答えは守護霊が与えてくれるもの189

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(73)

 人間は誰しも、悩みごとや葛藤があるから仕事ができないと思っている。しかし、そうではない。この世の中で、悩みごとや葛藤がない人間などいないのだ。だが、皆、それぞれ前向きに処理して、具体的に解決していくしか方法がないので、普通は意欲的に立ち向かっているはずである。その悩みごとや葛藤こそが、人間を進歩させる糧となっているものである。ところが、仕事が暇な人は、悩んだり葛藤することで、自分を見失ってしまうのだ。いろいろ考える暇があるからこそ、悩みごとや心配ごとが余計起きてくるし、また、わざわざ問題を自分でつくり出してしまったりするのである。

 たとえば、不眠症であると訴える人がいる。「寝ようと思って布団に入っても目がさえちゃって」と嘆くが、病的に明らかな原因がある場合をのぞけば、眠りたくなるほどに疲れていないだけのことなのだ。子どものころをふり返ってみれば、ハタと気づくと思うが、遊び疲れて、食事中に寝てしまうことが多々あったはずである。何かのことに三日ぐらい徹夜で仕事をすれば、四日目には、死んだようになって寝ているはずである。ともあれ、この世に生ある間は、ひとつめのことに熱中し、忙しくして動き回るべきなのだ。そうすれば、解決策はことを進めているとき、歩いているとき、パッパッパッと出てくるはずである。そうすれば休養をとっても、真に楽しいひとときが過ごせるはずだ。

 一般の職業人ではない主婦の場合は、掃除、洗濯、何でもいいから全力を傾注する。心と体をひとつのことに集中していけば、守護霊が次から次へと回答を出してくれるようになっているのである。これが問題解決の秘策というべきものだ。

 その結果、悩みや葛藤は自然に消えていくはずだ。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 守護霊

ただ今に全力を尽くすことの大切さ190

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(74)

 また、こういった努力を心がける人物は、自分で回答を見出し、自分で切り開いていく方法を知らず知らずのうちに身につけていくので、ますます守護霊の援助を受け、葛藤がなくなる。仮に不安や葛藤があったとしても、逆にそれをバネとして乗り越えていくことができるのである。

 ある人が希望という字を「喜忙」と置き換えたが、現在、ただ今に全力を尽くしてさえいれば、おのずから今為すべき最善の道が明確になるのであって、これがいい霊を呼び、いい運を切り開いていく方法なのである。簡単で、あたり前のことだが、体得して実行するのはなかなか容易なことではない。

楠木正成が教える大悟の道

 今、このとき、つまり「ただ今」をできるかぎり前向きの姿勢で生きようとすれば、つまらぬことにあれこれ悩む暇などなくなる。悩みがなくなれば迷いの雲、不安の雲は、ものの見事にかき消されてしまうものなのだ。このことに関する歴史上の実話エピソードについて述べてみよう。

 南北朝時代の英雄、楠木正成公が湊川の戦に趣く際の話である。

 『神界からの神通力』でも書いたが、彼はすぐれた霊能力のもち主だったといわれる。足利尊氏が大挙して都に押し寄せてくる。そこで、後醍醐天皇以下、南朝の幕僚たちが群議を開くこととなった。そこで彼は、足利尊氏の軍勢をいったん都に呼び込んで、安心して敵の将兵が油断したところを一気呵成に攻撃したほうがよい旨、申し出た。

 「帝はいったん比叡山にお隠れあそばして下さい。われらは淀川の方から登っていき、敵軍の指揮がゆるみきって油断しているところをたたきます。そうすれば、必ずや勝てることでしょう」

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心に着ている裃を脱いでバカになりきる838

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大金運」を紹介しています。徳分について、努力のしかた、金の動かし方、金運と前世、金運のゲットのしかたなどについて解説しています。

深見東州の「大金運」(53)

 確かに、大手企業の社長や会長、あるいは創業者といわれる人々には、頭のてっぺんから足の先までスキのない、完璧な人物はいない。はっきり、誰でもがわかるような、ズッコケる部分が必ずあるものである。つまり、愛嬌であり、人間的な魅力であるともいえる。その人物とつき合っていても、堅苦しくなく、実に楽しい。そんな雰囲気をもっているものだ。

 雰囲気に酔う、という言葉があるが、酒が嫌いなら雰囲気に酔えばいいのである。そのためには、心に着ている裃を脱いで、バカになりきることだ。悪人といることを楽しむ善人になることだ。そうすれば宴席も楽しくなる。

