ただ今に全力を尽くすことの大切さ190

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(74)

 また、こういった努力を心がける人物は、自分で回答を見出し、自分で切り開いていく方法を知らず知らずのうちに身につけていくので、ますます守護霊の援助を受け、葛藤がなくなる。仮に不安や葛藤があったとしても、逆にそれをバネとして乗り越えていくことができるのである。

 ある人が希望という字を「喜忙」と置き換えたが、現在、ただ今に全力を尽くしてさえいれば、おのずから今為すべき最善の道が明確になるのであって、これがいい霊を呼び、いい運を切り開いていく方法なのである。簡単で、あたり前のことだが、体得して実行するのはなかなか容易なことではない。

楠木正成が教える大悟の道

 今、このとき、つまり「ただ今」をできるかぎり前向きの姿勢で生きようとすれば、つまらぬことにあれこれ悩む暇などなくなる。悩みがなくなれば迷いの雲、不安の雲は、ものの見事にかき消されてしまうものなのだ。このことに関する歴史上の実話エピソードについて述べてみよう。

 南北朝時代の英雄、楠木正成公が湊川の戦に趣く際の話である。

 『神界からの神通力』でも書いたが、彼はすぐれた霊能力のもち主だったといわれる。足利尊氏が大挙して都に押し寄せてくる。そこで、後醍醐天皇以下、南朝の幕僚たちが群議を開くこととなった。そこで彼は、足利尊氏の軍勢をいったん都に呼び込んで、安心して敵の将兵が油断したところを一気呵成に攻撃したほうがよい旨、申し出た。

 「帝はいったん比叡山にお隠れあそばして下さい。われらは淀川の方から登っていき、敵軍の指揮がゆるみきって油断しているところをたたきます。そうすれば、必ずや勝てることでしょう」

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
スポンサーサイト

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 守護霊

楠木正成が教える大悟の道2191

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(75)

 ところが、これを聞いた後醍醐天皇の側近たちは、即座に異議を唱えた。

 「いやしくも帝たる者は、逃げ隠れしてはならない。堂々と迎え討って、敵と戦うべきである」
 「いや、それでは必ず敗けます」

 正成公も反論した。だが、軍議の決定は正成公の建議に反するものであった。しかし、帝の決めたことに喜んで従うことが臣下としての道であると自覚して、それ以上争うことはなかった。正成公は、負けることを承知しながら、軍議の決定に従い、従容として出陣していった。

 戦は正成公の予想したとおり、南朝側の敗北となり、一代の英雄・戦略家もこの世を去ったのである。その後、新田義貞は正成公が申し出た作戦を採用して、後に、見事な勝利を収めたのだから、もし正成公が思うとおりの戦いを実行していれば、日本の歴史も変わっていたかもしれない。

 それはともかく、後醍醐天皇とその側近がメンツにこだわったために、大事な忠臣を失うことになってしまったわけだが、湊川へ赴く決意を固めるまでの正成公の心境は、非常に複雑なものだった。

 というのも、先にも述べたように、正成公は戦に負け、自分が死ぬことが客観的にも霊的にも、あらかじめよくわかっていたからである。

 さしもの正成公も、死を目前にして迷い、割りきれない葛藤のために心中おだやかではなかった。臣下としては道と義を貫かなくてはならない。だが、はじめから勝てる戦ではない。どのみち負けて、死ぬことがわかっていながら、戦に赴かねばならないのは、武将としての無念のきわみである。正成公は己の心の中に生じた、さまざまな思いをなかなか断ち切ることができなかった。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 楠木 正成 後醍醐

楠木正成が教える大悟の道3192

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(76)

 そこで、湊川の戦いに行く道すがら、当時、その地方で名を馳せていた禅僧、明極楚俊のところに立ち寄った。そして問う。

 「そもさんか、生死の境」

 このとき、明極楚俊は何と答えたか、

 「両頭截断せば、一剣天によりて寒じ」

 といったのである。両頭-生きるか死ぬか、生か死かと迷っている二つの頭をバシーッと一刀のもとに截断してみよ。その気概をもって振り降ろした覚醒の剣は、「天によりてすさまじい」。つまり、ただ天命のまにまに死なら死があるだけ、生なら生があるだけで、ただ黙々として雄々しく天の試練に立ち向かっていくことが、本当のわが生くべき真実の道なのだ、というわけである。

 この後、正成公も明極楚俊に禅境で切り返す。「落所は如何」つまり、その両頭はどこに落ちるのか、と切り返したのである。そこで明極楚俊は一喝する。「カアーッ」と。「ここだ。おまえ自身のすべてにだ。分別と迷いを飛び越えて、己自身に真を得よ!」ということを、この「カアーッ」が暗黙の内に語っているのであった。そのとき、楠木正成公、鎧をつけたままハッとして立ちあがった。そうして、直立したまま何度も何度も頭を下げ、しばらくしておもむろにいった。

 「和尚、まことに有難うござった。正成、今日ここで和尚に巡り会って、ご指導をいただけなかったら、一生涯つむぎ、編んできた自分の信念と信仰と求道の糸が、最後の最後に、きれいに結びきれなかったところでござる。誠に有難うござった」。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 楠木 正成

楠木正成が教える大悟の道4193

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(77)

 このように、禅師の言葉を受けて「そうか!」と悟った瞬間、正成公の迷いの雲は瞬時のうちに晴れ、一点の曇りもない心で戦いに赴いたのである。生きるか死ぬかなどは関係ない。ここまできたら、ただ天の命ずるままに従って、堂々と最期まで戦いきるのみだ。湊川に赴いた正成公は、十三か所にも及ぶ太刀傷を受けても、決してげることなく、最後の最後まで戦い、見事に最期を自決でしめくくった。

 この正成公の精神と生き様は、その息子正行公にも引き継がれ、さらには、その後連綿と続く南朝側の人々にも継承されて、「臣は帝の忠のためにある」という南朝の精神的土壌にも大きく影響を与えた。『太平記』などに著されたことによって、その当時の人々はもとより、それ以後の人々の胸をも強く打ったからにほかならない。

 天下の副将軍水戸光圀公もそのひとりで、彼は、『大日本史』の中で、正成公の勇気と忠誠心を讃え、公を顕彰して、「ああ忠臣、楠氏の墓よ」と銘を刻んだ墓を建立し、楠木正成公の智仁勇兼備してよく忠、よく孝、よく誠なるところのすばらしさを人々に示している。その場所が、現在、神戸にある湊川神社となっている。

 また幕末の志士吉田松陰も、正成公の像を壁に掲げ、「これを見習うべし」と松下村塾の門下生に檄を飛ばしていた。

 この「両頭截断すれば、一剣天によりて寒じ」という言葉は、楠木正成公を尊敬する、歴代の一流の人物たちの精神的支柱ともなっている。人間は誰しも、常に迷い、葛藤するものだが、それらの一流の人物たちは、この言葉によってさまざまな迷いを一瞬のうちに払拭し、ただただ自分の天命に前向きに立ち会い、全力を出し尽くしてきたのであった。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 楠木正成 太平記

人に相談する前に自分で考えよ194

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(78)

 ある主婦からの相談である。それほど忙しいわけでもないが、「これができない、あれもだめ、ああでもない、こうでもないと、いつも悩んでいる」というのだ。

 「ただ今」、目前のことに全力を尽くして努力していれば、迷いも葛藤も吹き飛ぶし、霊障も吹き飛んでしまうのだが、そのことがわからないから、ひたすら悩み続け、絶えず人にすることとなる。

 四柱推命、姓名判断、手相、星占い……、巷には実にさまざまな占いがあるが、こうした占い師のもとへ足繁く通うのは、たいていは暇な人である。占い師に相談することは、決して悪いことではない。しかし、何度も何度も悩みがあったらすぐに通うのは、決して好ましいことではない。主体的な人生について思いを馳せることがなく他人の言葉に頼り切ってしまうからだ。これでは、それを試し、勇気をふりしぼる小難関のチャンスが消えてしまう。あまり運命を見すぎない方が、開運にはかえっていいというのはそのためである。

 かくいう私も、人様の相談を受けているわけで、漏尽通力(ろじんつうりき)などの秘力を駆使して、運命鑑定なども行っている。だが私は、一回か二回大きな答えを出すだけで、それ以上の相談についてはなるべく答えないようにしている。

 ある程度自分で考え、ぎりぎりのところまできわめた上で相談に来る人は歓迎する。しかし、何か悩みが生じたらすぐに「先生……」と、頼ってくることはあまり感心できない。人の助けばかりを求めていると、結局は、自分自身がいつまでたっても人を助けるようにはなれないからだ。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 守護霊 通力

ワンクリックお願いします!
ブログランキング にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ 人気ブログランキングへ
最新記事
プロフィール

Author:美禰子
FC2ブログへようこそ!

最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
深見東州の著作
神界からの神通力
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード