偽善103

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教団体です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「神界からの神通力」を紹介しています。正神界のこと、神界と霊界のこと、守護神と守護霊、生霊、水子、稲荷信仰、蛇の霊、などについて解説しています。

深見東州の「神界からの神通力」(103)

 かつて、まぶたが閉じてしまう奇病を患っている方が私のところに見えたことがあった。霊視してみると、
 
 「こんなはずじゃない。こんなはずじゃない」
 
 と、まっ暗闇の中でさまよっているお婆さんの姿が見えた。このお婆さん、生前は天理教の熱心な信徒であった。天理教といえば「ひのきしん」といって、体施、物施、法施を徹底する宗教である。このお婆さんもご多分にもれず、人一倍「ひのきしん」を実践していた。だから当然、死んだら極楽浄土に行けると思っていた。ところが、行った先はまっ暗闇、そこで、
 
 「こんなはずじゃない。こんなはずじゃない」
 
 と言っていたのだが、このお婆さんは、この世でもあの世でもよく暮らしたいという心、つまり過度の「自分が救われたい」という欲望の想念で体施、物施、法施を行っていたのである。
 
 霊界とは本来神が裁くものではない、自分が自分を裁くのである。つまり、自分の想念に相応した霊界へ行くのである。「われよし」の心はまっ暗である。だから、お婆さんはまっ暗な霊界に行ってしまったのである。
 
 外見上は世のため人のためになることをしていても、動機と発するところの想念のあり方が間違っていては、せっかくの体施、物施、法施も水の泡。あくまでも、世のため人のためによかれ、という気持ちで行わなければ、徳を積んだことにはならない。清水次郎長にせよ、児玉誉士夫にせよ、因縁を切ろうという動機ではなく、世のため人のためという純粋な心で人々に尽くしたのである。だからこそ、徳として天に積まれたのだ。
 
 霊界は心の世界と同じである。心に愛のある人は明るくてあたたかい霊界にいるし、銭勘定ばかりしている自己中心的な人は、まっ暗で冷たい八寒地獄にいる。


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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 天理教 霊界 ひのきしん

本当の徳積みとは104

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中にワールドメイトのリーダーです。

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深見東州の「神界からの神通力」(104)

 では、因縁を切るために厳しい修行を積んでいる行者さんは、どんな霊界にいるのだろうか。行者さんは確かに行を積んでいる。しかしそれは、「因縁を切らねばならぬ」という使命感から発するもので、行を積まんがために積んでいるのである。つまり、修業自体の行為に執心しているわけだ。
 
 そこにはがなく、悲愴感が漂う。悲愴感は暗い。そして、みずから発する想念と、行をやり遂げようとする妄執の黒雲が、暗黒霊界を形成する。因縁を切るために行を積んでいながら、ますます暗い世界へ行く。考えてみれば、こんな皮肉なことはない。
 
 では、どうしてこのようなことになるのだろうか。思うに彼らは、まず因縁因果概念の基礎理解がなく、それから想念が自己霊界を形成し、その自己霊界がそれ相応の死後霊界や顕黙霊界と符合することを知らないからである。極楽浄土に行く近道は、この現世世界とかけ離れたところにあると考えているのではないか。だからこそ、彼らは人里離れた山の中で行を積み、悟りを開こうとするのである。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 因縁 因果

役小角105

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深見東州の「神界からの神通力」(105)

 話は少々横道にそれるが、この山中修業の行者さんの発想は、日本古来の山岳信仰からきている。役小角(えんのおずね)が始めた修験道(しゅげんどう)も、山岳の清浄な気とそこに凝結する神妙の霊気を身に受け、身魂を清浄化して神明の加護と霊妙をさずかることにある。しかし、修験道の本旨、いや、役小角の真意はそんなところにあるのではない。
 
 私は実際に、天界で役小角の聖霊にお会いして確かめたのだ。なぜ修業するのかと問えば、
 
 「第一義は神明の加護により、国家と人々の安寧をはかることである。
  第二義は、霊明によりて、巷に苦しむ諸々霊を救済することである。
  第三義は、山岳に眠る神威と霊妙および宇宙エネルギーの凝結神域を呼び醒まし、
       長久平和のために、顕幽神三界にあまねく神徳を弘むことである。
  第四義は衆生済度の聖願にかなう己(おのれ)たるべく、父祖伝来の因果律を離れ、
       自己本来の明徳を明らかにするべく、研務修養を為すことである。
  第五義は、日々精進の誠を輝かし、天地神明の道を成就するための根気と信念を培う
       ため、苦集練業に耐えることである」

 以上が、役小角の答えだったと記憶している。私は滝に打たれたことも、瞑想や行力(ぎょうりき)修業をしたこともない。現世における生活修業以外には、正神界に感応する方法はないからである。
 
 
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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 山岳信仰 役小角

苦しみながら徳を積むのが一番254

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深見東州の「大除霊」(139)

苦しみながら徳を積むのが一番

 私たちは、死の苦しみ、貧乏の苦しみ、病気の苦しみ、人間関係の苦しみ、職業の苦しみの五段階の苦しみを経て、少しずつ宿業を抹消しているわけだが、これとは別に宿業を抹消する方法がもうひとつある。

 先にも少しふれた、徳を積んでいくという方法がそれである。

 宿業の深い人、因縁の深い家に生まれた人は、体施、物施、法施を通じて、どんどん徳を積む努力を続けていくことだ。そうすれば、少しずつは宿業は相殺される形となって抹消されていくのである。

 こう書くと、「それじゃあ、苦しむのはいやだから、徳積みの方で宿業を抹消させてもらおう」と考える人もいるだろうが、それは考えが甘い。

 宿業がある限り、苦しみは避けて通れないのだ。どんなに徳を積む努力をしようと、業がある限り、何らかの形で苦しまなければならないのである。この大原則に基づいて、徳を積むことによって得られる神仏のご加護や天地のお計らいというものは、大難を小難に縮小してくださる慈悲となり、老年期より青年期にその難をふり替えてくださる大悲となり、苦しみを感じさせないだけの体力、気力、胆力、精神力を与えてくださる大佑となり、困難を進歩、発展、成功のための糧とするように導いてくれる、善き師や友などとの巡り会いとなるのである。

 そこで、もっとも優れた宿業の解消法とはどんなものかといえば、苦しみながら同時に徳を積んでいく、という方法である。

 言葉を換えていえば、苦しみを単なる苦しみとして終わらせるのではなく、徳を積むための苦しみに変えるのである。苦しみを喜んで受けながら、それを起爆剤として同時に徳積みをする。いわば、カルマという思いに絶対に負けていないで、徳積みに大和魂をギラギラ輝かせて立ち向かっていくやり方だ。苦を恐れないで、自らその苦の火中に飛び込めば、心頭(しんとう)おのずから滅却されて火もまた涼しくなるという、前向きに苦を忘れる良策だ。

 人として生まれて、それから逃げる道がなければ、たとえ、あちらこちらが切りきざまれるように痛く、辛く、悩ましくとも、涙をボロボロ流してもいいから、勇猛果敢に突き進んでいくべきなのだ。それでも、地獄界で苦しんでいたときよりは因縁のどんなに深い家に生まれてこようとも、どんなにカルマに悩まされていようとも、何百倍も何千倍も楽なひととき、ひとときの連続であるはずなのだ。

 肉体をもって業の苦を払うというのは、地獄界に何百年もいる人たちにとっては、誠にうらやましい限りの慶事である。肉体の衣がある分だけ、地獄界よりは随分楽にカルマの苦を払えているからだ。

 特に、現代で、しかも日本という国に生まれている私たちは、衣、食、住はある程度恵まれ、自由というものにも恵まれている。これが、インドやバングラデシュの下層民だったらどうだろう。パレスチナゲリラの息子として生まれていたらどうだろう。ほとんど、地獄界のあり様と変わりがないはずだ。このことを思えば、私たちはまだまだ幸福である。苦といってもまだまだ楽なものであり、たとえ苦しんでも、徳積みをするチャンスのある国と時代に生まれてきているのだから。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 貧乏 病気 宿業 因縁

徳積みのチャンスを開く除霊(2)256

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深見東州の「大除霊」(141)

 たとえば、「三千万円のお布施をお出ししますので、ひとつ先生、農作物倍増の秘策として、太陽をもうひとつ大空につくっていただけませんか。聞くところによると、先生は全知全能の宇宙神からメッセージや大超能力をさずかっているとお聞きいたしました。全知全能の神がついておられるのなら、それぐらいのことはおできになると存じまして。いかなる病いもすぐに治せるのなら、ついでに太陽をもうひとつつくってください」。少しばかりの霊能力超能力を鼻にかけて、自慢たらしく傲慢な態度で人に接する人がいるから、つい意地の悪い人はこうもいってみたくなるのだろう。

 モーゼでも出口王仁三郎でも、狭い海を二つに割ったり、巨大な隕石を坂の下から逆あがりさせてみたりする程度で、お月さんを五、六個に増やしたり、金星を細長くしたり、地球を平行四辺形にすることはできなかった。宇宙創造の主神ならばできるのである。このように、人間の取り次ぐ霊能力超能力といっても、大したことはないのである。

 だから、われわれはもっと謙虚に天地の法と自然の理を学び、人々とともに造物主の御心に立ち返る姿勢が大切なのである。そして、天地自然の道に前向きで素直に従いつつ、努力する誠を失ってはならない。

 それゆえ、本当の霊能者や超能力者となるには、その霊能や超能力は、神様の示すお力の千兆分の一にも満たないものであることを深く自覚して、能力にたよらず、能力を自慢せず、能力にふり回されず、天地順応の道に志すべきなのである。

 それではじめて、そのわずかばかりの人にない能力が善へと働く。神様からも、人々からも好かれて、地上における善行の道がまっとうされるわけである。これこそが宇宙創造の主神、全知全能の神が、天与の霊的資質をもっている人々に対して懇願するメッセージなのである。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 霊能力 超能力

徳積みの違いが運の善し悪しを決める434

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深見東州の「大天運」(2)

 では、早速、本題に入ろう。

 運のいい人と悪い人との違いは、一体どこにあるのか、神霊世界から見た運の善し悪しの原因はどこにあるのかといえば、はっきりいって徳積みの違いにある。前世において徳を積んだ人、あるいは徳を積んだ先祖を持つ人は、今世で運に恵まれ、その逆の場合は、運に見放されるのである。

 では徳とは何か。それについてはのちほど詳しく述べるが、ひと言でいえば、どれだけ人に益することをしたか、である。たとえば、自分の財産を投げ出して貧しい人々を助けるとか、病人を命がけで看病することなどが、それである。

 要するに、そのような善行を実践した人が先祖にいたり、または前世において自ら実践した人は、今世、天運に恵まれるのである。このように書くと、

 「それじゃあ、今からじたばたしたって、もう遅い。前世だか何だか知らないが、善行を実践していない人や、立派な祖先をもっていない人は、何をやっても運なんか巡ってこないじゃないか」

 と思う人がいるかもしれない。だが、諦めるのはまだ早い。今からでも天運はつかめるのだ。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

どうぞ世の中の人々が幸せになるように435

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深見東州の「大天」(3)

 これまで、自分のことばかり考えてきた人。他人の幸せなんか、考える事さえなかった人。こういう人は、今すぐ気持ちを切り換えることだ。少しでも世の中の人々が幸せになるようにと、想念を百八〇度転換することである。そして、できるなら実践に移すことである。そうすれば天が巡ってくるのだ。

 だが、そうはいっても、いきなり、

 「どうぞ、世の中の人々が幸せになるように」

 などというのでは、あまりにも漠然とし過ぎていて、念じることもできないだろうし、ましてや実践することはできないに違いない。そこで、最初はまず、自分の家族、そして親戚、さらには隣近所、地域社会へと広げていったらいいのだ。そのようにして、少しずつ想念を転換し、を実践していけば、必ずやが開けてくるはずである。

 とにかく、現在、がいい悪いにかかわらず、世のため人のためという気持ちで、を実践していったらいいのだ。そうすれば、に恵まれている人はますます恵まれ、運の悪い人も運に恵まれるようになるのである。

 ところが、ひと口に世のため人のためといっても、これがまた難しいのだ。そこで、プロローグでは、この問題について少し考えてみることにしよう。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久

有形の宝と無形の宝465

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深見東州の「大天運」(33)

有形の宝と無形の宝

 今度は、己を磨いて天運をつかみ、自他ともに幸せな人生を歩む方法について、もっと別の角度から、重要ポイントを解明していきたい。その第一歩として、この章のメインテーマである「無形の宝」について述べてみたいと思う。

 さて、私たち人間にはいろいろな宝がある。金銀財宝、地位名誉。田地田畑、株式国債。事も子宝というくらいだから、宝かもしれない。また金のわらじをはいてでも探せというひとつ年上の女房も宝といえよう。

 また、いちいちかぞえあげたらキリがないが、これら、通常私たちが宝と呼ぶものは、現実界の宝、つまり形のある宝である。

 金銀財宝にせよ、あるいは田地田畑にせよ、いずれも有形なものであって、この三次元世界に肉体をもって生きている間は所有できても、死後の世界にまではもっていけるものではない。その意味では、きわめて刹那的ということができる。

 そのへんをとらえて、古来、

 「有形の宝は空しいだけ。有形の宝を追ってはいけない。無形の実相や天国にこそ真実があるのだ」

 と教えてきたのが宗教である。中でも、これを強調しているのが般若心経で、この世の執着心を捨てて、此岸から彼岸へ渡れ、つまり、

 「羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆加」(ぎゃていぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか)

 といっているのは周知のとおりである。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 輪廻転生 前世 守護霊

ますます無形の宝を積む475

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深見東州の「大天運」(43)

 それはともかく、一般的な仏教思想に見られる、因縁だ、業だ、形あるものは消えるんだという、消極的で空しさが漂うムードは、惟神の国日本、現代に生きる人たちにふさわしいとはいえない。

 これではいけない。私たちが本来目指すべきは、「変」ではなく「化する働き」のほうである。つまり、無形の宝を積んでいくと、やがて有形の宝となって現れるという側面に視点を置いて、ますます無形の宝を積むことに努めなければならないのだ。

 形あるものはやがて無に帰する、だから空しいのだという「諸法無我」は、執着心や煩悩にとらわれている人間や祟り霊、地縛霊、浮遊霊などを救霊するとき、あるいは死んだ人間を悟らせるとき、これを説かねばならないが、生きている私たちが「諸法無我」などと聞くと、何事も空しくなってしまい、やる気、勇気が出てこなくなってしまう。だから私たちは、「化する働き」のほうをより中心的に見て、大和魂を発動させるようにしなければならないわけである。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

無形の宝を積めば幸福の根が太くなる479

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深見東州の「大天運」(47)

無形の宝を積めば幸福の根が太くなる

 ところで、先に冬の一二月二三日にはすでに春の訪れの「一陽」が出ていると述べたが、この「一陽」は「一陽来復」といって、非常にめでたいものとされている。なぜなら、これが人生の春の、幸せの始まりだからである。

 それゆえ、「一陽来復」と書いて部屋の角に貼って大切にする風習があるわけだが、この「一陽来復」の法則と同じように、私たちも、兆しが現れるまで無形の宝を積んでいかねばならない。神の道に目指し、人の道に目指し、信仰の道に目指すのであれば、無形の宝を積むことに集中しなければならないのである。これが、孔子のいう「君子は本を務む」の「本」なのだ。

 とにかく、無形の宝を積むことである。無形の宝を積めば積むほど、幸福の根が太くなる。だから絶対に滅びない。

 地位、名誉をどこまでも永らえ、大道や信仰をどこまでも続けていくには、根が太くなければならない。どんなに幹が太くなり、枝が大きくなり、また花が咲き実が生っても、この根が太ければ、どんどん新しい芽が出て、どんどん新しい実が生り、永遠に朽ちることはないのである。この法則は、人生すべてに当てはまるのである。絶えず天運に恵まれる人生とは、実はこういう人生のことなのだ。

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