 この心得は、嫌いな人、ニガ手な相手とつき合う場合にも有効である。潔癖すぎる人間というのは、往々にして他人を排撃したり、自分の殻に閉じこもったりしがちだ。これでは、出世はおぼつかない。本当に人を導くことも、大愛で人を活かすこともできない。ましてや、救済することなどできようはずもない。

 出世をし、巨大な金運をつかもうと思うなら、嫌な相手とも上手につき合わなければならないのである。実力のある人ほど、性格にクセがあるからだ。相手側が性格を変えてくれるのなら話は別だが、こちら側が相手に合わせていくことがほとんどだ。また、そういう体験を通して、こちらの人格が円満になっていくわけである。すべてを修業だと思えば、嫌な相手の顔も、仏様とまではいかなくても、口うるさい父親ぐらいには見えてくるものだ。そして、不思議なもので、こちら側が自分の殻を破って、打ち解けた態度で接すれば、相手も、また違う別な一面を見せてくれたりする。このあたりが、人情の機微というべきものだろう。実は、これこそが前述した和魂の修業といえるものなのである。そして、実力のある相手から、「あいつは、つき合いやすい人間だ」と思われれば、かなり金運に近い。さらに「あいつには、見どころがある」となれば、金運と出世はほぼ手中にあるといってもよい。そうなるためには、自分の世界のみに浸りきっていてはだめだ。自分の弱点を時にはさらけ出すぐらいの度量の大きさと心のふっ切りがほしいものである。

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この一瞬にしなければならぬことに没入せよ1128

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このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「絶対運」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「絶対運」(52)

 まだ来ぬ未来や、どうにもならぬ過去に心をわずらわせることの無意味さを知り、即今、ただ今……。今、この一瞬にしなければならぬことに没入せよということだ。この言葉は、もう聞きあきたという人もいるだろうが、あえてくりかえす。それほどに重要なことであるからだ。とはいえ、同じ言葉をくりかえすのも芸がないので別の表現をすると、「覿面の今」ともいう。効果テキメンとかの、てきめんである。天罰テキメンのそれでもある。

 今、すなわち目前の今に精いっぱい生きる以外に、自分を生かす道はない。そしてまた、そのことが強運をつかむポイントでもある。

 その悩み、不安、心配はしばらくそのままに置いておき、まず、あなたの身近でやるべきことをやってみることだ。

 やることがないとは言わせない。

 先に述べたように、自分の部屋なり机の上なりを、整理・整頓・清掃・清潔にしてみたらいかがか。

 また、尊敬する運の強い人に電話でもかけるか、会ってお茶でも飲んだらどうか。この理由は、冒頭にふれた公害人間のことを思い出していただければよい。運の強いその人には申し訳ないが、公害人間とは逆のはたらきをあなたにもたらしてくれるだろう。このように、自分なりにすぐ実行できることや、やらねばならぬことは、必ずみつかるはずである。あなたの自力は確実に伸びていく。

(つづく)

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一つのことに集中し没入して無の状態を創っていく1399

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深見東州の「吾輩は霊である」(2)

この世とあの世 吾輩は「霊」である

第1章 吾輩の悪霊追い払い秘伝

一つの事に夢中になって、我を忘れる「無心」がよい

 一つの事に集中し、それによって無になる方法として、真言密教では阿字観、天台宗では止観というものがある。また、経文の要諦を示す一部を唱えて没入するというのが、南無阿弥陀仏の親鸞上人らのやり方であり、南無妙法蓮華経をひたすら唱える日蓮上人の没入法であった。これらは、一つのことに集中し没入し、その間は他の事柄はまったく忘れてしまうのみならず、目前の集中している物事まで忘れる程(つまり我を忘れるという状態まで)必死になることによって、無の状態を創っていこうというものである。

 これに対して、中途半端に頭を使って禅をやる人は、無とは何だろうということを考えている。無、無、無、無はどうなんだろうか、何も考えなければいいんだろうか……。そして、物事に集中して無となるのではなく、無になろう無になろうとばかり連想する。だから、脳の中は本当に静止した無になっているのである。

 ところが、しんな脳(意識)をストップした無の心境に入ると、いいもの(善霊)も来るが、悪いもの(悪霊)も来る。このことを正しく知らない人が、やたらに瞑想したり、座って無念無想するというのは、大変危険なことなのである。

 守護霊とか守護神様に近い霊格を持った、かなり修業を積んだ人ならば、一時、無の境地に入るのも良いだろう。霊層が高いので高級神霊の守りも厚く、悪霊も恐がって寄ってこられないからだ。ところが、面白半分や興味本位で瞑想などをする場合には、ほとんど九分九厘まで悪いものが入ってくるのだ。都会や人ごみの中など、場所も選ばずに行えばなおのことである。

(つづく)

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