六大神通力とは

 深見東州先生(=半田晴久氏)は、ワールドメイトのリーダーです。

 神界からの神通力(1)

 霊能力の種類についてお話ししよう。

 一般に霊能者、霊能力といわれているが、神通力を霊能力あるいは超能力と考えたらいいだろう。

 神通力には、(一)天眼(てんがん)通力、(二)天耳(てんに)通力、(三)自他(じた)通力、(四)運命通力、(五)宿命通力、(六)漏尽(ろじん)通力がある。これらがいわゆる六大神通力といわれるものである(仏教では、(四)運命通力を神足通力という場合もある)。

 天眼通力とは、天眼、霊眼で見えること。たとえば、相手が何をしているか、将来はどうなるか、それらを神様が霊眼で見せてくれることをいう。

 天耳通力は、耳で神の意図がキャッチでき、人の聞こえないものが聞こえるというものだ。たとえば神様の声が聞こえ、神様の言うことがわかり、神霊とお話しができる。また、天のメロディーが聞こえるというのもこれ。

 自他通力は、読心術のことであり、相手の思っていることがすぐ読めるという通力。
 「黙ってすわれば、ピタリとあたる」という易者がいるが、これと同じように、相手の心を写すことができるのである。

 運命通力は、運命を予知する力で、以前にはこういうことがあったでしょうとか、この頃にはこういう運命になるということをあてる能力である。

 宿命通力は、その人がどういう天命をもって生まれてきたのか、前世、今世、来世のことがわかることだ。

 そして、漏尽通力とは、人の悩み、苦しみ、さまざまな問題を解決する能力のことをいう。

 これらを一般に六大神通力と呼んでいる。その他にも、霊言、自動書記、物品引き寄せ等の霊能力がある。

(続く)

ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

ブログランキング
ブログランキング
スポンサーサイト

tag : ワールドメイト ブログ 深見東州

正神と邪神の見分け方が大切002

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

神界からの神通力(2)

 このように、霊能力にもいろいろあるわけだが、まず正(正神界)と邪(邪神界)の霊能力を区別して考えなければならない。この二種類を区別しないで、まか不思議なことをやるからすばらしいと信じたり、あこがれたりすると知らず知らずのうちに大きな過ちを犯してしまう。

 ここが一番大事なところである。霊的なことをする人は、必ず霊的なことで魔が入り、現実的な世界で生きる人は現実的な世界で過ちを起こす。

 理論でいく人には、理論の魔が入るのである。このようにひとつの世界に偏すると、そこに魔が入って人を誤らせるものになるのである。

 したがって、この霊能力が正神界から来たものか、邪神界から来たものかを判別することは非常に重要なことだといえる。

 この正邪の区別をすることを、審神(さにわ)という。

 審神とは読んで字の如く、神をつまびらかにする(=物事のありさまなどを細部にわたってわかるようにすること。くわしく解明すること。物事の状態などがはっきりわかるようにすること。)という意味である。その起源は、「古事記」に出ている武内宿禰という人が、神功皇后に神がかりがあり、朝鮮征伐に行けとの神旨があったとき、それを沙庭(さにわ)で正邪の判別をしたという故事に由来している。

 明治のころ、本田親徳(ほんだちかあつ)の霊学派の人たちや長沢雄楯(ながさわかつたて)、その弟子の出口王仁三郎といった人たちが行った鎮魂法帰神術というのも、たましずめと神がかりの法であったし、宮地水位という人は日本最後の仙人といわれ、生きながらにして神仙界に出たり入ったりしていた人である。

 しかし、こうした霊能力を行うと、魔物が入ってくる度合いも高くなり、正神界か邪神界かを見分けないと、邪神霊がかかったりするので、審神ということが非常に大切になってくるわけである。

 審神の方法には二つあって、まず直接、霊感によって、審神する方法。それから霊が言ってくる内容を、理論、言調、文字の気などで冷静に検討して審神していく方法がある。これらの審神におけるポイントを頭に入れておかないと、ある程度の霊能力が備わってくると、魔物にねらわれて、正しい御神霊かどうか判別できず、結局、魔物に騙されて、誤った方向に行ってしまうことが多いのである。これは、一人で行う場合特に間違いを起こしやすい。魔は巧みであり、神様の姿に化けたり話しかけたりするので、よほど注意していないと騙されてしまうのである。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

