楠木正成が教える大悟の道3192

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(76)

 そこで、湊川の戦いに行く道すがら、当時、その地方で名を馳せていた禅僧、明極楚俊のところに立ち寄った。そして問う。

 「そもさんか、生死の境」

 このとき、明極楚俊は何と答えたか、

 「両頭截断せば、一剣天によりて寒じ」

 といったのである。両頭-生きるか死ぬか、生か死かと迷っている二つの頭をバシーッと一刀のもとに截断してみよ。その気概をもって振り降ろした覚醒の剣は、「天によりてすさまじい」。つまり、ただ天命のまにまに死なら死があるだけ、生なら生があるだけで、ただ黙々として雄々しく天の試練に立ち向かっていくことが、本当のわが生くべき真実の道なのだ、というわけである。

 この後、正成公も明極楚俊に禅境で切り返す。「落所は如何」つまり、その両頭はどこに落ちるのか、と切り返したのである。そこで明極楚俊は一喝する。「カアーッ」と。「ここだ。おまえ自身のすべてにだ。分別と迷いを飛び越えて、己自身に真を得よ!」ということを、この「カアーッ」が暗黙の内に語っているのであった。そのとき、楠木正成公、鎧をつけたままハッとして立ちあがった。そうして、直立したまま何度も何度も頭を下げ、しばらくしておもむろにいった。

 「和尚、まことに有難うござった。正成、今日ここで和尚に巡り会って、ご指導をいただけなかったら、一生涯つむぎ、編んできた自分の信念と信仰と求道の糸が、最後の最後に、きれいに結びきれなかったところでござる。誠に有難うござった」。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
スポンサーサイト

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 楠木 正成

楠木正成が教える大悟の道4193

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(77)

 このように、禅師の言葉を受けて「そうか!」と悟った瞬間、正成公の迷いの雲は瞬時のうちに晴れ、一点の曇りもない心で戦いに赴いたのである。生きるか死ぬかなどは関係ない。ここまできたら、ただ天の命ずるままに従って、堂々と最期まで戦いきるのみだ。湊川に赴いた正成公は、十三か所にも及ぶ太刀傷を受けても、決してげることなく、最後の最後まで戦い、見事に最期を自決でしめくくった。

 この正成公の精神と生き様は、その息子正行公にも引き継がれ、さらには、その後連綿と続く南朝側の人々にも継承されて、「臣は帝の忠のためにある」という南朝の精神的土壌にも大きく影響を与えた。『太平記』などに著されたことによって、その当時の人々はもとより、それ以後の人々の胸をも強く打ったからにほかならない。

 天下の副将軍水戸光圀公もそのひとりで、彼は、『大日本史』の中で、正成公の勇気と忠誠心を讃え、公を顕彰して、「ああ忠臣、楠氏の墓よ」と銘を刻んだ墓を建立し、楠木正成公の智仁勇兼備してよく忠、よく孝、よく誠なるところのすばらしさを人々に示している。その場所が、現在、神戸にある湊川神社となっている。

 また幕末の志士吉田松陰も、正成公の像を壁に掲げ、「これを見習うべし」と松下村塾の門下生に檄を飛ばしていた。

 この「両頭截断すれば、一剣天によりて寒じ」という言葉は、楠木正成公を尊敬する、歴代の一流の人物たちの精神的支柱ともなっている。人間は誰しも、常に迷い、葛藤するものだが、それらの一流の人物たちは、この言葉によってさまざまな迷いを一瞬のうちに払拭し、ただただ自分の天命に前向きに立ち会い、全力を出し尽くしてきたのであった。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 楠木正成 太平記

随所において主たらしめば207

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(92)

 これに関しては、臨済宗の祖・臨済禅師がこのようなことをいっている。

 「随所において主たらしめば、立所悉くこれ真なり」

 随所、随所において自分が主体となって、環境に影響されず、かえって環境に影響を与えるようになれば、そこに真がある。つまり、何をやっても自分自身の本質的な御魂の発露から為され、われではない、自己の本質的霊性が赫々と露呈していることとなる、という意味なのであるが、これをもっと平たくいえば、どんなに苦しくても悲しくても、人間関係などの環境に影響されず、逆に環境に影響を与えるような自分となれば、そこに本来の自分がいて、何の迷いも惑いもない。真実の自己実現ができている-これがだいたいの意味である。

 「随所において主たらしめば」という主体的意志をもって、ふとした何げない世界を、強引にでもいい方へもって行けるような自分をつくることができたら、環境を支配する人間、そして、環境を自分でどんどんつくっていける人間になれる。さらにいえば、自分が生まれてきた家、親、国、人種、親の財力……など、どんな環境にあっても、これを一切眼中に置かず、かえってバネとすれば、人は一切の愚痴、不足がなくなって、ただ成長と進歩があるのみである。そういう、一切の環境を踏み越えて、自分を見失わない真人、哲人、至人を主というのである。「汝らも、そうなれ、そうなれ、バカモノ」という、強烈な迫力で押しせまってくるのが臨済禅師の霊である。私も、何度かこっぴどくこの霊にしごかれている。

 たとえば、人間関係での葛藤の多い職場で働いているとする。この場合、職場の環境がどうのこうのという前に、自分自身が積極的に明るく発展的な存在となって、人間関係を改善していけばいいのだ。もちろん、どうすることもできない人は無視するか、けんかすべきときはあっさりと見事にけんかして、勝っても負けても悠然として仕事を楽しんでいたらいいのだ。そうすると、相手の方が気を使うようになる。胆力の差だ。そうすれば、職場の同僚は生きるし、先輩は改心するし、自分も図太く生かすことができるだろう。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 臨済

一瞬一瞬を真剣に生きることこそが答え548

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大天運」を紹介しています。徳を積むことの意味、輪廻転生、前世の秘密、守護霊などについて解説しています。

深見東州の「大天運」(118)

 ところで、肉体をもって生まれてきた人間は、この現世で具体的に何をするのか。これまで述べてきたとおり、魂を向上させ、世の中に神徳と功(てがら)を立てるのであるが、そうしながら同時に、前世のカルマを刈り取り、来世に向けての善根の種まきをするのである。

 では、どうすればそれができるのか。よき人物、よき書物、よき環境とのふれ合いを大切にしながら、只今只今を至誠で貫き、一瞬一瞬を真剣に生きることである。そして、もし仮に只今が、よくない人物とよくない環境にふれざるを得ないのであれば、カルマを反省して、まず愚痴をこぼさないことである。次に、より悪いケースと比較することで感謝の情をもち、とりあえず安寧を得ることだ。そして、いよいよ勇猛心をふり立てて、よき人物と出会い、よき環境と為すべく、最大の努力を払うべきなのである。

 そうすれば、前世のカルマ、家代々に伝わる悪因縁が消えていき、よき前世の記憶が現れて、前世で積んだ学問、芸術、信仰の徳が開花して有形の幸福の宝を生む。こうして、生まれ変わってきた天命を果たしながら、ますます幸せになっていくのである。

 逆に、そういう改善の尽力のないまま、悪しき人、悪しき書物、悪しき環境にふれていると、悪い前世の記憶が現れ、ますます悪い自分の側面が前に出てくる。そうして、最悪の人生の方向へと転がり落ちてしまうのである。こうなっては、来世、また下のほうからやり直さなければならない。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

悟り方の工夫596

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大創運」を紹介しています。徳について、才能、守護霊、カルマなどについて、解説しています。

深見東州の「大創運」(12)

 私の説く「神の道」とは、神界と霊界と現界の三局融合の正道である。それぞれのポイントをおさえて、いずれにも偏らず、要するに人々と世界が幸せであればよいのである。これが「中庸」の原局であり、万物創造主の大御心なのである。

 この原点に絶えず帰っていれば、決して道を間違うことはない。全ての創造とは、基本に帰り、原点に帰って一歩踏み出す時になされるものである。運命の創造である「創運」も、ここに立ち帰ってはじめて成就されるといえよう。

 ところで、生きている限り、真、善、美、永遠、無限、広大、高潔、繊細といった言葉で表現される現象に出会う。その一方、虚偽、悪、醜、刹那、有限、偏狭、不潔、鈍感といつた言葉で表現される現象にも遭遇する。これらを選り分け、自分に真にプラスになるものだけを感じ取って生きることが、本当の幸せのつかみ方であり、それが「神の道」の一歩なのである。それを悟り方の工夫という。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

悟りとは無限、覚醒の旅とは永遠604

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大創運」を紹介しています。徳について、才能、守護霊、カルマなどについて、解説しています。

深見東州の「大創運」(20)

 現実界、霊界、神界の関係を果物にたとえるならば、現実界は桃の皮であり、霊界は果肉であり、神界は種子である。

 神界という種子の外側を霊界、現実界がカバーしていると考えればよいのだ。

 お釈迦様の像を見ると、蓮の花の上におわせられる。この蓮座は何を象徴しているのだろうか。花弁は心の襞(ひだ)である。この襞を一枚一枚剥ぎとっていくと、蓮の花の花芯が現れる。この花弁は現実界に即する思いであり、襞を取り去る作業が霊界における悟りなのだ。心の悟りを深くすれば霊界に入り、悟った時、ふと見上げれば、そこにはお釈迦様がいてその神々しさを感じとることができる。私たちがその境に没入したからである。

 これがすなわち神界の境地に入ったということなのである。もちろん、これはたとえであって、実際は何度もこのパターンが繰り返される。繰り返すごとにますます深く、ますます高く、ますます繊細となり、霊層や霊格が向上するのである。悟りとは無限、覚醒の旅とは永遠なのである。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

会社のために、全人生を賭けてもたかが知れている648

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大創運」を紹介しています。徳について、才能、守護霊、カルマなどについて、解説しています。

深見東州の「大創運」(64)

 そのあげく、ふと気がつけば、窓際、壁際に追いやられ、せっかく仕事への意欲を湧かせていても、力を発揮する機会も与えられない。

 結局数十年間、会社のために努力したのは一体何だったのだろうかと、むなしい思いにひたるしかないのだ。古いタイプのサラリーマンの哀話である。

 最近の若い人たちはどうだろうか。

 寄らば大樹の陰という思いを抱くことに関しては、旧世代のサラリーマンと変わるところはないが、そこから先は違う。

 会社のために、全人生を賭けてもたかが知れている。部長はともかく、重役、社長になれる人間は一握り、それも、仕事の能力だけを評価されての出世ではない。学閥、人脈、閨閥など、もろもろの要素が絡まり、そのうえ、世渡り上手でなければ無理である。言いたくないお世辞を言い、木下藤吉郎ばりに上司に仕え、ゴマをカリカリすり続けて重役の地位を得ても、一体どれだけのものなのか。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久

一切自由であったことを師はほめた1117

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「絶対運」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「絶対運」(41)

 が、そうではない。

 師匠の慧玄は、このトンマな小僧をなみいる弟子たちの前でえらく賞讃し、ウロウロした弟子たちをこっぴどく叱ったというのである。

 にわかの大雨に雨もりである。何か早く持ってこいという声に、すかさず差し出される笊。「これができないようでは禅は永久に体得できぬ」。そう慧玄は言うのである。

 いかがであろうか、納得できたであろうか。

「そんなバカな、笊でどうして雨もりを受けられるのだ」、「それぐらいなら持っていかないほうがましだ」、「いや、そうじゃない、何もないより笊でも持ってかけつけたほうがいいにきまっている」……。いろいろな理屈が出そうである。しかし、禅ではこの理屈を最も嫌うのである。もし、ウロウロするよりは笊でも持っていったほうがましだと考えて持っていけばどうなるか。小僧は慧玄にもっとこっぴどく叱られたであろう。理屈が先行しているからである。

 笊が役立つか、役立たぬかとかの常識や先入観や詮索を一切捨て切っていた小僧だからこそ、すっと行動にでたのである。彼は頭でこねくりまわしたり、ひとつの考えにこだわったりしないで、一切自由であったことを師はほめたのであった。

(つづく)

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

その時宗を捨てよ1124

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「絶対運」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「絶対運」(48)

 まったく自信を失った時宗は、思いあまってある禅僧に悩みをうちあけた。

 禅僧の名は無学祖元である。

 宋の国から来ていた祖元は、あるとき兵士に白刃を頭に当てられたときでも、神色自若として動じなかった人物であった。

 時宗は、せつせつと訴えた。

「……私は執権としてはもちろん、武士の面目すら保つこともできません。本来なら女性として生まれてくるべきだったのではないでしょうか。執権として全国の武士に号令をかけることなどとんでもありません。先のことを思う
と、不安で、心配で、夜もオチオチ眠れません。どうしたらよいのでしょうか」

 無学祖元は、話を聞き終わってから短く言葉を発した。

「ウム、その時宗を捨てよ!」

 時宗、ポカンとして言葉が出ない。

「その時宗を捨てるのじゃ。女々しい時宗、心配と不安でなよなよの時宗、これまで生きてきたその時宗をきっぱりと捨てるのだ。さすれば一切問題はない」

(つづく)

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

ただ今なされるべきことに全エネルギーが注がれた1126

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「絶対運」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「絶対運」(50)

 蒙古襲来、元寇のとき、時宗はまだ二十代の青年であった。

 フビライは鎌倉幕府に使者を何回か送り、蒙古の属国になるようすすめる。

 時宗は「降伏や否やの返事を」とつめ寄る使者の首を、無言でハネさせた。

 さらに使者が送られてくる。

 時宗は「返事は無用」とばかり、何のためらいもなく五人の使者の首を次々斬ってすてた。

 怒った元の軍勢が攻めてくる。日本中が上下に不安で大揺れに揺れているとき、この鎌倉に坐ったままでいる青年武将を見て、武士たちは大きな山を仰いだような気がしたという。

 使者に対して即断即決、一切の迷いなく首をハネる。それは、国を守るか降伏かの二つに一つしかないことを悟っていた時宗の、決定的な意思表示であった。降伏はしない、戦うのみ、今やらねばならぬことは何かに全神経が集約された決断であった。先々どうなるのか、蒙古が強いのか弱いのか、そんなことも眼中にない。国を守るために、ただ今なさねばならぬことに全エネルギーが注がれたのである。

(つづく)

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

ワンクリックお願いします!
ブログランキング にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ 人気ブログランキングへ
最新記事
プロフィール

Author:美禰子
FC2ブログへようこそ!

最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
深見東州の著作
神界からの神通力
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード