霊の本質118

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教団体です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(2)

 ところで、霊と念とはある程度置き換えることができる。たとえば、強い霊とは強い念を出すことができる霊であり、大いなる念で生きている人の霊体とは大いなるものである。

 ところで、この念という言葉を分解すれば、今の心となる。「今、現在」の思いこそが、念なのである。

 一方、霊という漢字がつく言葉や存在には、たたり霊、地縛霊、生霊や幽霊など、まことに沢山あって区別がややこしい。だが、念即霊、現在の思いがすなわち霊の状態であると考えれば、その区別も、おのずから明白になってくる。たとえばたたり霊。簡単にいえば、「たたりをしてやるぞ」という念をもっている霊のことである。

 「魂魄この世に留まりて」といった台詞が怪談に出てくるが、これは、その無念なる気もち、怨念をこの世に置いていくという意味である。

 また、「残念だあー」と思って死ぬ霊は、文字通り念を残して死ぬ。そして、その念を残す場所が土地ならば、土地と因縁を持つので、「土地因縁の霊」あるいは「地縛霊」と呼ぶ。後者は自分の念で自分を縛りつけ、土地に留まって動けないでいる霊だからである。そして、もし、その場所が家、屋敷であれば、「屋敷因縁の霊」という。

 また、とりたてて恨みや無念の思いもなく、己の死の自覚をもつことができず、漠然とこの世にいる感覚で霊界をふらふらしている霊のことを浮遊霊と呼ぶ。この浮遊霊は、「今、自分がいかなる状態にあるか」「人間は、いかなる人も、死ねば、霊界に行かねばならない」ということを認識できないために浮遊しているのであり、人にとりついて災いをもたらすことも多い。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 地縛霊 浮遊霊

霊の本質(2)119

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

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深見東州の「大除」(3)

 一方、この世にいかなる未練も残さず、死者としてあるべき本来の道を歩もうとするも存在する。それが普通の姿であり、すべての人はそうあらねばならない。

 人は死ねば界に行く。そこで霊界人として新たなる生活を営むのだということを認識した霊が、一般に成仏霊と呼ばれる霊なのである。また、この言葉は、あらゆる妄妄想が浄められ、仏性が顕現した霊という意味にも使われる。

 また、さらにその認識のレベルを高め、徹底した慈悲の心や現世を達観して精進するという、深き悟りのをもつに至った霊のことを、菩薩位に達した霊と呼ぶ。菩薩とは、仏道に励む釈迦の姿と同じきあり様をさしていう。

 さらに、菩薩位の霊が一層揺るぎない想のもち主となり、おのずから不動の霊格と悟りの位をもつに至れば、それを如来位に達した霊というのである。如来とは、ある程度の天地自然、法界の真相をきわめ、霊界や現実界で衆生を救える仏のことである。人を救えるようになるには、最低、自分の悟った状態(菩薩位)が変動することがあってはならない。だから、如来位にして、はじめて人々の救済が正しくできるようになるのである。そして、この如来位の霊が行きつくところは、神位にある霊となることである。

 ここでいう神とは、日本神霊界における神であり、内的高貴さと外的実行力に加え、万能であって芸術性に富んでいなければならない。つまり、この神位をもっとわかりやすくいうと、「人間としてのあらゆる俗情を乗り越え、神のごとき愛、神のごとき知恵、神のごとき崇高な感性を備えた霊格をもち、それをこの世で実行し、やり貫いた人のこと」なのである。白隠禅師や諸葛孔明、菅原道真などがこれである。このように、善なる霊たちや、悪しき霊たちがさまざまな形で人間世界に関与しているのが霊界の実情なのであるが、これら善とか悪とか定義している霊とは、そもそも、その霊たちの発するが善なるものか悪しきものかによって決まり、高い位とか低い位とかも、その霊たちの抱くの種類が文化的に高いものか低いものかによって決定することを忘れてはならない。また実行するということも、薄っぺらなではなく、真底まで徹した念ならば、おのずから行いとなって表れるもの。だから、行動も、真底深い念の表れとして定義できるのである。

 私の主宰するワールドメイトでは、全国各地で講演を行っているが、この講演で、「改心とは、ちょっとした心構えや想念を変えることをいうのではない。本当に心が改まったら、心が変わり、言葉が変わり、行いが変わるはずだ」と再三いっている。

 心とは、口と心と行いを含むところまで広がりをもっているものだ。それを心の上部、中部、深部といってもよい。深いところに行くほどに、霊があり、魂がある。

 ところで、本書のテーマである「大除霊」も、実は、たとえば悪霊の大除霊をするとは、悪霊の抱く悪念を改め、霊界生活を真にすばらしく実行していただくために改心させることをさす。つまり、霊を改心させ、その霊を救済することで、悪霊を除くのである。だから、本当をいえば、「大除霊」よりも「大救霊」の方が適切な表現なのかもしれない。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 菩薩 如来

念の自己管理120

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深見東州の「大除」(4)

念の自己管理がを使いこなす基本

 にたたられ、つまり悪しき霊によって災いをこうむったという例は枚挙にいとまがない。

 「参りに行ったら気分が悪くなった」「見知らぬ人が夜ごとに枕元に立つため、おちおち眠れない」というような、心因性の現象と片づけられがちな軽度の災いから、自分の意志とは関係なく、踏切で突然ハンドルを取られて事故死したり、発作的にビルから飛び降り自殺を図ったりする。後で調べてみると、その踏切は過去死亡事故が多発しているところであり、ビルは自殺の名所であったということが少なくない。また、飛行機事故が連続して起きることも、皆さんはよくご存じのことだと思う。こういった現象を単に確率の問題で処理しようとする向きもあるが、それには無理があり、霊が関わっていると考えるのが最も合理的であるといえる。

 これらの霊の関わり方には、一定の条件がある。

 条件を満たさない場合は、いかなる霊も、人に対しては影響を与えないものなのだ。では条件とは何か?霊と人との間に念波が通いあうことである。

 ある局のテレビを見るためには、その局が発する電波の周波数にチャンネルを合わせなければならない。それと同様に、同じ周波数の念波が通い合ったときのみ、霊は人間にはっきりとした影響を与えるのである。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久

念の持ち方がすべて121

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深見東州の「大除霊」(5)

 ただし、念波の周波数とはメガサイクルといった単位で測定できるものではない。念の中身と強弱によって同調したり、共鳴したり、交流が行われたりするものだ。暗い念に同調すれば、その人は、霊にひきずられるように暗い世界に落ち込むだろう。もし、強い慈悲の念や求道の念を抱き続ければ、菩薩位や如来位の霊と波長が合い、それらの霊たちと邂逅(かいこう)することも可能である。つまり、悪霊善霊、高級霊、低級霊、いずれの霊に関わるか、言葉を換えれば霊に憑依されるのは、人間その人の念の抱き方に、すべてがかかっているというわけである。

 天台宗の開祖、天台大師智(ちぎ)(五三八-五九七年)は、「一年三千」の教えを説いた。

 これは「今、現在出す一念が、三千大世界を駆け巡り、その一念の種類により、己の魂が天国界にも地獄界にも感通し、ひいては、その人が菩薩となるか餓鬼畜生の輩となるかも決定する」という教えである。つまり、まさに、「ただ今」の一念こそが、善悪正邪、天国地獄の分水嶺であるといっているのである。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 悪霊 善霊

ただいまの念を省みる122

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深見東州の「大除霊」(6)

 したがって、悪しき霊との関わりを断とうとするならば、まず自分自身がいかなる念を抱いているのかを正確に知り、もしも、悪しき念にやられているようであれば、深く反省するとともに、その念を速やかに転換させる努力をする必要がある。人は、心のどこかに悪魔を棲まわせているという。これはいかなる聖人君子であっても同様である。ただ、凡人と聖人君子との違いは、その悪魔を活動させぬよう、つけ入らせぬよう、自らを戒め律する(いましめりっする)ことができる知性と修養があるかどうかの違いである。この自らを戒め律することによって己の心から悪しき念、邪念を追い払うことができ、その結果、悪霊との関わりを断つことができるようになるのだ。

 しかし、この自らを戒め律することほど難しいことはない。それさえできれば、誰も苦労はしない、思っておられる読者も多いことだろう。だが、戒めなければならない自分や律さねばならない自分とは、皆、はじめはわずかな一念からその端を発しているはずなのだ。だから、このわずかな一念の端のうちに、いち早くこれを戒め、律してしまえば、意外に楽にやれるものだ。ガン治療の早期発見の必要性と同じだと思えばよい。

 だから、健康管理、自己管理、あるいは管理野球などという言葉があるが、それに倣(なら)えば、一念の自己管理こそが、自分で悪霊除霊するための第一歩であると考えてよい。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 悪魔 悪霊 除霊

