学問と教養と正しい信仰力136

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教団体です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(20)

 さらに、学問と教養と正しい信仰力を得るにはどうするか。それはまず教育である。
「悪いものの考え方をしてはいけない」「暗い心をもってはいけない」「絶えず挑戦して、明るく前向きで、常に積極的に生きなさい」「人にやさしくしなさい」などと、子供のころから、このような躾と教育を受けた者は、悪い霊の影響を受けることも少なく、たとえ受けたとしても自力で除霊することができるのである。

 小さい時から素直に育てられ、明るく積極的で、発展的な性格の持ち主は、すでにして悪い霊を受けないような存在となっている。いわば自然除霊がなされているので、改めて努力せずとも、善い霊を呼び込むことができるのである。しかし、すでにそういう教育が十分でなかった人たちは、どうすればいいのだろうか。人の何倍も克服する努力をして、頑張りとおせばいいのである。その努力した分だけ、乗り越えた分だけもともとある人に比べて、人を導き教育できる立場の人となれる実力が備わるのであるから。

 さて、前者のような状態に子供を育てられるかどうかは、ひとえに親の教育にかかっているといってもよい。明るく素直で発展的な人格になるべく教育することが、幸福の人となるには最も重要なのである。親の責任でもあるのだが、その中でも「素直さ」という要素が特に大切なので、ここに詳しく述べておきたい。

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西宮戎のように聞こえないフリをして927

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このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大金運」を紹介しています。徳分について、努力のしかた、金の動かし方、金運と前世、金運のゲットのしかたなどについて解説しています。

深見東州の「大金運」(142)

 彼は営業マンとしては中堅クラスであったが、どうしてもあと一歩、飛躍できずに悩んでいた。そこで、この恵比須流をそっと伝授したところ、彼は、それまで、小口の商店や小企業ばかりまわっていたのを超大手の企業に狙いをつけ、そこを徹底的に攻撃したのである。相手は超大手の企業。すぐに他のOA機器メーカーが入り込んでいるため、新規の彼など、最初はどの課も相手にしなかった。

「あんたのところは、いらないよ。もう間に合っているから」

 と、耳に痛いことも随分聞いた。が、西宮戎のように「ハアー」とか「なんですか?」と聞こえないフリをしていた。そして、何日も何日も通いつめたある日、

「君は熱心だね。その熱意を買った。今度、新しいOA機器を導入しようと思っているので、君のところの商品を試しにうちの課に入れてくれ」

 と相手の課長にいわれたのである。そして、ついにこれを突破口として、その超大手の企業のすべての課に彼の社のOA機器を導入させることに成功したのである。実にアッパレというしかない。しかも、大手企業に食い込むと波及効果も大きい。

(つづく)

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法然と親鸞は反抗した992

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深見東州の「それからどうした」(36)

 しかし、巷で苦しんでいる一般の人々を救済することを目的とする仏教が妻も持たず、家庭生活の体験が無い人々ばかりを育てていたのでは、本当の庶民の苦しみなど理解することができず、真の救済にならない、と法然と親鸞は反抗したのである。

 親鸞は現在でも、知識人や文化人と呼ばれる人たちに圧倒的に人気のある仏教者であり、思想家でもある。その、

「善人なおもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」

 の言葉は、歴史的な名セリフとなっている。

 二度結婚し、子供を作り、肉を食べ酒を飲み、そして生涯仏の弟子として組織もお寺も持とうとせず、庶民の生活の中で一生を終えた親鸞は、様々な形で迫害を受けたが、自らの戒律である庶民と共に生きよ、という言葉を実際に生ききったのは間違いない。

 組織を持ち、お寺を構えると、それを維持するためのお金が必要となり、やがて権力と化してしまうことを親鸞は知っていたからこそ、先に述べたような生き様を貫いたのである。

(つづく)

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学問と芸術、そして信仰力の三つ1000

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深見東州の「それからどうした」(44)

 しかし、この再生転生を経ても変わらず受け継がれるものがある。それは、真実の意味での学問と芸術、そして信仰力の三つの要素だ。この場合の信仰力とは、神仏を尊ぶ心のことだけではなく、物事をやり抜く精神力のことを指す。

 生まれながらにして芸術的感覚の鋭い子がいる。絵を描かせても非常にセンスがよい。ピアノを弾いてものみこみが早い。これは天賦の才として受け継がれたものだ。

 生まれながらにして仏心の篤い人、慈悲の深い人もいる。あるいは生まれつき頭のよい子も、同じことだ。

 ある生涯で権力者だったら、次は本当に庶民として、身分も地位も名誉もない人間に生まれ変わって、虐げられた人達の気持ちを理解させられることもある。

 反対に、豊臣秀吉や田中角栄のように、身分も地位も名誉もお金もない生まれであるが、苦労と努力を積み重ね遂に成功した人は、次には名誉や地位のある人や芸術家として生まれてきたりする。このように人は、三十三相に化身できる観音様のような、万能の人となるべく、様々な人生を経験する。

(つづく)

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現世利益を求める信仰はニセモノ(その2)1005

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深見東州の「それからどうした」(49)

 いくら勉強しても、いくら学問を積んでも、あるいは日蓮宗や天台宗、真言宗やキリスト教であっても、見返りがなくてもやれるという精神で、努力をしているのかどうかが、その人の信仰や学問が本物であるのか、ニセモノであるのかを峻別する不変の尺度なのである。

 たとえ宗教者であっても、その生き様が、見返りを求めるような、現世利益だけに汲々としているようであれば、本当の信仰をしているとはとても言えない。それよりは、死ぬまで自分の修業だ、自己との闘いだと思って生き続ける芸術家の人生のほうが、はるかに正しい信仰に近いのである。

 形ばかりの信仰、自分の欲望を満たすことを目的とした信仰、利益のための信仰、こうした信仰は、孔子が指摘しているような、今の学者の学問と同じものだ。真実の信仰、それは形や利益のためではなく、自分の魂を磨くためのもの、修業のためのものなのである。

 親鸞の、自分は仏の弟子だからと、生涯弟子を持たず、皆同じ弟子の仲間として修業し、ひたすら仏にすがる仏の弟子として平等なのだ、と言い続けて貫いた生涯の中にこそ、本物の信仰の姿があるのである。

(つづく)

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見えない世界と交流する1297

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深見東州の「宇宙からの強運」(23)

 これが、いわば秘伝であり、ポイントである。「神様に押し着せる」などと言うと、中には「なんと畏れ多いことを……!」と眉をひそめる方もおられるかもしれない。たとえばキリスト教とか、一神教系の信仰をされている方は、特にそうかもしれない。しかし、日本の神様は大変おおらかで、この世の私たちが話しかければ、耳を傾けて下さる優しい存在なのだ。

 飛行機が降りるまでお祈りが続かないようだったら、あの神様、この神様と次々に違う神様に同じことを祈ってもいい。そのうち二時間ぐらいたってしまうから、気が付くと飛行機は着陸している。するといつの間にかストレスも消えているのだ。

 私はこうしたことを、自分の弟子には十数年言い続けている。神様の道を目指して、神様の道を歩もうという人間が、悩み事や心配事を人に相談するようだったら、一体いつ、目には見えない、玄々微妙な神霊世界と交流するというのだろうか。

 見える世界は誰でも見ているのだが、見えない世界と交流するというのは、例えばレントゲン技師のようなものだ。

「息を吸って、はい止めて」

 と。

 これでレントゲンの技師には、目に見えないX線が通るということが、ちゃんと分かるのだ。目には見えないけれども判断できるわけだ。

(つづく)

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信仰というのは人と神との大恋愛1300

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深見東州の「宇宙からの強運」(26)

 家庭環境でいうなら、新婚ホヤホヤの熱々カップルや年季の入った円満夫婦よりも、夫や妻との相剋があって家にいてもどこかで孤独を感じている人、あるいは、子供に問題が多く(本当は親のほうがもっと問題なのかも知れないが)、いつも心を悩ませている方。そういう人のほうが自然と神様に心が向いていくようだ。

 しかし、挫折や問題があれば必ず神様に心が向かうのかというと、そうばかりとは限らない。例えば異性に対する恋愛のほうへいく場合もある。

 受験に失敗して浪人生活をしている時とか、会社が潰れて失業してしまった時、あるいは誰かに裏切られたり、失恋して孤独になった時というのは、誰でも心が寂しくなる。そして、本当に自分のことを理解して、励ましてくれる人を求めるものだ。その孤独から救ってくれるのが恋というものである。そんな時に出会った異性というのは、本当に神様のように思えるものだ。恋する心が深まれば、それはほとんど信仰ともいうべき状態になる。神様のほうへ心が向かわない人は、恋愛で信仰の擬似体験をするわけだ。

 というのは、真の信仰というのは、人と神との大恋愛に他ならないからだ。

 人が神様を思い、恋し、慕う。神様は人を慈しみ、愛して下さる。これが人と神との大恋愛だ。「神様、神様」といつも思って語りかけるほど、意識の中で神様と人との距離がグンと近くなるから、願いもきいていただきやすくなるし、功徳も大いに授かりやすくなるのだ。神様は決して裏切らないから、この恋愛に終わりはない。

(つづく)

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人と人との恋愛には終わりが来る1301

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深見東州の「宇宙からの強運」(27)

 しかし、人と人との恋愛の場合には、そこまで燃え上がった恋心もやがて冷める時が来る。特に今の若い人は、熱しやすく冷めやすいようだ。

 江戸時代に山本常朝という鍋島藩の侍が書いた『葉隠』の中に、「武士道とは死ぬことと見つけたり、恋とは忍ぶことと見つけたり」というくだりがある。武士というのはいかに立派に死ぬかということが価値であり、恋愛においては、どれだけ忍ぶのかということで試されるということである。

 「忍ぶ」ということは、孤独の中にいるということだ。孤独の中にいるからこそ、恋心はますます強くなっていくのである。

 みんなに理解されて、祝福されて結婚して、子供も出来て姑さんとも仲良く、幸せな家庭が築けたら、すぐに恋心はヒューと冷めていってしまうという場合もある。今の人が結ばれやすく別れやすいというのは、忍ぶという発想がないからだ。恋しいという孤独の中に身を置くことをしようとしないから、パッと燃えて、スーッと心が冷えていってしまうのだ。

 もちろん、そこから発展して互いが慈しみ合うような深い関係になっていけばよいのだが、どんなに神様のように思えても相手も生身の人間なのだから、忍ぶことのない求めるだけの関係では持続しないことが多いのだ。

 そして、それも駄目になってしまった時、前よりもさらに絶対的な孤独の中に置かれることになる。

(つづく)

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神様に熱烈に恋をする1302

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深見東州の「宇宙からの強運」(28)

「もう女なんて信用できない。友達も信用できない。先輩も信用できない。親だって結局自分のことしか考えてないじゃないか。誰も僕のことを思ってくれる人はいないんだ。誰も僕のために何かしてくれる人はいないんだ」

 そこまで追いつめられた時、はじめて孤独の暗闇を乗り越えて神への慕情が生まれてくる。目に見えない常なるものを希求するというのは、無常なるものを感じる時、現実の中で孤立した時に、自分を見つめてくれる存在を求めて、人はおのずから祈るようになるのである。


神様に熱烈に恋をする

 だから、神様に愛されたいのだったら、時にはあえて自分を孤独の中に叩き込むということも必要なのである。その孤独の中で、はじめて自分が熱烈に神様を求め、神様に恋をするような気持ちが生まれてくるのだ。

 例えば、砂漠の中を無線機一台を持って旅をするということを想定していただきたい。

 一定の食糧と水は持っているとしよう。地図はあるけれど、磁石は壊れてしまった。頼りは無線機だけで、呼び掛ければ一応こたえてくれる。

(つづく)

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いつの間にか街影は消えて1303

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深見東州の「宇宙からの強運」(29)

「もしもし」

「ハイ、ナンデスカ?」

 なんて、恐ろしく無機的な合成音のような声で、とりあえず、生命の危機の時は、助けてもらえることは保証されているとしよう。

 そして、砂漠の中をトボトボ、トボトボ歩いて行く。来る日も来る日も、誰と出会うこともなく、ただ太陽に照らされながら、歩いて行くのだ。

 歩いても歩いても砂また砂。遥か彼方に見える街を目指して、歩いて歩いて歩き続けたのだが、いつまでたっても辿り着かない。

 そしていつの間にか街影は消えてしまった。蜃気楼だったのだ。

「アレ、どうしよう!」

ということになって、

「もしもし、もしもし」

と、無線機に呼びかけるのだが、

「---------」

「もしもし、もしもし」

「---------」

「もしもし、もしもし」

「---------」

 とうとう、最後の頼みの無線機まで故障してしまったようだ。

(つづく)

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