惟神の道とは124

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教団体です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(8)

 これを仕事をもった普通の人が実行するとどうなるか。まず、営業マンは全部会社をクビにされるだろう。銀行マンはすべて融資係をクビにされ、受付け窓口に行かざるを得ない。税務署員は、すべての脱税を摘発できなくなり、税の徴収率は極端に落ちて、国家予算の歳入は大幅にダウン。国家財政の危機を迎えることはいうまでもない。若者は、世の中全てが汚濁に染まり、世界中の人は全員悪人であると実感するに違いない。だから、学生は社会に出ることを極端に恐れ、社会に出て悪に染まることを忌避するあまり、留年を続けることとなる。

 また、「八正道」ができていて、世の中で出世をしたり、人から尊敬される立派な活動をしている人はただのひとりもいない。資産家の子供以外は、財運を手にすることはむろん皆無である。若者は、やがてそのことに気がついて、現代で「八正道」を貫くためには、社会で出世をしたり、複雑に揺れ動く人々の心をとらえて大活躍することなどは、不可能なことであることを痛感するのである。むろん、自由主義陣営における積極的な経済活動などは、すべて諦めざるを得ない。商社マンは当然出世できないから会社をやめて、比較的「八正道」が妨げられない喫茶店の経営か、税務署以外の地方公務員の道しか選べなくなる。これが、「八正道」をまじめにめざし、心掛けてきた若者たちとの数多くの出会いによって、私が知り得た事実なのである。

 「八正道」は、一部を除き、日本の若者をだめにする。これが私の結論である。「大和魂」をふるい立たせ、少々の悪など意に介せず、大善をめざして己を磨き、社会に立ち向かっていくという勇気が失せてしまうからだ。もし自分が小悪に染まってしまったとしたら、「みそぎ祓い」をして、ますます大善を行うべく勇気と根性を輝かせよ、というのが「惟神の道」の教えである。「八正道」とは大きく異なっていることがおわかりになるだろう。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 営業マン 税務署 八正道

惟神の道が日本文化の根幹にある125

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(9)

 二千年以上も続く、日本という文化の土壌には、明るく積極的で、常に発展を旨とする「惟神の道」が中心に脈々と息づいているのである。だからこそ、仏教でも、大乗仏教系の積極的な法華思想や阿弥陀仏信仰などが、今なお盛んなのである。そして、自由闊達・融通無碍の禅宗が、日本文化に根強く受け入れられていている理由もそこにある。

 釈尊が成道するまでのプロセスを大切にする、小乗仏教系の教えが、日本文化としてあまり根ざさないのも、神道が根幹にあるためだ。小乗仏教系の最たる「八正道」は、そのまま工夫なく受け入れてしまうと、日本人の心と霊と魂とをせせこましく、歪(いびつ)にしてしまう。特に、出家者でない人が、若いころにこれをまじめに実践したら、必ず現実の社会では何の役にも立たない。悪に真正面からたち向かえないふ抜け青年となることだけは断言できる。

 だが、私も、良き念を維持するために儒教でいう「四勿主義」(よんこつしゅぎ)をすすめている。「非礼見る勿れ(なかれ)、聴く勿れ、言う勿れ、動く勿れ」というものだ。「八正道」の半分の律である「四勿」であるが、顔回はこれで亜聖といわれるまでになった。それほど、言うは易く行うは難しのことなのである。これとても、過度にとらわれて実践すると、社会常識を大幅に逸脱するほどの消極的な「潔癖性」に襲われる。著書で必ずただし書きをしている所以である。だから、もっと明るく、積極的で、発展的であるように、という願いを込めて、「自分自身をすばらしい環境に置く努力を惜しまないこと。すばらしい念を誘う人や物を選んで、できるだけ自分の五感を善なる方へ向かわせる努力をしよう」というふうに、明るさ、積極さ、発展性を尊重した態度をすすめたのだ。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 大乗仏教 小乗仏教 四勿主義

過ちは垢や汚れのようなもの488

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教団体です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大天運」を紹介しています。徳を積むことの意味、輪廻転生、前世の秘密、守護霊などについて解説しています。

深見東州の「大天運」(56)

 以上が、「宣り直し」の起源といっているのだが、この話でも明らかなように、日本の神道では、過ちは垢や汚れのようなものと考えるわけである。天地の法則を間違えたものが「積み」重なると「罪」となり、「気が枯れる」から「穢れる」のだというのが、神道の解釈である。だから反対に、神気が充実すると、気枯れ=穢れがなくなるわけだ。

 それゆえ、たとえ穢れても、「宣り直し」をして神気を充実させれば、元に戻るというのである。

 このへんが、キリスト教の永遠の贖罪観との決定的な相違である。そのよし悪しは別として、日本神道では、穢れや失敗は、みそぎをして償えば元に戻せると考えられているのだ。だから、一つの失敗を、永遠に罪だ罪だと悩む必要はない。神様の大いなる御心、絶対の善の基準から見て「見直し」てください、「聞き直し」てください、身の過ちがあれば、品陀和気命が「生き返りました」といったように、「宣り直し」ますから勘弁してください、と真心をもってお詫びをすれば、許していただけるのである。もちろん、失敗した分の挽回は、自分の努力によって為さねばならない。しかし神様は、そのときの挽回努力に対して応援し、神助を与えてくださるのだ。これが神様の愛であり救いなのである。

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