意志の力を持て123

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深見東州の「大除霊」(7)

 霊を支配するくらいの意志力をもて

 とはいえ、「一の自己管理」は口でいうほどやさしくはない。食べ物を見れば食べたくなるし、裸の女性を見ればムラムラと妄想が湧いてくる。お金が目の前に落ちていれば誰しもハッと思って、思わず懐に入れたくなるものだ。とかく、人間のとは環境と五感に大きく左右されるのである。

 したがって、己のを良い方向へ導くためには、何よりもまず、自分自身をすばらしい環境に置く努力を惜しまないことである。そして、すばらしいを誘う人や物を選んで、できるだけ自分の五感を善なる方へと向かわせる努力が必要なのだ。この努力によって、「一の管理」の基本は確立されるのである。

 自分で自分自身の環境を変えるのが難しかった時代。特に、カースト制度という自分の身分や環境を変えることが極端に難しかったインドなどでは、この基本は確立できなかったに違いない。そこで、釈尊は、出家して成道(じょうどう)せんとするお弟子たちに対して、「八正道(はっしょうどう)」を盛んにすすめたのである。

 「正見(しょうけん)、正思(しょうし)、正語(しょうご)、正業(しょうぎょう)、正命(しょうみょう)、正精進(しょうしょうじん)、正(しょうねん)、正定(しょうじょう)」-これは出家者が厳しく己を正して、上乗(じょうじょう)の悟りを得る場合にこそ生きるのであって、これを、情報と刺激に満ちた現代の人たちが真に実行することは不可能である。

 この中で、一般人にもおすすめできるのは、正しく苦集滅道の四諦(したい)の道理を見る正見、それを正しく思惟(しい)する正思、これらは、人生というものを知る意味で、極めて重要である。それに邪念を離れ、正しい道を憶念(おくねん)する正念。それから涅槃に至る努力を継続する正精進ぐらいだ。それ以外は、山に生き、山で死する行者さんか、社会生活を一切諦めた聖職者がめざす道である。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 五感 八正道

惟神の道とは124

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深見東州の「大除霊」(8)

 これを仕事をもった普通の人が実行するとどうなるか。まず、営業マンは全部会社をクビにされるだろう。銀行マンはすべて融資係をクビにされ、受付け窓口に行かざるを得ない。税務署員は、すべての脱税を摘発できなくなり、税の徴収率は極端に落ちて、国家予算の歳入は大幅にダウン。国家財政の危機を迎えることはいうまでもない。若者は、世の中全てが汚濁に染まり、世界中の人は全員悪人であると実感するに違いない。だから、学生は社会に出ることを極端に恐れ、社会に出て悪に染まることを忌避するあまり、留年を続けることとなる。

 また、「八正道」ができていて、世の中で出世をしたり、人から尊敬される立派な活動をしている人はただのひとりもいない。資産家の子供以外は、財運を手にすることはむろん皆無である。若者は、やがてそのことに気がついて、現代で「八正道」を貫くためには、社会で出世をしたり、複雑に揺れ動く人々の心をとらえて大活躍することなどは、不可能なことであることを痛感するのである。むろん、自由主義陣営における積極的な経済活動などは、すべて諦めざるを得ない。商社マンは当然出世できないから会社をやめて、比較的「八正道」が妨げられない喫茶店の経営か、税務署以外の地方公務員の道しか選べなくなる。これが、「八正道」をまじめにめざし、心掛けてきた若者たちとの数多くの出会いによって、私が知り得た事実なのである。

 「八正道」は、一部を除き、日本の若者をだめにする。これが私の結論である。「大和魂」をふるい立たせ、少々の悪など意に介せず、大善をめざして己を磨き、社会に立ち向かっていくという勇気が失せてしまうからだ。もし自分が小悪に染まってしまったとしたら、「みそぎ祓い」をして、ますます大善を行うべく勇気と根性を輝かせよ、というのが「惟神の道」の教えである。「八正道」とは大きく異なっていることがおわかりになるだろう。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 営業マン 税務署 八正道

惟神の道が日本文化の根幹にある125

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深見東州の「大除霊」(9)

 二千年以上も続く、日本という文化の土壌には、明るく積極的で、常に発展を旨とする「惟神の道」が中心に脈々と息づいているのである。だからこそ、仏教でも、大乗仏教系の積極的な法華思想や阿弥陀仏信仰などが、今なお盛んなのである。そして、自由闊達・融通無碍の禅宗が、日本文化に根強く受け入れられていている理由もそこにある。

