霊が与えてくれるもの189

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深見東州の「大除霊」(73)

 人間は誰しも、悩みごとや葛藤があるから仕事ができないと思っている。しかし、そうではない。この世の中で、悩みごとや葛藤がない人間などいないのだ。だが、皆、それぞれ前向きに処理して、具体的に解決していくしか方法がないので、普通は意欲的に立ち向かっているはずである。その悩みごとや葛藤こそが、人間を進歩させる糧となっているものである。ところが、仕事が暇な人は、悩んだり葛藤することで、自分を見失ってしまうのだ。いろいろ考える暇があるからこそ、悩みごとや心配ごとが余計起きてくるし、また、わざわざ問題を自分でつくり出してしまったりするのである。

 たとえば、不眠症であると訴える人がいる。「寝ようと思って布団に入っても目がさえちゃって」と嘆くが、病的に明らかな原因がある場合をのぞけば、眠りたくなるほどに疲れていないだけのことなのだ。子どものころをふり返ってみれば、ハタと気づくと思うが、遊び疲れて、食事中に寝てしまうことが多々あったはずである。何かのことに三日ぐらい徹夜で仕事をすれば、四日目には、死んだようになって寝ているはずである。ともあれ、この世に生ある間は、ひとつめのことに熱中し、忙しくして動き回るべきなのだ。そうすれば、解決策はことを進めているとき、歩いているとき、パッパッパッと出てくるはずである。そうすれば休養をとっても、真に楽しいひとときが過ごせるはずだ。

 一般の職業人ではない主婦の場合は、掃除、洗濯、何でもいいから全力を傾注する。心と体をひとつのことに集中していけば、守護霊が次から次へと回答を出してくれるようになっているのである。これが問題解決の秘策というべきものだ。

 その結果、悩みや葛藤は自然に消えていくはずだ。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 守護霊

集中すれば悩みは消える(2)188

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深見東州の「大除霊」(72)

 一方、日々、自分の意志で明確な目標を設けて、それに向けて邁進する人は、心に隙がないだけでなく、魂そのものがギラギラと輝いている。

 もちろん、人間の目からは、その輝きを直接的に堪忍することはできないが、霊の世界に生きる存在、つまり善霊や悪霊、そして本当の霊能者といわれる人たちから見れば、それは、はっきりと見えるものなのである。一般の人でも、その気になれば、間接的にはわかるはずだ。何となく、心と魂の窓である目が輝いている、言葉がはずんで生き生きとしている、全身から何かしらエネルギーが発散しているように感じとれる、などである。実は、この輝きはローソクの灯に対して、守護霊が最大限のバックアップをしてくれている証でもある。守護ローソクの輝きが加わるのである。ご本霊の輝きと守護霊の輝きとがひとつとなって、その人は一層大きく輝いた存在となる。

 この大いなる輝きに対して、低級霊や悪霊は、近寄ることができない。近寄ろうとしても、あまりのまぶしさに、たちくらむばかりだ。しかも、ガードしている守護霊からは、「向こうへ行け」と厳しく追い払われるので、逃げ出すほかはないのである。

 ところで、ある禅のお坊さんにひとりの女性が尋ねた。

「いろいろと悩みごとや心配ごと、心の葛藤が多くて、仕事が全然手につきません。どうしたら、仕事が手につくようになるのでしょうか」

 すると、そのお坊さんはこう答えた。

「うーん、そうか。それは困ったことじゃのう。だが、心配することはない。いろいろと悩んだり葛藤をする暇がないくらいに仕事をすればいいのじゃ。そうすれば、すべてが解決するじゃろう」

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 悪霊 守護霊

集中すれば悩みは消える187

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深見東州の「大除霊」(71)

 なぜ悪霊にとりつかれるのか。その原因がわかれば、防御策も立てやすい。前章では、これをくどいほどに申し述べてきたつもりだ。しかし、頭でわかるのと、深く確実に実感するのとは違う。それで、この章ではもっと綿密に、幅広く、面白くこれを展開していきたいと思う。

 ところで悪霊は、「心ここにあらず」といった状態を好む場合が多い。それならば、心の中を常に満たすようにすればいいのである。

 たとえば、日常生活の中で、何でもいいから絶えず目標を持ち続けるのが、最も効果的な手段のひとつであるといえるだろう。

 その日一日、一週間、一ヵ月、さらには一年、一生、自分自身がどう生きるのか、あるいは、どのように仕事を処理するかという目標を設定し、到達するために努力をすれば、悪霊はとりつく隙を見出すことができず、退散してしまうはずである。前章で述べたとおりである。

 「小人閑居して不善をなす」という言葉がある。暇をもてあますとロクなことはない。また、暇の中に身を置いても、善をなすことができない人間は、大した者ではないという意味だが、これを霊的に見れば、善からぬことを行うのは、心の隙間に悪霊が入り込むからなのである。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 悪霊 目標

悪霊に打ち勝ち善霊を活かす186

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深見東州の「大除霊」(70)

 ところで、霊は人に対し、さまざまな関与をしてくるのだが、われわれ肉体のある人間は、霊に使われているようではいけない。常に自分が主体の立場に立って、霊を追い払ったり導いたりするくらいでなければならない。

 そのためには、心の世界を基軸として、現実界と「いい感覚の世界」である神界というものを、自分自身で主体的に自在活用し、自分の毎日というものをよりよいコンディションに保っておく必要がある。そうでなければ、霊にあやつられる人生にならざるを得ない。気持ちが絶えず霊というものに打ち勝って、善霊を生かして誠であやつるようでなければいけないのだ。

 今日まで、霊能者霊界ばかり、神に生きる人間は神ばかり、常識人は常識ばかりという具合に、それぞれの道に偏してそれらを探究してきた。

 しかし、それひとつだけではすべてが間違いとなるのである。なぜなら、各々たった一つの世界のことしか見ていないからだ。三つを全部見て、今の自分を最高にして、周囲をも幸せにするという姿勢が正しいのである。

 霊ばかりを見ていると、悪霊にだまされ占領される。常識の世界ばかり見ていたら、「」(霊な神仏の動きのこと)が乏しくなり天運が引き込めない。神様の世界ばかり見ていたら、社会に根ざさないで世間から相手にされない。

 そもそも、天地を創造された主の神様は、神界と霊界と現実界の三界をつくられたのである。だから、正しく神様を掌握して、正しい自分の人生をまっとうするには、神界、霊界、現実界の三極を同時に尊重して、偏りなくバランスをもって見ていくことが必要なのだ。

 そうして、常に自分自身の魂を向上させ、ご本霊を輝かせて周囲に善なる感化力を与えるように努力しなければ、正しい人生ということはできない。たとえ神様を信じているといっても、決してそれだけでは正しく信仰しているとはいえない。いやそれどころか、知らず知らずのうちに、悪霊にご本霊を占領されてしまうことだって十分に考えられるのである。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 悪霊 常識 霊能者 霊界

守護霊の交替185

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深見東州の「大除霊」(69)

 ところで、霊は人に対し、さまざまな関与をしてくるのだが、われわれ肉体のある人間は、霊に使われているようではいけない。常に自分が主体の立場に立って、霊を追い払ったり導いたりするくらいでなければならない。

 そのためには、心の世界を基軸として、現実界と「いい感覚の世界」である神界というものを、自分自身で主体的に自在活用し、自分の毎日というものをよりよいコンディションに保っておく必要がある。そうでなければ、霊にあやつられる人生にならざるを得ない。気持ちが絶えず霊というものに打ち勝って、善霊を生かして誠であやつるようでなければいけないのだ。

 今日まで、霊能者は霊界ばかり、神に生きる人間は神ばかり、常識人は常識ばかりという具合に、それぞれの道に偏してそれらを探究してきた。

 しかし、それひとつだけではすべてが間違いとなるのである。なぜなら、各々たった一つの世界のことしか見ていないからだ。三つを全部見て、今の自分を最高にして、周囲をも幸せにするという姿勢が正しいのである。

 霊ばかりを見ていると、悪霊にだまされ占領される。常識の世界ばかり見ていたら、「妙」(霊妙な神仏の動きのこと)が乏しくなり天運が引き込めない。神様の世界ばかり見ていたら、社会に根ざさないで世間から相手にされない。

 そもそも、天地を創造された主の神様は、神界と霊界と現実界の三界をつくられたのである。だから、正しく神様を掌握して、正しい自分の人生をまっとうするには、神界、霊界、現実界の三極を同時に尊重して、偏りなくバランスをもって見ていくことが必要なのだ。

 そうして、常に自分自身のを向上させ、ご本霊を輝かせて周囲に善なる感化力を与えるように努力しなければ、正しい人生ということはできない。たとえ神様を信じているといっても、決してそれだけでは正しく信仰しているとはいえない。いやそれどころか、知らず知らずのうちに、悪霊にご本霊を占領されてしまうことだって十分に考えられるのである。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 悪霊 霊界