ブログランキング
ブログランキング

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 霊能力 出口王仁三郎

見えるのはおかしい…天眼について003

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

神界からの神通力(3)

 それでは、天眼通力というものが、どんなものであるか解説しよう。

 ここでも、正と邪の天眼通力を区別しなければならない。

 まず、正神界の天眼通力というのは、かすかに、イメージの中でわかるというものであり、必要な時、必要なものだけが見えるというものである。常時見えているというものではない。

 これに対して邪神界の天眼通力は、常時見えている。毎日霊眼で見える、しかもカラーではっきり見えるというのが特徴だ。

 少し話が前後するが、すべての神通力についていえる大切な点をお話ししたい。

 それは、どの通力も漏尽通力に帰結しなければ意味がないということである。

 たとえば、いくら天眼が見えて「あなたは○月○日事故で死ぬのが見えます」と教えてあげても、それを聞いた人は救われるであろうか。「一週間たったら、仕事で失敗しますよ」と言って、「それでは、どうしたらいいですか?」と聞かれても、「さあ、それはわかりませんね。よく注意してください」と答えるだけでは、なんのために天眼が開けたのかわからない。

 仕事の失敗を予言して、それを聞いた本人がそれを苦にし、仕事ができなくなるというのでは意味がない。

 相手の気持ちがわかり、相手の運命がわかり、天眼が見え、天耳が聞こえたとしても、その人の幸せにつながらなければ、何の意味もないということになるのである。

 そう考えると、正神界から来る天眼通力が必要最少限のものだという理由がわかってくる。

 わけもなく常時見えていると、それにとらわれて「何故見えたんだろう?」と考え、日常生活がおろそかになる。したがって、神様はやたらに見せるようなことはしない。必要なとき、必要な分だけ見せてくださるのである。また、神様は人間の努力と精進を重んずるので、天眼通力゛か本人の精進努力に障るときは、お見せにならないのが本当だ。私も、除霊や特別なとき以外は一切天眼は開かない。どんなに美しい景色を見ても、絶えず地縛霊の気味悪い顔が見えるとなると、決して幸せな人生であるとはいえないからだ。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

ブログランキング
ブログランキング

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 通力

天眼の仕組み…邪神界の天眼はキツネが見せている004

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

神界からの神通力(4)

 次に、天眼通力はなにが見せているかということについてお話ししよう。

 正神界では、守護神とかいろんな神様が見せてくださる。一方、邪神界のほうは、ほとんどキツネが見せているのである。その中でも、千里眼の能力を持った人というのは大体が稲荷ギツネだ。稲荷ギツネが憑いているというのは、千里眼が利く人なのである。

 どごどこでなにをしているのが見える、あなたの過去はこうこう、こうだったといって透視するわけだ。その見せ方は、目の網膜のところに後頭部からフィルターのように稲荷ギツネがかかって見せるのである。

 キツネには野ギツネをはじめ、金毛九尾、金毛八尾、銀毛八尾、銀毛七尾というようにいて、尻尾の数が多いほど化け方が巧みであり、智恵もある。最高は九本だが、この金毛九尾というのは一見、正しい人のように、また、神様のように見せるのを得意とする。

 キツネはもともと頭の良い動物で、非常に巧みに神様らしく見せたりする。

 よく「われこそは○○の神なり!」という霊能者・宗教家がいるが、正神界の神様は、本人みずから名前を語りたがらない。「われこそは○○なり」というのは、ほとんど邪神である。この三次元の世界でも、教養の高い人ほど、誇らしげに「私は○○です」と、これみよがしに名乗ったりはしない。高貴な人は、紹介されても名乗らないでいいときは名乗らないものである。神霊界でも守護神、守護霊のような高級神霊のあり方はこれと似ている。

 もう一つ天眼で多いのはヘビだ。ヘビが憑くと、キツネほどではないがカラーではっきり見える。よくボーッと白日夢のように見えたり、夢のお告げで見るというのはこれだ。たとえば、熱心な日蓮宗系の人たちには白ヘビが憑いている場合が多く、その場合、夢のお告げや霊視を見せることが多い。これは正神界の白蛇もあり、その人の志と姿勢によって正邪を判別するしかない。

 また、守護神とか守護霊とか先祖だと名乗ってそれらしく夢で見せる。常時、夢のお告げを受けているというのは、ほとんどはヘビが憑いていると考えてよい。

 ある瞬間パッと見えたというのではなく、常時、見えているといって霊能力を誇っている人には「ああ、この人にはキツネが憑いているな」とか、「この人は、ヘビが憑いている」と審神できるのである。その他、天眼に関していえば、たまには天狗や龍神が見せることもあるが、シェアは、圧倒的にキツネとヘビが多いのである。

 人間性でみると、これみよがしに誇るというのは稲荷ギツネの性質である。動物霊編で詳しく後述するが、気分がコロコロ変わる、ヒステリー気味で気性が激しい、プライドが高い、平気でウソをつくようなのも、稲荷ギツネの性格である。霊視の利く霊能者で、こういう性質の人は、間違いなくキツネ憑きの霊能者であるといえよう。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

ブログランキング
ブログランキング

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 稲荷

天耳通力はひそかに聞こえてくる005

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

神界からの神通力(5)

 さて次は、天耳通力についてであるが、本当の天耳通力とは、正神界の天耳通力のことをいう。それは、静かに聞こえるとも聞こえないともいえないような感じで、御神霊の声がかすかに感得されるものなのである。

 自分の心の中で、ひそかに、おのずから彷彿としてわかるものなので、それが常時聞こえてくるというのはやはり異常である。

 人間は肉体という形を持っている。三次元の肉体を持って生まれている。

 三次元の法則とは、自然界の法則のことだ。自然界の法則を造られたのは神様であり、人間が自然の状態で生活するのが神様の御心でありましょう。したがって神様は、あまり不自然なものを好まれない。もちろん、ここぞという時は知らせてくださるが、そうでない場合は、なるべく自然なかたちを尊重されるのである。

 「正法に不思議なし」というが、異常なくらい聞こえるというのは、やはり魔物が憑いている証拠である。

 特に天耳通力(正神界)の場合は、かすかに聞こえてパッとわかる、必要最小限のものである。神様はなぜ必要最小限のものしか言われないかといえば、先に述べたように、あまり多くを言い過ぎると人間が努力しなくなるからである。人としての進歩・発展は、いろいろな苦労、失敗、経験を通してなされていくものであり、それがなんでもお告げで動く、見えてから行うということになれば、人としての努力をしなくなってしまうからだ。

 だから神様は、人の進むべき道の概要をパッとお知らせになるだけで、全部をお教えにならないのである。人に考えさせる、努力させる、こういうのが、正神界のごく自然なあり方なのだ。

 だから、常時見えている、聞こえているというのは、神様のご意志に反することになるので間違っているというわけだ。

 特に、一部の日蓮宗系の宗教団体などでは、「みんなの気持ちが霊感でよくわかる」とか「耳元で神様がささやかれる」といって誇らしげにしている人がいるが、これは、ほとんどがキツネのしわわざである(タヌキやヘビの場合もある)。

 また、普通の人でも、精神的なストレスが高じて耳もとで声が聞こえるようになることがあり、その声に振りまわされてひどいノイローゼになってしまうことがあるが、これもほとんどキツネがやらせている。

 一見、天耳通力のようだが、はっきりした声で生々しく聞こえるというのは、現実に近い次元であり、本来、神様はかすかな存在であって、神霊の声とはかすかに聞こえてくるものなのである。

 しかし、金毛九尾ギツネはいかにも神様のごとく思わせて、正神界の神様を装いながらくる場合もあるから、気をつけなければならない。そういうのを「妖言過言に騙される」という。

 妖言とは、「これから先、天変地変が起こる」「お前は騙されているんだ」「これからの未来はこうなる」などと、おどかしたりすることである。

 過言とは、「一年たったら、あなたは天下を取る」とか「○月○日にはこうなる」というように、言い過ぎることである。

 たとえば、何年か前、大阪の予言者が「いついつに大地震が起きる。もし起こらなかったら切腹する」と大見得を切ったがついに地震は起こらず、その人は切腹未遂をしたということがあった。こんな予言も、妖言過言のたぐいである。