 釈尊が成道するまでのプロセスを大切にする、小乗仏教系の教えが、日本文化としてあまり根ざさないのも、神道が根幹にあるためだ。小乗仏教系の最たる「八正道」は、そのまま工夫なく受け入れてしまうと、日本人の心と霊と魂とをせせこましく、歪(いびつ)にしてしまう。特に、出家者でない人が、若いころにこれをまじめに実践したら、必ず現実の社会では何の役にも立たない。悪に真正面からたち向かえないふ抜け青年となることだけは断言できる。

 だが、私も、良き念を維持するために儒教でいう「四勿主義」(よんこつしゅぎ)をすすめている。「非礼見る勿れ(なかれ)、聴く勿れ、言う勿れ、動く勿れ」というものだ。「八正道」の半分の律である「四勿」であるが、顔回はこれで亜聖といわれるまでになった。それほど、言うは易く行うは難しのことなのである。これとても、過度にとらわれて実践すると、社会常識を大幅に逸脱するほどの消極的な「潔癖性」に襲われる。著書で必ずただし書きをしている所以である。だから、もっと明るく、積極的で、発展的であるように、という願いを込めて、「自分自身をすばらしい環境に置く努力を惜しまないこと。すばらしい念を誘う人や物を選んで、できるだけ自分の五感を善なる方へ向かわせる努力をしよう」というふうに、明るさ、積極さ、発展性を尊重した態度をすすめたのだ。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 大乗仏教 小乗仏教 四勿主義

一念の管理は区別から126

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深見東州の「大除霊」(10)

 次に、この基本の上に立つ「一の管理」の中心は、の種類によって、それが悪を呼ぶものか善を呼ぶものかの区別があることを知って、絶えず自分のの中身を分類するくせをつけることだ。簡単にその区別の基準を示そう。

 まず善なるものは、「明るく、前向きで、積極的で、発展的で、協調的」である。ところが、悪しきものは、「暗く、退廃的で、消極的で、批判的で、猜疑的」なものである。この分類が瞬時にできて、悪いものはパッと切り捨て、善いものにパッと乗ることができれば、「一の完全管理」ができていることになる。

 では、どうすればそれらがやりこなせるようになるのか。本書では、この後に具体的な努力の方法を呈示している。たとえばと自分を切り離す工夫や、善をつくり出す学問の必要性、また、経(きょう)と祈りの活用法など、でき得るかぎりの方法を紹介している。

 霊という、目に見えず実体を確認することも難しい存在を、念と置き換え、さらに進んで、主体的に「一念の管理」を行うことで、霊に支配される側から支配する側に立場を換えることが可能なのである。そのことを知っていただくことが本書の第一のねらいであり、大除霊をしてもらう側から、大除霊をする側へと、ひとりでも多くの方が脱皮していただくよう願っている。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 除霊

守護霊127

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深見東州の「大除霊」(11)

守護霊と低級霊

 多くの人は気づいていないが、いかなる人間にも霊がついていることは、霊界、人間界を通じての公理である。たとえば守護霊がそれである。この霊は、ついている人間が聖人、義人であろうと、どんな悪人であろうと、その人を守り続ける存在なのである。

 本来、守護霊とは人間を幸福にするべく守護し、本人の天命に添って生きるように、霊界からバックアップして善導し、その人の善の魂の成長を第一として教育指導する霊のことである。

 また、守護霊は一人にひとつの霊がつくだけとは限らない。普通の人で十人から十五人、多い人で四、五十人、あるいはそれ以上の守護霊が守護している。正式には、これらの霊のことを背後霊たちと呼び、集団で守護している状態のことを背後霊団と呼ぶ。そして、そのリーダー格の霊であり、その人間の成長と働きに最もふさわしい個性と霊力を備えている霊が、その時期の守護霊という役に任ぜられるのである。だから、一般に幼年期、青年期、壮年期というふうに、守護霊とは一生涯に四~五回交替することが多い。もちろん、人によっては一生涯にただ一人の守護霊ということもある。

 ところで、守護霊とは言葉を換えていうならば、背後霊集団の窓口となり、それらの霊の代表として強い力をもつ霊のことだと思ってよい。

 私たち人間は、いかなる者であろうと善なる霊の集団である守護霊団に、一日二十四時間絶えず守護されているはずなのである。

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