仏壇で先祖にお願いしてはいけない1507

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「吾輩は霊である」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「吾輩は霊である」(110)

 それからもう一つ話しておくなら、時々、仏壇で先祖にお願い事をする人がいるが、あれなどもまずしないほうがいいのはもうおわかりいただけたと思う。救われたいのは先祖のほうなのだから。


仏壇とお墓の役割-お墓霊界は子孫に影響する

 仏壇とお墓には、どういう意味があるのかもこの際ご説明しよう。

 これまで説明してきたように、真ん中から以下の霊が寄るところとして、仏壇は七〇%ぐらいの役割、お墓は三〇%というのがバランスだ。とすれば、仏壇とお墓を比べれば、仏壇のほうが大事ということになる。

 だから仏壇は、なるべく日常生活と接触するようにしていくのがよい。

 では、お墓はどうでもいいのかというと、そうもいかない。よくこういうことがあるものだ。

「私は死んで、この墓の中に入るから、おまえは守ってくれよ」

 と、お父さんが生前言っていたようなケースだ。

(つづく)

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人間は死んで墓に入るわけではない1508

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深見東州の「吾輩は霊である」(111)

 お父さんは死んだ後、本当にお墓の中に入ろうとしているわけだ。ところが、お墓というのは御影石などでできていて、死んだ人の霊体では通り抜けてしまうので、これはおかしい。墓の中に入るのは骨だけなのだ。人間は死んで墓に入るわけではない。

 仏壇の位牌についても、同様の誤解がある。前に、ご主人を失った後妻さんから聞かされたことがある。

「うちの主人と先妻の二人セットのお墓があって、死んだ後、この中に入っていくのは、本当に気が引けるんですよね。新しく位牌を作ったほうがいいでしょうか」

 と。

 私は、

「こんな狭い中にお入りにならなくてもいいでしょう。死んで位牌の中に行くんじゃないんです。人間は死んで墓石の中に入るのでも、位牌の中に割って入るのでもありません。霊界に行くんです。だからそういう心配はご無用です」

 と答えてさしあげたのだが、多くの人がこれを誤解している。

 では、お墓は意味がないのか。ないならば、なぜ墓相学というのがあんなに当たるのか?

(つづく)

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墓石を中心にした霊界ができる1509

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深見東州の「吾輩は霊である」(112)

 相学については、私は、意識神通という超能力を使って、おに直接訊いてみた。物にも人間や生物と同じく意識があるので、会話ができるのだ。すると、次のような結論が出た。

 拙著『神界からの神通力』で、私は「イワシの頭も信心から」について説明したが、それと同じだということなのである。例えば、神社もお寺も何もないところで、

「イワシの頭様、本日もありがとうございます。私の家でもイワシ様のおかげで、大勢の人が功徳を賜ったということをうかがっております……」

 と拝んでいると、真心と崇敬する思いというのが「イワシの頭霊界」を作って、そこに「何とか大神」か何かわからないが、やって来る。そして知らない間に、あたかも本物のご神体と同じような状態になるのである。人間の想いによって霊界ができ、「何か」が入るのである。

 イワシの頭でさえありがたがることで霊界ができるのだから、自分の家の名が刻まれたであれば、なおさらである。おに霊界ができるのである。

 おの中に入るんだ。おがなければ……、子孫が大事にしてくれないと……、皆がお墓が大事だ、お墓は大事だと考え、敬い続けて受け継がれていく。その、お墓は大事だと尊敬する想いに、お墓の霊界ができるのだ。これを「墓霊界」という。墓石を中心にした霊界ができるわけだ。

(つづく)

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古い墓ほど因縁の力が強くなる1510

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深見東州の「吾輩は霊である」(113)

 イワシの頭に霊界ができるの同じく、お墓の中にも霊界ができる。こうして、一つの家族という霊界の働きの中にのお墓という位置ができるわけだ。そういうわけで、本来ほとんど意味が無いはずのお墓が、霊的な意味を持つようになっているわけなのだ。お墓が出来上がってきた歴史から分析すると、これが実相である。

