徳分こそ子孫に残すもの591

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大創運」を紹介しています。徳について、才能、守護霊、カルマなどについて、解説しています。

深見東州の「大創運」(7)

 せっかく買った家だ、唯一の財産を手放したくないと思う人もいるだろう。

 子どもたちの将来のために、是非残しておきたいと思う人もいるに違いない。

 けれども、子どもたちに物を残しても意味はない。かえって、それが争いの種となることも多いのだ。人はこの世に裸で生まれ、裸で死んでいく。そして、この世で得たものは、死ぬまでにこの世に還元するのが人間としての理想なのだ。

 もし、後世に残すのだったら、人間としてのすばらしい心を持つ教育と徳分を残すべきだ。子どもたちは、父母、あるいは、もっと遠いご先祖様の徳分と才能を受け継ぎ、それをただひとつの財産として、自分の人生を築き上げなければならないのである。

 もし、親が財産を残せば、子は、それを頼りにする。やたら浪費するか、執着するか、いずれにしろ、自分の人生を自分の手で切り拓く努力を怠ってしまう人間になってしまうものだ。

 それに対して、親は親としての人生を見事に完結させる。人生の楽しさや醍醐味とは何たるかを示してやることができれば、子は、それをひとつの目標にして、自分の生き方の設計図としていけるのである。

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徳があってはじめて成就する622

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深見東州の「大創運」(38)

 しかし、才能、素質に恵まれていれば、成功できるかというと、そうは問屋は卸さない。

 世の中には「あの人は才能はあるのだけど、今ひとつパッとしないねえ」という人がある。誰が聞いても文句のつけようがないぐらい歌がうまいのだが売れない歌手、といった人がそれである。

 なぜそうなるのか。天から備わった才能を開花させるためには、どうしても備えていなければならない、もう一つの重要なポイントがあるのである。

 それが徳分というものであり、それらを霊界から支えていてくれるのが、守護霊なのだ。

 徳には、天徳、地徳、人徳とあるが、自分が持って生まれた徳と、先祖から継承している徳とがある。いずれにしても、徳があってはじめて社会的に成就結実するのである。

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宝くじが当たった643

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深見東州の「大創運」(59)

 これらは、全ての人に等しい量の運が与えられているというわけではなく、本人の生まれる前から持ってきた先天の徳と、生まれてから今日まで努力してきた結果である後天の徳があって、運の量も増減するのである。

 とはいえ、人の一生の間に、際限なく運が貯まるわけではないから、むやみに運を消費することを避けねばならない。「徳」に関する詳しい論証は、拙著『大天運』(たちばな出版刊)に詳しいので参照されたい。ここでは別の話をしよう。

 ある日、あなたが買ったジャンボ宝くじが当たったとしよう。これはもう「ラッキー!」である。一等七千万円。都会の真中で土地を買う気さえ起こさなければ、相当に使いでのある金である。ベンツを買い流行の最先端をいくファッションに身を固め、連日、遊び回ってもなかなか減るもんじゃないと思っているうち、ふと気がつけば、通帳の数字はみるみるうちにしぼんでしまっている。

 ああ、こんなことになるなら、財形貯蓄に回しておけばよかったなと考えても後の祭り。

 ここは一発大勝負。万馬券に百万円振り込めば一億円になるではないかと、考えた時は、せっかくの運もからっぽになっている状態である。

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あなたの徳分が七千万円という札束に換わった644

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深見東州の「大創運」(60)

 宝クジに当たったことは、あなたの徳が具体的な形になったのだから、大いに喜んでよろしい。

 ただし、ここで考えなければならないのは、あなたの過去の徳分が七千万円という札束に換わったという点だ。つまりあなたの徳分は七千万円分減っていることになる。

 もちろん、徳分は金銭で正確に計れるわけではないし、金銭に換えられるわけでもないが、幸せな気持ちの分、それだけ徳がなくなったと思うことが大切なのである。

 もし、七千万円の金を浪費してしまえば、あなたは無為に徳を垂れ流したことになる。ところが、その金を新たな徳を積むために使えば、現実に金が目減りしても、徳は増えることになるのだ。

 古代中国の君子は、功なり名を遂げると、早々に隠遁生活に入った。地位や名誉や富に囲まれていると、死期が早まると考えたからだ。『老子』には、そこまで詳しくは述べられていないが、老荘思想全般の流れや、それを学んだ人たちの歴史を詳さに見れば、そう断言できるのである。

 そこで政治の表面から身を退いて、新しく徳を積む努力をする訳だ。

 これは「急に肥大したものは急速に縮小する。ゆるやかに成長すれば、ゆるやかに衰える」という『老子』の思想の影響によるものだ。

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命運を永らえるとはどういうことか646

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深見東州の「大創運」(62)

 ところで、ある画家が、画壇の寵児としてもてはやされたことがある。絵は高値で取り引きされるし、何かとマスコミに取り沙汰されていたが、ある日突然「有名になるのは飽きた」と言って、アトリエに籠もりきりになり、日がなキャンバスに向かう生活を始めた。外に姿を出さぬ彼の存在は、世間から次第に忘れ去られてしまったが、晩年発表した作品のすばらしさは、若い頃の絵が色褪せて見えるほどであったという。

 その時、彼は「有名になるのは飽きた」という言葉について次のように語った。

「有名になったために、名誉、地位、富などに恵まれた。ところが、その分、絵に打ち込む熱意がうすれそうになった。絵描きは絵を描いているのが幸せであり、自己の生涯や値打ちは、絵に残すべきだと思い姿を隠したのだ」

 人間、全ての面で幸せになろうとすれば、エネルギーを消耗するし、また、たとえ幸せになったとしても、長くは続かない。人それぞれに運の量は違うとはいえ、運には限りがある。自分にとってもっとも大切なものに運を引き寄せ、運が長持ちするように努力しなければならない。

「命運を永らえる」というのは、この意味なのである。だから、この貯運の法を知らなければ、いくら創運しても、本当の幸福実現の道は成就しないのである。

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前世、現世にわたる徳分の問題726

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深見東州の「大創運」(142)

 このことは多くの野球ファンの共通の認識であって、王監督の指揮官としての能力に疑念を抱く声が、かつてないほどに高まっている。勝てば官軍というが、勝ちつつも批判されたのだから王監督も辛い。とはいえ、この批判、私の目から見ても、的はずれではない。

 王監督はご存じのとおり、打者として頂点を極めた人である。ホームラン王になること、実に十五回。打点王十三回、首位打者五回、三冠王二回、MVP九回。通算ホームラン八百六十八本は、もちろん世界最高記録だ。

 そしてまた、プレーに打ち込む姿勢、誠実な人柄は選手の鑑とされたものである。

 昭和五十五年、現役を引退し、三年間助監督を勤め、昭和五十九年監督に就任して今日に到るが、監督になってからの巨人は、往年の強さを発揮することができないでいる。その結果、王監督は、かつての英雄から、いまや、針のムシロにすわらされる立場に置かれているが、この原因は何か。指導者としての技量が云々されるが、そうではない。

 前世、現世にわたる徳分の問題なのである。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 徳分

徳分の蓄えがなくなると本人に自覚症状が現れる727

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深見東州の「大創運」(143)

徳分を蓄積する大切さ

 王監督の前世は、浪速の与力「大塩平八郎」である。あの有名な王陽明の学を修め、庶民のために立ち上がって、霧と消えていった「大塩平八郎の乱」の張本人だったひとである。今世は、人格と徳性に加え、王陽明の「王」を引き継いで生まれてきたようだ。一代の英傑として獅子奮迅の大活躍をした人物で徳分も高かった。

 しかし、その徳分も、現役時代、数々の大記録を樹立したことによって、大幅に消耗してしまったのである。そのうえ、国民栄誉賞を受けたことで、残った徳分も栄光へと変質し、いわば貯蔵ゼロの状態に陥ったのだ。

 徳分の蓄えがなくなった時、人は何がしかの自覚症状を覚える。王監督は、現役引退にあたって「数年間はフリーな立場で、休養したい」と強く望んでいたが、これは己れの徳分が消耗され尽くしたことを自覚していたためである。

 休養する間、人のために尽くし、みずからを切磋琢磨すれば、徳分はふたたび蓄積される。そのことが分かっているから、彼は、休みたいと思ったに違いない。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 大塩平八郎

エネルギーとは、パワー、運、徳分などの総体728

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深見東州の「大創運」(144)

 ところが、球団の事情がそれを許さなかったところに彼の悲劇がある。

 王監督の師匠にあたるのが、川上哲治元監督である。打撃の神様として、首位打者五回、打点王三回、ホームラン王二回、MVP三回、通算打率三割一分三厘をマークした彼は、昭和三十六年、監督に就任するや連続九度優勝を含むV11を達成し、名将の名をほしいままにした。

 彼が引退を表明した年、アメリカの大リーグのカージナルスが来日し、川上選手も日本チームのメンバーとして出場した。その日、後楽園球場のネット裏に足を運んだ人が、川上選手のバットから叩き出された打球が火を吹く勢いで、ラストスタンド場外に飛んでいくのを見たという。惜しくもボールの外側を通過したためファールに終わったが、彼はこの打球を見て思ったらしい。

「まだまだ彼のエネルギーは衰えていない」と。

 エネルギーとは、その人のもつ、パワー、運、徳分などの総体である。エネルギーが残っているということは、つまり、徳分の蓄積がまだあるということでもある。

 川上監督は、さらに、禅に傾倒するなど、みずからの徳分を補給する修業を積んだため、大監督としての名声を得ることができたのである。

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栄光を捨てて裸の自分に帰る730

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深見東州の「大創運」(146)

栄光を捨てて裸の自分に帰る

「学するものは日に日に益し、道する者は日に日に損す。損して損して無為となす。無為にしてなさざるはなし」という老子の言葉がある。この場合、学とは儒教のことだが、それにこだわらず普遍的に解釈すれば、次のようなことになる。

「学ぶということはプラスとなるものをどんどん吸収して、一歩一歩ステップを登っていくことである。一方、人の道、天地自然の道、己の原点を見極めようとすれば、地位や名誉・名声・富というものを捨てていかなければならない。身の周りについた人為的なもの(有為)を削りとっていくと、その人本来の姿が現れる。つまり無為の状態ね自然の状態に戻る」というわけだ。

 これを、人の一生に照らし合わせて見れば、「若い頃は、仁義礼智信を身につけながら、頂点を目指す。一たび頂点に登った人は、年老いるとともに、山から降りなければならない。一歩また一歩と、山を降りるごとに、身につけた仁義礼智信を失いながら、最終的には生まれた状態に戻る」というのが儒教と融合させた老荘思想の原点なのである。

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損して損して無為となす731

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深見東州の「大創運」(147)

 せっかく身につけた仁義礼智信の五徳を失うのでは、なんのために人間が生きるのか分からないという人もいるが、自然から生まれ、自然に帰るのが、この世の摂理であって、それに抗えば、どこかに破綻がくるものなのだ。

 ふたたび王監督の話に戻るが、彼は現役の大スターから、監督の大スターへと横滑りする道を選ばざるを得なかった。

 現役として頂点を極め、頂点にとどまれないと考えたことが引退へとつながったわけだが、これは「損して損して無為となす」という生き方ではない。いや、本人は過去の栄光をすっぱりと断ち切ったつもりかもしれないが、周囲はそうは受け取らない。

 選手にしてみれば「あれだけの大選手ならできるかもしれないが、オレッち凡選手には真似ができないよ」と思い込み、王監督の指導に、心底したがうことはしない。

 球団のお偉方は「王ほどの人物なら、監督も立派に務まるはず」と、決めつける。

 いつまでも、大選手の殻を脱ぎ捨てられないことが、監督として大成しない原因なのである。厳しい言い方かもしれないが、『老子』の、元極を見すえて本来の生命力と天運を得る叡智に、もう少し学ぶべきではないかと思う次第である。新たなる創運の道への旅立ちのために。

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