脱皮のとき184

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深見東州の「大除霊」(68)

 善に向かうにしろ、悪に向かうにしろ、自分の人格が崩壊するような気持ちになる瞬間、己を見失ってしまうような瞬間は、神だめしのときなのだ。それで崩壊していく人もいれば、脱皮してより大きくなっていく人もいる。いわば、そのときこそが人生の吉と凶を決める分水嶺でもあるのだ。

 その分水嶺の越え方の下手な人が、悪霊にやられやすい人ということになる。そのような人は、いつも悪霊に占領され、悪い先祖霊の影響も受けている。いうならば、悪霊駐屯基地のような人間であり、浮遊霊の吸い取り紙のような人間になっていることも多い。

 こういう人は、除霊以前の人である。どんなに除霊をしても、自分が吸い取り紙になっているのだから、キリがない。

 どうしても、悪霊との交渉を断ち切りたいなら、人格すべてを変えるしか方法はないのである。それぐらいの一大決心をもってすれば、除霊後、まるでうそのように人間が変わって幸運になるはずである。しかし、言うは易く行うは難し。なかなかそうとはわかっていても実行できるものではない。

 それで「ワールドメイト」という会をつくり、数々の活動や研修をとおして、良き人は一層良く、問題多き人は、時間をかけて絶対に良くなる方向へと導こうとしているのである。むろん、除霊を受けていなくても入会は自由である。

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現実界の調和の道を示す儒教183

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深見東州の「大除霊」(67)

 反対に、正しい信仰力を身につけていないと、どうしても悪霊霊界への興味やお蔭に対する欲望に感応したり、自我、慢心、増長魔に感応する悪霊などにも占領される危険性が高い。また、特に挫折した瞬間、失敗した瞬間など、人格が崩壊していくような時点が最も危ない。そんなときに、悪霊がたちどころに肉体を占領するのである。

 だが、守護霊が交替する時期も、実は、これと同じような時期なのである。『強運』(たちばな出版刊)をはじめ、いくつかの著者の中でも述べたことだが、環境が激変したり、それに伴って何か志を立てて御魂を発動させたときなどに、よりグレードの高い守護霊と交替するのが常である。

 高校受験や大学受験などで、しっかりやらなければと頑張ったとき。あるいは事業に失敗して、何とかしなければと起死回生を図ってファイトを燃やしたとき。こんな場合、パワーのある守護霊に霊界で自然交替が為されて、大いに加勢応援してくれるのである。

 要するに、大きくその人の環境が変わったときには、背後の霊界も変わりやすくなっていて、そのときに善い霊が自分を占領するか、悪い霊が占領するかは、すべてそのときの自分次第、自分自身の想念と根性のもち方次第にかかっているのだ。

 「もうダメだ」「いっそ死んでしまいたい」「あの野郎ッ!」−こういう思いを抱いたときには、すでに悪霊に負けている。

 「よし、頑張ろう」「つらいけど敗けないぞ!」「頭にくるけど、まあ、許してやろう。要は、自分がもっと大きくなることだ」−こう思ったら、守護神、守護霊がしっかりと守ってくれるのである。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 悪霊 霊界 お蔭

最も大切な学問、教養、信仰182

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深見東州の「大除霊」(66)

 ところが、これが儀式のための儀式になってしまう場合があり、がかえって弊害をもたらすことになる場合も多い。あくまでもの本質を見て、心が入って為さねばならないのである。

 そのの本質とは、先にも述べたように社会との調和と秩序の美であり、心情の豊かさをもたらす節度であり、大きくとらえれば、天地自然との大調和のルールと法則なのである。この観点から見て、バランスを保つように節を尽くしていくのが、現実界にかなった道ということができるだろう。

最も大切な学問教養信仰

 第一章で述べたことをまとめてみよう。

 幾度も述べてきたように、悪い霊に負けないためには、本当の学問と芸術を含む教養信仰力の三つで自分を磨いていくほかはない。

 では、正しい信仰力とは何か。神様を信じ、拝むことだけが信仰なのではない。それは信心であって、信仰とは別のものである。

 本当の意味での正しい信仰力とは、真の学問と心の教養に基づいていなければならない。人間は何のために生まれてきたのか。善とは何か、悪とは何かなどを正しく把握して、正しく人生と神に向かい、それを実行していかなければ本物とはいえないのである。

 真の学問教養に基づいた信仰力を身につけておけば、危うく悪霊に占領されそうになっても、魂が真実の光を放つために、危機から脱却できる。むろん、守護する善霊からも大いに導かれる。だから、失敗しそうな状況でも、いい方へ、いい方へと向かっていくことができるのである。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 儀式 学問 教養 信仰

現実界の調和の道を示す儒教181

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深見東州の「大除霊」(65)

 では、現実界の改善の道を示した教えは何か。孔子が説いた儒教である。

 孔子の教えのすばらしいところは、現実界の仁・義・礼・智・信の道を示していることである。中でも特に、礼に関する教えは右に出るものがないといえよう。

 己に克ちて礼に復する−「己に克ちて」とは、苦しさにとことん耐えて頑張る、というような通常使われている単純な意味なのではない。「己の中の人心、欲心に打ち克って、天地自然と君子としての本来の道である礼に復すること」、これが正しい「克己」というものの意味である。

 では礼とは何か。天地自然と社会との美しき調和のことである。

 たとえば、結婚式という儀式がある。今日では、結婚式をあげずに家庭をもつ人も多いと聞くが、それはそれで事情もあり、本人たちの主張でもあるからいいだろう。しかし、同じ祝うのなら、やはり式をあげて、喜びを美しく豊かに分かち合いたいというのが、多くの人たちの共通の願いだといえよう。たとえていうならば、それが礼の心である。

 また、葬式という儀式がある。これについても、「人間はいつかは必ず死ぬ、だから葬式なんかする必要はない。アメリカで誰かがやっていたように、飛行機から骨をバラまけば十分だ」などと考えている人もいるようだ。

 だが、正式に葬式をしてお坊さんにそれなりにお経をあげてもらう方が、死者を送り出すのにふさわしいといえる。人々が故人を偲び、それを見る死者にとっても、自分の死というものを自覚することまができる大きな契機となるからである。さらに、家族や友人にとっても、追悼の情を深く美しく為して、長年の恩や慕わしさに節度をつけて報いることもできる。これがまた、礼の心なのである。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 儒教 孔子

現実界の環境も大切180

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深見東州の「大除霊」(64)

 涅槃寂静だけではなく、このような心のバネ、心の柔軟性を説いたのが、仏教である。しかし、その仏教にも問題がないわけではない。なぜなら、仏教はあまりにも心の世界にだけとらわれすぎているからだ。

 周知のとおり人間は、心だけではなく肉体ももっている。しかも心は肉体の影響を強く受けるのである。その肉体的な面、言葉を換えていうならば現実界を、仏教は往々無視しているといわざるを得ない。

 具体的に述べてみよう。

 たとえば、浩宮皇太子殿下である。いうまでもなく、浩宮様は日本国の象徴としてのお立場におつきになるよう教育を受けられている。ご幼少のころからすばらしい環境で育った殿下には、悪い想いや悪い念などはあまり湧きあがってくるはずもないのである。

 反対に、劣悪な環境に育った人の場合はどうだろうか。どれほど努力しても、いい想念がなかなか湧いてこないに違いない。実は、こういう人にこそ真に仏教が必要なのである。

 したがって、「心だ、心だ、心の修養だ」という前に、いい心が湧く環境をつくることの方が、より大切なことであることがわかる。特に、小さいころからの環境づくりは一層大切なことである。「衣食足って礼節を知る」という言葉どおり、現実界がある程度豊かできちんとしていれば、悪い念は出てこないものである。

 心と想念がすべてではない。現実界がよかったら、人間はおのずからよい心をもつ。よい心をもてば、優れた感覚やすばらしい神気にもふれることができるのである。

 だから、現実界というものを改善することを棚にあげておきながら、心だ、想念だというのが、仏教信奉者の犯しやすい間違いであるといえるだろう。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 環境 想念 仏教

心の柔軟性を養う仏教(2)179

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(63)

 ところで、仏様は蓮の花の上に乗っておられるが、あれは一体何を意味しているのだろうか。

 周知のとおり蓮は、その根は水泥中に張ってはいるものの、水の上では美しい花を咲かせている。そして、泥水は現実界、花は心のヒダを表して仏界を象徴する。そして、その上に立つ御仏は、悟りの奥に開ける御魂の本体である神界などを象徴している。つまり、世俗の中にしっかりと根ざして、上のほうでは美しい花を咲かせて、御魂は神界に入っていることを蓮は象徴しているのだ。

 きれいな花畑で咲いている花も美しい。しかし、この汚泥と汚辱で満ち満ちている世の中では、それではあまりにも弱すぎて、現実的に立派に生きることができない。だから、蓮のように生きることが大事なのだ。蓮のようにたくましく、現実界に根を降ろさなければならないのである。

 そこから蓮華の教え、つまり、南無妙法蓮華経が出てくるわけだ。

 したがって、特に大乗仏教を研鑽していると心のバネ、柔軟性が身につくようになり、汚い思い、悪い思いが襲ってきても、パッといい感覚の方へ心を切り換えられるようになるのである。もちろん、研鑽といっても、それを頭だけでするのではなく、実践的になさねば意味のないことなのであるが。

 霊界は最初に述べたように心と念=霊の世界である。

 だからこそ、「畜生!」「残念だっ!」という念を残して死ぬと、地縛霊や浮遊霊、怨念霊となったりするわけである。このマイナスの念や想いを諭して、すがすがしい思いにさせたら霊は低級霊界から上の方へあがっていく。これが、ほかならぬ除霊というわけだ。

 しかし、生きながらに明るくすがすがしい思いをもっている人間は、死後、除霊を受ける必要などまったくない。「残念だっ、おのれ!」という想いを、自分自身でコントロールさえできれば、悪い霊界へ行くことなどない。常に、いかなるときにも、「あ、待てよ。こんなことを思ったらダメだ」と、すぐに反省して切り換わる心のバネが身につけば、霊界へ行っても迷わないですむことだろう。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 蓮華 泥水

心の柔軟性を養う仏教178

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教団体です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(62)

 どちらかというと人間は、いいものよりも悪いものに影響されやすくできている。つまり「人心(じんしん)これ危うく道心(どうしん)これ微(かす)かなり」というわけで、なかなか悪いものが来ても、パシッと払いのけるだけの意志力と覚醒力はもてないものなのだ。

 それを払うには、心の世界のバネが要る。悪い感覚、悪い霊覚、悪い思いになったときには、パシッといいほうへ戻すことのできる心のバネが必要なのだ。

 だが、現実にはこれがなかなか難しい。人生に挫折して、ひとたび「もうダメだ」「人生おしまいだ」といった悪い感覚の中に入ってしまうと、なかなか立ちあがれないのが人間の常である。

 実は、この心のバネを身につける方法を教えているのが、ほかならぬ仏教なのだ。もちろん、仏教だけではない。儒教も、道教も、イスラム教も、キリスト教もそれを教えているのであるが、仏教が一番奥深く、しかも幅が広くて緻密だ。細やかに最大漏らさず心の諸相を語り、かつ立て直しのあり方を具体的に示しているといえるのだ。だから、正しく幅広く仏教を学んでいると、悪い感覚を受けてペチャンとつぶされたときでも、すぐに蘇っていい感覚の自分に還ることができるようになれるのである。

 これに対して、神界だけに心を向けている人は、悪い感覚を受けたときに、それをはね返す心のバネを身につけるのが難しい。その意味で、神界だけではこの現実界を雄々しく生きていくことが難しいのである。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 現実 感覚 霊覚

声が聞こえてきたらまず疑ってかかる177

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(61)

 中途半端に霊能が開いた人間は、だいたいこういう目に遭うことが多いのである。ところで、では、このAさんの場合、霊界からお告げがあったときに、どのように対処すればよかったのだろうか。

 先に私は、霊的に混乱したら常識の世界で割り切れといったが、Aさんのケースでは、他人にふれ回る前に私のところに手紙を出すなり、直談判に来ればよかったのだ。どうしてもおかしいと思うのなら、何よりもまず、その本人に疑問をぶつけるべきである。
 「私のみたところ、どうも先生はおかしい。悪霊につかれている。正しい、善き先生に戻ってください」
 と真正面からぶつかってくるべきであったのだ。それが至誠というものではないか。そうすれば、どんな悪霊にやられているか、瞬時のうちに見破って、天狗の鼻を私がヘシ折ってあげていたのだ。それが、師弟の間柄というものではないか。

 霊界から声が聞こえてきたり、お告げを受けたりしたら、その指示どおりに動くのではなく、むしろ疑ってかかり、現実界の礼節などに照らし合わせて、問い返し、考えを正すべきなのだ。そうすれば、そのお告げが正しいものであるか否かが、はっきりと見えてきたはずである。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 霊能 霊界 悪霊

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