 では、その墓霊界というものは、家族に対してどんな意味をもたらすのだろうか。


古い墓ほど因縁の力が強くなる

 実はお墓には「子孫」という意味がある。だから、代々女の子しか生まれないとか、男の子しか生まれないとか、子供がどこか調子が悪いとか、ノイローゼだとかいう場合は、お墓に問題がある場合が多いのだ。

 自然石を使っていたり、入口にタケチャンマンの人形を飾ったり、いろんな飾り物の人形を置いていたり、掛けていたりとか、最近はお墓もいろいろなものがある。あまり大きすぎてもご先祖が恥ずかしがるし、小さすぎてもいけない。オーソドックスでシンプルなお墓が一番良い。それは墓相学のいう通りだ。

 しかしお墓に、本人の預かり知らない間に子孫に影響するようなことが出てくるということは、そういう代々のカルマというものが、自然にお墓という形で表現されているからだ。だから、子孫の問題があるときには、一度お墓の形を見てもらうといい。

(つづく)

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古いお墓ほど強く霊力が宿っている1511

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深見東州の「吾輩は霊である」(114)

 古いお墓ほど、強く霊力が宿っている。だから、全く新しい、いいところに変わって(嫁いでいったりして)名前が変わった時には、心機一転して、いいお墓を作ったほうがいい。ここが先祖代々の墓だと強い念を込めたら、強い霊力が出てくる。

 いいものは信じ、悪いところはあまり信じないという具合に思っていけばいい。こちらの心の調節次第で、その霊力(影響力)に大小が出てくるのである。

 お墓と墓相学について、霊界法則をもって説明すると、こういうことになる。


仏壇に依る霊は江戸時代以降の先祖だ

 仏壇に話を戻そう。

 仏壇にいらっしゃるのはご先祖だと皆思っているが、先祖は先祖でも封建時代の古い先祖がほとんどである。ごく新しい昭和三十年代のご先祖というのはあまりいない。

 昭和五十年代のご先祖はまずいない(当然である)。若くて大体、大正時代。明治、江戸時代に生まれた人が今、お墓や仏壇にかかるご先祖になっている。

(つづく)

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人は先祖供養のために生まれてきたのではない1512

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深見東州の「吾輩は霊である」(115)

 これらのご先祖たちの考え方は、封建時代の考え方だ。親は親たらずとも子は子たれという考え方で、親のエゴイズムを利用して、自分が姑に尽くしたように我々にも尽くして欲しいと霊界から要求してくる。気持ちは分からないでもないが、

「ご先祖さん、私たちは戦後に生まれた人間で、あんたの言っていることはよくわかりません」

 と言ってやることも大切だ。

 人は決して、先祖供養のために生まれてきた訳ではないのである。

 ご先祖の人たちが奉じるのは儒教だが、イスラム教にはもっと別な法則がある。インドでも中国でも違う。もっと徹底して言うなら、ネアンデルタール人やクロマニヨン人、ピテカントロプスペキネンシス、明石原人、ジャワ原人、三ヶ日原人などの古い方々。彼らは先祖を崇拝していたか。三十三回忌をしていたのか。していない。たまたま明治、江戸の封建時代に育った霊たちが、自分たちの習慣を主張しているに過ぎない。

「ご先祖様がいくら、親は親たらずとも子は子たれと仰いましても、私の先祖はクロマニヨン人だと思っています」

 と言うと、先祖はシューンとする。

「あなた方は霊界で修業して下さい。別に、途中で生まれて来た江戸時代の先祖だけがご先祖というわけじゃない。もっともっと遠いご先祖、クロマニヨン人を尊敬しなさい。彼らは先祖供養なんて要求しませんよ」

 と言うと、仏壇にいるご先祖は小さくなって、もう先祖顔して威張ったりはしなくなるに違いない。

(つづく)

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仏壇で幸せになる家と不幸になる家と1513

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深見東州の「吾輩は霊である」(116)

仏壇で幸せになる家、不幸になる家

仏壇を祀るべきケースと、祀るべきではないケースがある

 このように先祖の霊は、子孫に干渉し要求してくる。祀ってくれ、祀ってくれ、という具合に。

 そこで、仏壇を祀るべきか否かの結論になるのだが、ほとんどが真ん中以上のいいご先祖ばかりを持つという人の場合、先祖はあまり子孫に対して要求してくることはない。だから、仏壇がなくても全然平気で、子孫として普通の生活をしているものだ。

 取り立てて災いもなく、家族みんなが幸せに暮らしているのに、仏壇を祀らなければならないからと祀り始めた途端、家庭がおかしくなったりする。要するに、ごく普通に幸せに暮らしているのなら、もうそれでいいわけだ。仏壇を祀る必要はないのである。

 せっかく分家のほうで幸せでいるのに、仏壇を祀り出した途端に、本家かどこかにいた低い霊界にいる先祖霊が訪ねてきて、家がガチャガチャしたりするのだ。

 絶えず「助けて助けて」と言う先祖を引っ張り込むことになってしまう。そういう場合は、仏壇を祀らないほうがいい、と私は断言する。今、あなたが幸せならば、余分なことをする必要はないのである。

 逆に仏壇を祀ったほうがいい場合も、もちろんある。例えばこういう場合だ。

(つづく)

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家族の問題が続く家は仏壇が必要かも1514

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深見東州の「吾輩は霊である」(117)

 家族関係が終始ゴタゴタして、うまくいかない家がある。長男はいるけれども、何もしない。そういう家では、次男がご先祖の生まれ変わりである場合が多いのだが、その次男が、家の面倒を見なければならないような運気を持っているものだ。

 また、長男、次男がいるにもかかわらず、どういうわけか三男のところばかりに先祖霊が来て、家の劫を背負っているという場合もある。三男にしてみれば、何とかしたくなるのが当然だ。

 こういう人は、仏壇をお祀りしたほうがいい。新しく買ってもいいし、長男がいらないと言うならもらってきて、きれいに掃除してもいい。そうすると苦しがっていた霊はそこにおさまる。そうしないと、苦しいものだから生きている人間の背中に憑いたり、子孫に憑いたりするからだ。

「とりあえず、ここに納まりましょう」

 と言ってやると、安らかになる。それでトラブルも無くなる。

 本当は、霊体になってから三十年以上地上でウロウロしていることは霊界の規則に違反することになるのである。だが、子孫の持つ「先祖に対して供養したいという気持ち」をある程度神様が酌まれて、お供えをしたら食べ物の精気が霊界に飛んでいくようにして下さっている。先祖はその食べ物の精気を食べられるわけだ。そういう先祖祀りをすることによって、今、問題がある人は少しでも良くなるのだから、こうした方は祀ったほうが良い。

(つづく)

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仏壇を祀ることで災いを緩和できる場合もある1515

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深見東州の「吾輩は霊である」(118)

 真ん中以下のご先祖が多い場合は、せめて仏壇だけでも祀ることで、少しでも自分にもたらされる災いを緩和することができる。こうした理由があるなら仏壇を祀る意味もあるのである。

 豊かな家に住んで幸せに過ごしているのに、仏壇が要ると聞いて信心深い性質の故に仏壇を購入し祀ってしまう。その結果、かえって災いを招くことになる。こういう場合は、無理に仏壇を祀らなくてもいいのである。お祀りするのだったら、中途半端ではなくきちっとお祀りしたほうがいい。

 また植松先生は、祀らないのなら祀らないでいいとおっしゃる。

 なぜなら、先祖は全て子孫の血液の中に入っているからである。血液が位牌のようなものだとおっしゃる。しかし、もしお祀りするのであれば、霊界の法則にある程度は則ったお祀りのしかたをしたほうが良い。これが仏壇に対する考え方の結論である。


酒飲みの霊には、お酒を供える

 面白いといったら本人には失礼だが、わかりやすい例だから紹介しておこう。

 あるご夫婦の実話である。結婚してから、二人ともものすごくお酒を飲むようになり、一日に一升瓶を一本、二本と空けてしまうようになったのだという。そのままでは不経済なだけでなく、まさにアルコール依存症そのものであるから、放置しておくわけにはいかない。体を壊してしまう。

(つづく)

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