邪神には真に発揮できないもの346

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教団体です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「神霊界」を紹介しています。中間役の神々、除霊の奥義、正しい霊能力などについて解説しています。

深見東州の「神霊界」(67)


 第二の共通する特色は、美しさ、芸術性というものが全くないことである。
 
 正神界は知情意の源泉であり、叡智と美と愛に満ちた世界である。それゆえ、正神界からの霊能には深遠な真理に裏づけられた叡智と、芸術性に裏づけられた美と、悪を許さぬ正義に裏づけられた愛がある。
 
 これに対して、魔界邪神界からの霊能には、外見上の真理・叡智と正義・愛の主張はあっても一貫した行いや芸術性・美はない。いや、正確にいうなら、真理・叡智と正義・愛はあるようにごまかせても、芸術性・美は、清浄な心の御魂の人には、ごまかしがきかない世界であり、邪神には真に発揮できないものなのである。
 
 魔界邪神界には恐ろしいほど知恵を持ったものがいるのである。知恵といっても真理に根ざしたものではないが、人間の知恵など遠く及ばないほどの知恵を持ったものがいるのである。とくに、魔界の親分ともいうべき金毛九尾となると、神仕組(かみしぐみ)、つまり神のご計画のかなりの部分まで知っているほどなのである。
 
 そして、正義と愛。もとより、魔界邪神界に正義や愛などあろうはずがない。だが、たくみに装うのである。さも愛に満ちているかのように装うのである。そのくらいのことは、彼らにとって赤児の手をひねるようなもの。神の如く仏の如く装うのである。最悪は最善を装い、悪魔は神を装うのである。

 こうして真理を説き愛を説く。人々はこれでごまかされてしまう。

 「神の計画は、これこれこうなっている。だから、今すぐ真理を実践しよう。人類救済に立ちあがろう。正義のために立ちあがろう。愛の世界を建設しよう」

 神仕組まで教えられ、愛と正義を説かれれば、よほど高級神霊界に精通していない限り、誰でも本当の神様が降りてきたものと信じてしまう。そして、怪しげな霊界に入り込んで、知性も愛念も芸術性も、全て磨くことを忘れ果て、御魂の成長を完全にストップしてしまうのである。まことに悲しむべきことである。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
スポンサーサイト

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 正神界 魔界 邪神界

語る内容だけで判断してはいけない347

深見東州先生(=半田晴久氏)は、ワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「神霊界」を紹介しています。中間役の神々、除霊の奥義、正しい霊能力などについて解説しています。

深見東州の「神霊界」(68)

 最近、「人類救済!の世界建設!」を標榜する宗教団体が増えている。このような宗教団体の全てが全て、魔界邪神界からの波動を受けているとはいわないが、一部は明らかに魔界からのものである。

 こうした宗教団体に引き込まれる人が多いのは、結局みんな、説く内容、語る内容だけで判断しているからである。私が『神界からの神通力』などの執筆をはじめ、様々な機会をとらえ一貫して、

「聞いただけで判断しては危ないですよ。見ただけで判断しては危ないですよ。霊界にごまかされてしまいますよ」

 と訴えてきたのは、このような意味もあったのだ。

 とにかく、真理・叡智と正義に関しては、魔界邪神界の魔物はたくみに正神界に真似るのである。

 だがしかし、どんなにごまかし装うのが上手でも、絶対に真似のできないものがある。それは芸術性、つまり美しさ、清らかさ、繊細さである。なぜなら、これらは頭で考えるものではなく、生活そのものだからである。口先では真似できても、生活という実践の場では、にわかに真似ができないのである。

 それゆえ、驚異的な霊能力はあるが生活が乱れている、人類救済など立派なことは説くが生活態度が偏っている、世のため人のために生きよと説教するが部屋の中はいつも散らかっている-というような霊能者や宗教団体には、絶対に高級神霊はかからないのである。

 生活があまりにも常識からはずれている、部屋の中が汚い、供え物があげっぱなしになっている、男女問題にルーズ……このような霊能者、宗教団体だったら、たとえどんなにその説く内容が立派であろうと、本当の神様が語っているように見えようと、全て魔界邪神界から来たものと思って間違いない。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : 深見東州 ワールドメイト 真理 正義 魔界 邪神界

一体どれが本当なのか447

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教団体です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大天運」を紹介しています。徳を積むことの意味、輪廻転生、前世の秘密、守護霊などについて解説しています。

深見東州の「大天運」(15)

 ところで、この五冊をすべて読んだ読者の中には、これこそ神霊世界の真相真理と人生のあり方が融通無碍(ゆうづうむげ)、千変万化に展開された精華の妙であると高評してくださる人がいる一方、

 「一体どれが本当なのか。本当にひとりの人が書いているのか」

 と、首をかしげている人もいるらしい。

 そう思うのも無理はないかもしれない。たしかに、神霊世界の真相に真っ正面から取り組み、まじめ一筋に書いた『神界からの神通力』および『神霊界』と、ユーモアを交えながら書いた『強運』とでは、だいぶ趣きが異なるし、ましてや『恋の守護霊』ともなると、そのくだけた筆致は『神界からの神通力』のそれとは天地ほどの違いがある。それは事実である。