 予言は天耳通力で聞くわけだが、それが神様の言葉らしく語られてきたり、かすかに語ってきていかにも神様らしく思えたら「ああ、神様の言葉だな」と騙されてしまうのである。

 時には、声を低くおとして神様のムードを漂わせ「神のお告げなり」と厳粛っぽく言ってくる場合もある。

 次元の低い動物霊は、耳もとでボチョボチョ話しかけてくるので、すぐ動物霊だとわかるが、かすかに語りかけてくると、神様らしく思えて騙されやすい。

 多くの宗教家は、最初はいいのだが、何年かしてくると、妖言過言に騙されて過大な予言をし始めてくるのである。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

ブログランキング
ブログランキング

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 通力 お告げ

神霊がかかるのは生活修業のできている人006

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

神界からの神通力(6)

 それでは、どういう形で邪神のやり口を見破ることができるのかお話ししよう。それには二つある。一つは妖言過言の内容を分析して、そこに愛と真心があるかどうかを調べるのである。

 これみよがしに、ありのままの霊告を伝えてくれても、そこに真心がなければ正神界のものではない。

 二つめは、前向きに話してくれるかどうかだ。たとえば、「○月○日に死んでしまう」というお告げを受けたとする。そういうマイナス的なことを言うのは邪神である場合が多い。たとえ、それが真実の神様のものからであろうと、人たるものはそれをそのまま伝えるべきではない。どうぞそうならないように、どうしてもそうなるようだったら、大難を小難に、小難を無難にまつり変えてやってほしい、というように願うのが本当である。そういう場合、逆にこちらからは真心でもって言い返していくのである。

 「神がこう言っていました」と、そのまま告げる人は正神を取り次ぐ人としては信じられない。「ケガをする」と出ても、「なんとか健康に注意してください」というように、常に愛と真心でもって、前向きに言わなければ本当ではない。

 歴史上の話として、奈良時代の弓削道鏡が神仏のお告げであると偽って皇位を望んだ時、和気清麻呂という廷臣が宇佐八幡宮の正しいご神勅を天皇にお伝えしたために、道鏡の怒りを買ったけれども、皇位は無事に守られたと伝えられている。日常の清浄なる生活修業をきちんとして、御魂を磨いていた当時の宇佐八幡宮の巫女に、和気清麻呂公の至誠に感心した御神霊がかかって、正しいご神示を巫女の天耳通力を通して下されたのである。

 私たちの日常生活も同じであって、誠心誠意、真心で神にお仕えしていると高級神霊が神がかるのだが、食物に強度の偏りがあるとか、生活態度が変だとか、生きざまが不自然でアンバランスであると、いくら神様をお呼びしても邪気が寄ってくるのである。

 和気清麻呂も至誠まったき人だったので、正しいご神勅を伝えることができたのである。

 私たちも、妖言過言のご神示、天耳通力にごまかされないように注意しなければならない。

 内容面からみても、言葉の格調からみても、言霊の真意からみても、これは正神界の神様から来たものといえるとき、初めてご神示として受けとることができるのである。

 神様らしき言葉が聞こえてきても、それにとらわれないという気持ちが大切である。それは正しい真心によって、只今、只今を真剣に生き尽くす努力が必要なのである。

 人の幸福、夜の安寧を祈り、神様の大御心がますます栄え増さんことを念願しつつ、人の道にかなった謙虚な姿勢で人生を送っていくならば、いくら間違った予言がきても、妖言過言がきても、それに動じないで誠の道一筋に生きていくことができるのである。

 そういう人には、邪霊も、金毛九尾もつけいることができない。

 正しい誠の真心一点、これが、正神界に感応するか邪神界に感応するかの決定的な相違なのである。

 そういう生きかたこそが、正神界の神様と常に共にいて、邪神から身を守る唯一の方法なのである。

 真心の光は、邪神もこれを犯すことができない。このことをよく肝に銘じておいてほしいのである。これが正法の一厘であるからだ。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

ブログランキング
ブログランキング

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 金毛九尾 宇佐 真心

ワンクリックお願いします!
ブログランキング にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ 人気ブログランキングへ
最新記事
プロフィール

美禰子

Author:美禰子
FC2ブログへようこそ!

最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
深見東州の著作
神界からの神通力
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード