惰性に流されるとき魂の喜びはない1202

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「絶対運」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「絶対運」(126)

 惰性に流されるとき、われわれの生命の躍動はない。魂の喜びはない。

 一瞬一瞬が生き生きとしている--、そんなときは、その一瞬一瞬が新しくなっているときである。

 日に新たに、日日に新たに……と、ことばのうえ、つまり頭ではわかるが、具体的にはどういうことなのだろう。

 きょうも新しい気持ちで、あすも新しい気持ちで、そして、あさってもまた……、それは自分自身の脱皮の姿ともいえよう。そう心がけることが、惰性というよどんだ水におぼれない方法でもある。

 豊かな感性、それが惰性に流れようとする日々からわれわれを救いあげてくれるひとつの武器でもある。

 新鮮なものをとらえようとする感度が磨かれているとき、新たな感動を得ることができる。新しいものへの好奇心、期待、発見する喜びの窓口は、頭ではなく感性である。その感性をすっかりにぶらせておいて、日日新たに--と唱えても頭だけ、観念だけのことであり、「日日新たに」という思いが、本当に心の奥まで響いてこない。そこには感動がなく、魂の発動がなく、喜びがない。だから魂は眠りこけ、惰性に流されるのだ。

 感動、感性は理屈の世界ではない。どんな場合でも論理は感性のあとについてくるものである。

(つづく)

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一生懸命やれば縁ができる1336

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このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「宇宙からの強運」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「宇宙からの強運」(62)

 御魂が発動しないと守護霊さんも守護してくれない。本人が自分で選択して魂を燃やさないと守護してはいけなというのは、守護霊共同組合の申し送り事項なのである。


一生懸命やれば縁ができる

 例えば、囲碁をするか、将棋の道に進むか迷っているとする。どちらも余り変わらないような気がするとしよう。

 その場合は、とりあえず今少しでも興味があるほうへ突き進むことだ。そして、囲碁を選んだら、将棋のことはとりあえず頭から消し去って、とことん囲碁に没頭する。それこそ寝食を忘れるくらいに碁のことだけを考える。頭の中にいつも碁盤と碁石が浮かんで、白と黒がせめぎあっている。そこまで来れば、魂が発動している状態になる。

 すると、例えば誰かよいお師匠さんと巡り会って、

「お前は筋がいいから俺の所へ来い」

 ということになることもあるだろう。

 いい出会いがあって、「やっぱり囲碁を選んでよかった」ということになる。守護霊さんは、ちゃんと時機を見計らって、そういう縁を準備してくれるのだ。

(つづく)

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報われなかった時に御魂が傷つく1476

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深見東州の「吾輩は霊である」(79)

 形で出したものは形で返り、目に見えない愛情を注いだものは、目に見えない愛情で返ってきたら、満たされる。これが豊かなる御魂の人の実りだ。

 ところがそうならなかった時には、がっくりして気落ちし、人は絶望感を味わう。この時霊眼で見ると、御魂はグサッと傷ついているのだ。そして、御魂は感性そのものであるから、傷ついたその時から、「羹に懲りて膾を吹く(あつものにこりてなますをふく=失敗にこりて、必要以上に用心深くなる)」癖が習慣づいてしまうのである。

 例えば、心の底から愛した人との間に水子が出来、悲しい別れをしたとしよう。この女性は子供と聞くと、「あっ、子供……男の裏切り……」と連想するかもしれない。もしそうならば、男性に裏切られた御魂の傷がそう思わせていると言える。

 あるいは、男性との交際が怖い……という思いが無意識に湧いてくる。どの男性を見ても、冷酷打算の男じゃないかと思ってしまうのだ。つまり、御魂が傷ついてしまっているということだ。

「注ぎこんだ熱意や愛情が報われないかもしれない……」と恐れることこそが、御魂が傷ついているしるしなのである。例えば、仕事で失敗してさんざん言われたり、お客様から苦情が出たりした時、一時その理由を反省するのはいいだろう。けれど少し反省したなら、もうそれ以上は振り返る必要はない。また失敗するのが怖くなるだけである。

(つづく)

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傷ついている人はどうすればよいか1477

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深見東州の「吾輩は霊である」(80)

 では、既に傷ついてしまっている人はどうすればよいのか。答えは一つである。怖くなくなるまで、そのことが成功するまでやることだ。たまたま失敗したそのことに縛られる御魂の傷を癒すべく、同じことに何度も何度も立ち向かうのである。やがてそのことに成功した時、あるいは怖さを感じなくなった時、あなたの御魂は壁を乗り越え、傷を癒したのだと言える。そうしたら、魂は豊かになる。そして、

「豊かなる 玉あらわれし しるしなり」

「そのまま実る 努力の喜び」

 の心境で、そのまま実った努力に喜んでいるというときが、豊かなる魂が現れたしるしなのだ。

 努力が実らず、喜びではなくなった時は、御魂が傷ついたり、御魂が曇っていたり、乏しくなっているしるし(であるから反省すべし)と、こういう意味(教え)が含まれている道歌である。

 さて、最後の

「急ぎたつ 手柄に難あり 知らぬ間に おれがおれがの 自我いでにけり」

 これはわかりやすいと思う。紙面の関係上解説は省かせていただく。是非味読・含読していただき、神に投げかけて、幾重もの意味を受け取る訓練材料としていただきたい。

(つづく)

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御魂が傷つくと運も悪くなる1487

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深見東州の「吾輩は霊である」(90)

 その低級霊能者の一言が、まさにヘビの霊を呼び込む下地を作った一撃だったのである。夢、希望、元気がなくなると、やってくるのがヘビ霊である。

 御魂が傷つくというが、そうなると運まで悪くなる。そんな人は前章で触れたように傷に立ち向かって回復させるか、あるいはスポーツで体を鍛えるなり、何か情熱的に向かっていくものを無理にでも作り、傷ついたことを忘れるぐらいその事に熱中するのがよい。

 ところで、五年後に死ぬと言われた女性だが、私がその予言はいかに間違っているかをじっくりと説き、一~二分の救霊で体に巻き付いていた三メートルぐらいのヘビ霊を霊界に返したのである。すると、たちまち表情が明るくなった。まさに彼女の心が今まで地獄に落とされていたのが、若々しくて明るい、元いた上のほうの霊界に戻ったのである。

 それ以来、彼女はすっかり想念が明るくなり、もう恐怖心も全く湧いてこなくなったそうである。

 一つ言えることは、このような場合、憑いているヘビの霊だけを除霊してもダメだということだ。心の中に傷ついた暗い想念の部分がある限り、また別のヘビがやってくる可能性があるからである。霊界には、高級神霊も無限におられるが、邪霊も無限にいるのだから。

(つづく)

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