 だがしかし、この五冊すべて、本当に私自身が精魂込めて書いたのである。決して代筆させたものではない。むろん、原稿をとりまとめる編集者が介在しているのはたしかだが、文章のスタイルから句読点に至るすべてに、私の息吹きや霊性を潜ませたつもりだし、私の生命が宿っているはずである。それは、霊性の高い人ならずとも、感じていただけるのではないかと思う。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久

名馬中の名馬は、見たところでは全然わからない506

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大天運」を紹介しています。徳を積むことの意味、輪廻転生、前世の秘密、守護霊などについて解説しています。

深見東州の「大天運」(76)

 「一体お前は、何をいっているのだ。わけをいってみろ」

 伯楽は語り始めた。

 「いやあ、帝様。今、お話を伺っておりまして、改めて九方皐のすばらしさを知らされました。彼は偉大な人物になっております。私も、この歳まで馬の目ききをやってきましたが、いまだに馬を見るときには、どうしても形に目がいってしまいます。体形とか脚の長さとか、あるいは腰の肉の付き具合、そして目つき、オスメスの別にとらわれてしまうのです。それでも、ちょっとした名馬なら、だいたい形を見ればわかります。『ああ、これは名馬でこれは駄馬だ』とわかります。しかし、本当に名馬中の名馬、いわゆる一日に千里も走るような馬というのは、見たところでは全然わからないのです。平々凡々としていて、他の馬と異なるところがありません。それが、一日千里を走る名馬中の名馬なんです。それを発見できれば、馬の目ききの最高の域に達したといえるのです。私自身、そのような名馬を何頭発見できたかというと、まったく自信がありません。この歳になってもまだ、馬の形にどうしてもとらわれてしまうのです。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

芸術がわからないと神様はわからない1052

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「それからどうした」を紹介しています。幸せについて、人生でいかに選択するのか、などが解説されています。

深見東州の「それからどうした」(96)

芸術がわからないと神様はわからない

 自分を探求し続けることで悟りの境地に到達し、歓喜に満ちた本当の自分に目覚める。それが永遠の自己なのだ。

 その境地においては、自分を失っているのではなく、自分の個我というものがしっかりと確立されている。自分のなかにある神様や仏様の部分が、はっきりとした人格、意志の力として主体性を持っているのである。

 それは、ヨガで言うように、エネルギーや気などによって宇宙と一体となるといったものとは異なる。

 例えば、霊をうつしてそれをそのまま伝えるなどという霊能者がいるが、本人がそれをどこまで主体的に、消化吸収して自分のものとして出しているのか。それでその霊能のレベルがわかるのである。

 神霊というのは完全であり究極的に美しい。そういう美とか感覚というものを、自分の魂でよく噛み砕いて、主体的な自分として表現するというのは、現世では芸術の分野に近い。音楽にしろ、絵画や書道にしても、自分なりの魂で何か受けたものを表現する。神様に近づく道は、この芸術と大変似ている。

 美の世界を、自分の魂を通じて、魂の美によって表現するところに芸術の本当の意味がある。もちろん、美のなかには、頽廃の美というものもあるが、これは地獄の霊が喜ぶ美でしかない。

(つづく)

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

美にもランクがある1053

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「それからどうした」を紹介しています。幸せについて、人生でいかに選択するのか、などが解説されています。

深見東州の「それからどうした」(97)

 美にもランクがあって、それなりに人を幸せにし、感動を与えるものが芸術としての美だ。

 神様というのは、大科学者であると同時に大芸術家でもあるから、芸術的要素を踏まえないと、本当の神様はわからない。すぐれた芸術家は、本当に美しいものをとらえて、自己を介して本当に美しいもの(作品)として創作する。単なるコピーではないし、実際、行っていることは神様に近い。

 だから、自分のことを神様だと称している人で、絵がとても下手だとか、すごく字が汚いとか、歌を歌うと近所のヌカ味噌が腐るといった人は、実は神様などでは全くないということである。

 もっとも、芸術で高度な美を表現するには熟練がいる。だから神がかるような人でも、今はまだ芸術の才能はあっても表現し切れない場合もあるだろう。要は、その人が芸術に素質があり、センスがあり、開眼している、真髄を得ているなど、芸術を解する人だということが、神の美や、神そのものを、何かで素晴らしく表現できて神人合一できる人だということになるのである。

 もし、そうした芸術的才能(素質やセンス)を持ち合わせていないなら、その人は偽物である。そんな人に高級神霊が神がかるわけがないのだ。

 神の素晴らしさや美しさの万分の一もキャッチできないし、ましてや表現し得るわけがない。

 そういう人の話を聞くくらいなら、美術館やコンサートに行って素晴らしい芸術作品に接するほうが、よほど神様に近づくことができるのである。

(つづく)

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

ワンクリックお願いします!
ブログランキング にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ 人気ブログランキングへ
最新記事
プロフィール

Author:美禰子
FC2ブログへようこそ!

最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
深見東州の著作
神界からの神通力
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード