口と心と行いで因縁を切る108

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「神界からの神通力」を紹介しています。正神界のこと、神界と霊界のこと、守護神と守護霊、生霊、水子、稲荷信仰、蛇の霊、などについて解説しています。

深見東州の「神界からの神通力」(108)

 以上は基本霊界法則である。体施物施法施といっても、霊界法則に照らして行わなければ意味がない。くり返しになるが、「因縁を切ろう、因縁を切ろう」とお経をあげても、切れるものではない。自分の心を娑婆即浄土にしたとき、初めて悪因縁が切れるものである。

 なにごとも愛の心をもって、明るくプラスになるように受け止めていれば、悪因縁もいつしか切れてくる。反対に、何でも暗く、そしてマイナスにとらえ、ものごとにこだわっていれば、その想念と同じような霊が憑き、ますます霊障因縁が深くなる。
 
 このような人はいくら除霊しても、本人がマイナスの想念の霊波を出しているので、すぐまた邪霊・悪霊が憑くようになってしまう。
 
 要するに、自分の想念のチャンネルを霊界のどのあたりに合わせているのか、極楽に合わせているのか地獄に合わせているのか、それによって、運勢が変わるのである。心が明るくあたたかければいい因縁がつくし、暗く冷たければ悪因縁がつくというわけ。
 
 だから、悪因縁を断ち切り、運勢をよくしようと思うならば、想念をマイナスからプラスに変えなければならない。
 
 ところが、この想念転換は一朝一夕にできるものではない。なぜなら、マイナスに引っ張る強い霊が憑依しているからであり、長年の考えたのクセになってしまっているからである。もっとも、本人がマイナスの波調を出しているからマイナスの霊が憑依しているといえなくもないが、蓄積された家伝の霊障を余儀なく(=しかたなく)受けている場合があり、とりあえずこれは除去しなければならない。これが除霊である。
 
 「一度除霊してもらえば、もう何もすることはない」
 
 と考えている人がいるようだが、これはとんでもない間違い。除霊がオールマイティではないのだ。除霊を受けたあと、いかに想念を転換するか、これが最も重要なのである。
 
 只今に 生き貫きて
 神仙の人とたわむる古本の山
 
 余りある因縁雲も晴れにけり
 素直心に今日たちもどり
 
 天地(あめつち)に示す日のみち人問わば
 心に残る慈悲とほほえみ
 
 深見東州
 
 
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tag : 体施 物施 法施 想念 ワールドメイト 深見東州 半田晴久

性格改善が運勢を変える131

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(15)

性格改善が運勢を変える

 霊の与える影響とはさまざまであるが、最も直接的に影響を受けるのは性格である。

 暗い性格、明るい性格、退廃的な性格、前向きな性格と、人は千差万別だが、性格が形成される過程では、霊の存在が大きく働いているのである。

 たとえば何を見ても自分本位にしか考えられず、他人の幸せを願う心など露ほどもない、非常にエゴイスティックな人は、悪霊の影響を全面的に受けているといっていい。こういった人は、その性格ゆえに自らの運勢を閉ざしてしまい、社会的に活躍する場を失ってしまうことになるのである。

 何を見ても聞いても、マイナスの方向にしか受け取れず、夢や希望などまったくない、やたらと暗い人もまた、悪霊の影響を強く受けている人であり、その性格と想念ゆえに、不幸の種を自ら蒔いてしまう。

 これとは反対に、明るく発展的で、世のため人のためにという心をもっている人は、守護霊の影響を強く受けているといえる。そして、その愛念に満ちた明るい性格のゆえに、幸福な人生を歩むことになるのである。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 守護霊 性格

性格が想念の発信源132

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教団体です。

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深見東州の「大除霊」(16)

 もちろん、実際には複雑にして不可思議なる存在である人間が、こんなに単純に割りきれるものではない。エゴイスティックだが明るい人、世のため人のためという心はもっているものの退廃的な人、といった具合に、複雑に絡み合っているのが現実だ。だが、どんなに複雑に錯綜していようと、それぞれの性格の背後には、目に見えざる霊が絶えず存在しているのである。そしてまた、性格がそれに合った想念界を次々とつくり出し、その想念界の色や波長に合った霊を呼び込むのである。

 このことは、性格という文字を見ても、わかることである。性を分解すればりっしんべんと生になる。りっしんべんとは心ということであるから、すなわち「生まれながらの心」が「性」なのである。また「格」は「いたる」と読む。つまり、「生まれながらの心が格(いた)ったもの」が「性格」なのである。

 したがって、生まれながらの心がどのような変遷をたどったかによって、その人の性格が決まるわけだ。

 そしてまた、その性格が、常時念波を発信する想念の発信源にもなるのだ。

ところで、性格を決定づけるものは環境だけではない。親の躾と本人の資質、そして、与えられた環境のむ中で何を考え、何を思い、何を心に焼きつけたのかによって性格は決まる。

 そして、この焼きつけるという行為の間に、先祖霊や土地の霊や守護霊などの抱く念と霊気も同時に焼きつけられるのである。そういった意味からすれば、よき性格を形成するためには、よき社会的環境とよき霊的環境とが必要であるといえよう。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 守護霊 性格

修業とは何をすればいいのか133

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深見東州の「大除霊」(17)

 では、いったん悪しき性格を身につけてしまった人は、いったいどうすればよいのであろうか。
「生まれながらの心が今日まで格(いた)った結果」が今の性格であるから、新しくよき心を抱き善行を積み重ねていけば、やがては善なる性格が新たに形成されるのである。

 この過程を修業と呼ぶのである。つまり、性格の中にある悪業を修めて、善なる業を創造していくことなのである。まずは、心がけからはじまって、日々の心得となり、刻々の念まで管理できるようになれば、性格は一変する。守護霊の力も絶大となるだろう。なぜなら、そういう努力を守護霊は最も喜ばれるからだ。

 ところで、守護霊のバック・アップを強く受けている人とは、物事にこだわりが少なくて明るく元気、そして積極的な人だ。彼らは一層多くの善霊を呼び込んで、ますます幸せになっていく。反対に、悪霊の影響を強く受けている人とは、物事に固執する暗くて消極的な人である。そのような人は、どんどんと悪霊を引き込み、ついに不幸の坂をころがり落ちることとなる。

 もしあなたが後者なら、一刻も早く、自らの性格改造を真剣にはじめるべきだろう。

 しかし、そうはいっても「性格を変えられるものならば変えてみたい。何度そう思ったかしれないが、その都度だめであった。そういう、性格の一箇所すらも変えられない性格に、われながら情けない思いをしている」という人も多いだろう。

 それには、やはり、ひとつのきっかけというものが必要となる。

 性格を変えざるを得ない環境や、変えねばならない責任感というものが、そのきっかけとなるのが普通であるが、これから紹介する除霊、あるいは悪霊からの救済が、性格にまとわりついている黒雲を払いのけ、性格改造をやりやすくする大きなきっかけとなり得るものなのである。実はこれが運勢全般をよくする最短の道ともなるものなのだ。

 霊界や除霊の基本となることがらに関しては、私の二百余冊の著書のうち、最初に刊行した『神界からの神通力』(たちばな出版)に詳しいが、本書では、もう少し角度を変えて掘り下げてみたい。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 守護霊 性格

集中すれば悩みは消える187

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深見東州の「大除霊」(71)

 なぜ悪霊にとりつかれるのか。その原因がわかれば、防御策も立てやすい。前章では、これをくどいほどに申し述べてきたつもりだ。しかし、頭でわかるのと、深く確実に実感するのとは違う。それで、この章ではもっと綿密に、幅広く、面白くこれを展開していきたいと思う。

 ところで悪霊は、「心ここにあらず」といった状態を好む場合が多い。それならば、心の中を常に満たすようにすればいいのである。

 たとえば、日常生活の中で、何でもいいから絶えず目標を持ち続けるのが、最も効果的な手段のひとつであるといえるだろう。

 その日一日、一週間、一ヵ月、さらには一年、一生、自分自身がどう生きるのか、あるいは、どのように仕事を処理するかという目標を設定し、到達するために努力をすれば、悪霊はとりつく隙を見出すことができず、退散してしまうはずである。前章で述べたとおりである。

 「小人閑居して不善をなす」という言葉がある。暇をもてあますとロクなことはない。また、暇の中に身を置いても、善をなすことができない人間は、大した者ではないという意味だが、これを霊的に見れば、善からぬことを行うのは、心の隙間に悪霊が入り込むからなのである。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 悪霊 目標

我の強さがチャンスを逃す758

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深見東州の「大創運」(174)

我の強さがチャンスを逃す

 現在の企業戦略は、いわば総力戦である。

 昔の戦では「ヤアヤア、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にもみよ」といったスターが活躍する時代であったが、今は個人プレーは通用しない。かつて企業の花形であったモーレツ社員が影をひそめたのも、組織力による企業戦略が優先されていることと、無関係ではない。

 このような状況の中で、みずからを生かすにはどうすればいいか。

 組織の利益、幸福のためを第一に考えることである。一人ひとり、それぞれにやりたい仕事がある。「この仕事は、ぼくに任せてほしい」という自負心もある。しかし、一方、自分以上にその仕事に向いている人間がいるかも知れない。組織を優先するならば、最大の効果をあげるために、みずからの我と欲を絶ち切らなければならないのである。「やる気」が問題にされるが、やる気とは、「オレがオレが」と猪突猛進することではない。完成した暁を夢に見、それに至るプロセスに充実感をもつことである。

 だから、たえず周囲とのバランスを考えながら行動することだ。わがまま、ゴリ押しは組織の害であり。ひいてはみずからを危うくするものなのである。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

心の持ち方、考え方をプラス側に転化していく875

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このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大金運」を紹介しています。徳分について、努力のしかた、金の動かし方、金運と前世、金運のゲットのしかたなどについて解説しています。

深見東州の「大金運」(90)

 客観的には失敗した事柄でも、当の本人は、それを「成功のための糧」と信じ込むことが、金運を呼び込むコツである。要は、心の持ち方、考え方をいかにプラス側に転化していくか、これが最大のポイントなのであるが、日頃、神仏を尊び、手を合わせていると、発想がプラスに変化しやすいのである。

 神に願いをかけ、自分もそのごとくに成れると信じ、そして日々の生活を送っている。こういう人は、すでに想念の世界で金運パワーを呼び込み、神も実際に守護しておられるのである。したがって、先に紹介した三つの金運の神へ願いを発する場合は、固く信じることが大切なのである。面白半分、遊び半分の心で神仏に手を合わせることは、金運の願いにかかわらず、すべてにおいてタブーである。たとえ、そういう不真面目な心で祈ったからといって、天罰を下すほど神様は度量の狭いお方ではないが、不真面目な祈りは悪霊が耳をそばだてて聞いており、悪霊界が作用してしまうことも多いので、結果的に不幸に陥ることになろう。

 金運三神のパワーをフルに活かすためには、確信し、毎日祈り、日頃からプラスの発想をして、実践する-ということである。こうすれば自己の魂の力が倍増し、しかも金運三神のパワーも一〇倍は大きくなるだろう。それには、習慣化してしまうのが一番いいといえる。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

相手を変えようと思ってはならない1249

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このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「絶対運」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「絶対運」(173)

夫婦であれ、恋人であれ、相手を変えようと思ってはならない。変えるべきは自分である。己の態度・ことばを変えさえすればそれに応じてしだいに相手も変化してくる。

 その上で、本人にわからぬよう、相手の守護霊様にこう祈るのである。

「妻に対して、私のこういうところがまずかったと反省し、改めます。どうぞ、妻の守護霊様、妻のイライラ、ヒステリーがおさまり、円満な家庭が築けますよう、ご守護のほど、よろしくお願いします」

 こういったことを、自分の状況に合わせて口に出し、誠意を込めて祈ると、しだいに夫婦の関係もよくなってくる。


上司とも運のよくなるつきあい!!

 職場での人間関係がうまくいくだけで、「ツイてる」、と思うだろうし、うまくいかなければ、

「どうして俺はこうなんだ。すぐ衝突するし、そうでなければなんだかんだと誤解され、実力を認めてもらえない。考えてみたら、ぜんぜん実力のないY君なんかがどうしてあんなに調子よくいくんだ。どうみたって力はオレのほうが上なのに。ツイてねえな」

 なぜこうなるのかと、ただ不運のみを嘆いてしまう。

(つづく)

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神社で奇跡の開運1344

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深見東州の「宇宙からの強運」(70)

 だから、気分が沈んだ時は、旅行を兼ねて、ちょっと遠くの神社まで足を伸ばしてみることだ。弱った気を全部吐き出して、最上の気を思う存分いただけば、確実に気分が変わるだろう。それぞれの神社の効用については私の著書『神社で奇跡の開運』(たちばな出版刊)に詳しいので、是非ためしていただきたい。

 それから、気のいい人と会うのもよいことだ。元気のいい友達から明るい話を聞けば、気分も盛り上がる。相手にしてみれば、気を吸い取られることになるのかも知れないが、その分、徳を積んだということにもなるので、遠慮は無用だ。

 後はいい音楽を聴くとか、いい絵を鑑賞するというのも、よい気を受けることになる。何がよい気かというと、それに接して気持ちがよくなれば、よい気だと思えば間違いない。よい気を受ければリフレッシュする。これは大切な知恵である。


オシャレをして外に出よう!

 女性だったら、思いっきりオシャレをして普段あまり行かないような所へ出掛けてみるのもよい。お化粧もいつもとは少し変えてみると気分も変わる。たまには別人のように変身してみるのも面白い。これは女性だけの特権といえるだろう。

(つづく)

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久

悟りとは考え方の工夫1363

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深見東州の「宇宙からの強運」(89)

悟りとは考え方の工夫である

「悟り」とは、りっしんべんに「吾」(われ)と書く。りっしんべんは「立心偏」と書き、心のことを表す。だから、「悟り」とはつまり、我が心という意味だ。我が心、つまり自分の心のあり様が悟りなのであって、真実かどうかではない。正しい考え方かどうかなんてどうでもいい。

 こう考えたほうがハッピーだ。こう考えたほうが前向きだ、こう考えたほうが面白い、という考え方の工夫、それが「悟り」なのである。

 こう考えたほうがストレスがない、こう考えたほうが長生きできる、こう考えれば気が楽だ、とちょっとでもベターだと思ったら、その考え方を確信すればいい。

 自分の考えは絶対だ、そう簡単に変えられないと普通は思っているが、そんなことはない。それは思い込みである。考え方なんていくらでもあるし、自分でいくらでも変えていくことができる。考え方なんて、自分でクリエイトしていったらいいのだ。

「私はこうだと思うんだけど」というのは、その「思い」にやられている。その「思い」があきらかにマイナスなものでも、「自分の思いなのだから大切にしなければ」と思うのか、その情感に浸っていたりする。しかし、自分の思いなんてどうでもいいのだ。なぜなら思いなんて、絶えず変わるものだから。

(つづく)

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