諸行無常、諸法無我、涅槃寂静409

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教団体です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「神霊界」を紹介しています。中間役の神々、除霊の奥義、正しい霊能力などについて解説しています。

深見東州の「神霊界」(130)

「生まれ変わって、再び苦しむのはご免だ」

 さて、今後人類はどうなるかというお話をする前に、仏教のお話を簡単にしてみたい。仏教と人類の将来とどんな関係があるのだ、そんな話はどうでもいいから早く将来の話をしろ、という気の早い形もいらっしゃるだろうが、そう焦らずお読みいただきたい。

 仏教を理解するには、お釈迦様が顕幽から働かれて残された大蔵法典を研究しなければならないが、詳しくその内容を語るには、あまりにも莫大である。そこで、これを要約するとだいたい次のようになる。

 この世の中は変わり続け、変化し続けるのだ。常なるものは何ひとつとしてない。つまり諸行無常である。

 そして、全てのものごとには実体がない。形あるものは必ずその形を失い、命あるものは必ず滅ぶ。そのように諸々の法には姿があるように見えても、実体はないのである。つまり諸法無我である。

 この諸行無常、諸法無我を真に悟り得たならば、人間的欲心や執着がなくなり、心おだやかで世の迷妄に霊昧自失することなく、また、本来の死生観に誤謬がなくなる。そして、いよいよ本当に苦しみのない、永遠幸福至極な世界を求めなくてはいけない。つまり涅槃寂静することを求めなくてはならない。

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三法印410

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深見東州の「神霊界」(131)

 これら諸行無常、諸法無我、涅槃寂静の三つが仏教思想の根本となっており、一般に三法印と呼ばれている。

 この三法印に、世間一切皆苦、つまり一切は苦しみだ、世の中は苦しみだという考えを加えて四法印と呼ぶこともある。

 そして、苦諦(くたい)、集諦(じったい)、滅諦(めったい)、道諦(どうたい)として、苦集滅道を説き、このための実践方法として、八正道を説かれたのである。これが四諦八正道である。

 ところが、八正道のみを最重視する教えがあり、過度な潔癖沐浴主義に陥って、人間が小さくなっている。最重要の三法印からポイントがずれ、日本神道の中源からも要諦がずれているといえよう。

 とにかく、お釈迦様は、全ての人が涅槃寂静して幸せになることを願って、あれだけの大蔵法典を残されたのである。つまり、仏教の究極的目標は、涅槃寂静にあるわけだ。

 では、涅槃寂静するというのはいかなることであろうか。第二章でも述べたが、それは、人間一度死んだら、死後永遠に幸せな霊界に行き、生まれ変わってきて二度と苦しむことがない、という意味である。この世は一切皆苦である。肉体を持っていることは苦しみだ。だから、肉体を脱いだあとは、涅槃寂静して永遠に幸せに暮らし、二度と生まれ変わってきたくない-これが、仏教者の願いなのである。つまり、

 「生まれ変わって再び苦しむのはご免だ」

 というわけだが、考えてみれば、これは情けない根性である。

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カースト制度411

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深見東州の「神霊界」(132)

 だが、これもよくよく考えてみれば、インドという風土に根ざした考え方といえるだろう。お釈迦様の時代のインドには、今日でもあまり変わっていないが、カースト制度という厳しい身分制度があった。バラモン、クシャトリア、バイシャ、スードラという四つの階級があり、スードラは何度生まれ変わってもスードラ、バイシャは何度生まれ変わってもバイシャになると考えられていた。それゆえ、

 「また生まれ変わってもスードラか。ああ、生まれ変わってこなかったら、どんなに幸せだろう」

 という精神的風土が支配的だったのである。これがバックボーンとなって、六道輪廻、再生しない涅槃寂静という思想が生まれたものと思われる。

 そして、もう一つのバックボーンとして、太陽がある。ご存じのように、インドは灼熱の国である。日本のように温暖な国では、太陽は様々な恵みを与えてくれるまことに有り難い存在であるが、インドでは、人々を苦しめる憎らしい存在ではあっても、決して有り難い存在ではない。

 「太陽め!地上をジリジリと焼きつける太陽め!お前がいるから、世の中は苦しみで満ちているんだ、こんちくしょうめ。それに対して、月は何と安らかで静かなんだろう。できることなら、月のように安らかな境地に至ってみたいものだ」

 夜空と死後世界が結びつけられる連想が起きるのである。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 涅槃寂静

楠木正成412

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深見東州の「神霊界」(133)

 このように、太陽と現実の貧しくて苦渋に満ちた生活を憎み、とあの世を慕う精神風土にも涅槃寂静という考えは根ざしていると考えられるわけだ。

 いずれにしても仏教では、現実世界は一切皆苦であり、その苦しみから解放されて涅槃寂静し、二度と生まれ変わってこなくてもいい、というのが最大の眼目であり救いとなっていたのである。

マホメットやキリストは現世に再臨している

 これに対して日本神霊界では、二度と生まれ変わって苦しみたくないなどという、ケチな根性はあまり見当たらない。

 たとえば、かの楠木正成公。彼は仏教思想の人ではあったが、日本人の魂をもっていた。

 そして、神道の源流を受けた修験道もよく学び、宋学を心のよりどころとしていたのである。

 有名な『太平記』によれば、負けるとわかっていた戦、すなわち大義によって死地に赴いた湊川の戦いで、今や最後に残った七十三騎が自刃して果てようとしたとき、正成公はたずねた。

 「聞けば最期にのぞんでの一念によって、来世の生の善悪が決まるということだ。この世九界のうちにあって、お前の望みは何に生まれ変わることか」

 弟の正季公は、カラカラと笑って、

 「七度生まれ変わっても、やはり同じ人間界に生まれて、朝敵を滅ぼしたいと思います」

 これを聞いた正成公は、まことに嬉しそうに、

 「罪業の深い妄執ではあるが、私もまた同じ思いだ。それでは、さあ、同じように生まれ変わって、この本望をとげることにしよう」

 と約束して、兄弟、刺し違えて同じところに倒れ伏した、とある。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 楠木正成 仏教 太陽

七生報国413

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深見東州の「神霊界」(134)

 七生報国-これが、日本の惟神(かんながら)の道の本旨(ほんし)である。涅槃寂静を知り、罪業深い妄執であると充分知っていて、あえて勇を起こし、無私をも越えた苦患(くげん=苦しみと悩み)への大挑戦があったのである。

 ここに大和魂の発露を感じることができるのである。決して、妄執の右翼思想の一生涯などではない。

 「生まれ変わって、また苦しまなければならないのか。できることなら、生まれ変わりたくないのだがなあ」

 などというのとは次元が違う。自分の思い、自分の願いなどを乗り越えて、国のために生きたい、人々のために生きたいと願う。これが至誠の道であり、日本人の魂である。

 なぜこのようなことをいうのかというと、現在生活をしているこの現世世界へ、かつての聖賢たちが少しでも世の中がよくなるようにと願い、神・幽・顕、三界から大いに働いているからである。

 たとえば釈尊やイエス、マホメット。彼らは現実界にあったとき充分すぎるほどの功徳を積み、カルマも全て刈り取っており、それゆえ、神霊世界においても非常に満たされて充実した世界を約束されていた。その歓喜に満ちた世界で、彼らはどう思うであろうか。

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涅槃寂静にもいろいろとレベルがある414

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深見東州の「神霊界」(135)

 「肉体を持って再び生まれるのは非常に苦しい。自分たちはいま、とても満たされているのだから、できることなら、このままずっと楽をしたい」

 とは思わないはずである。それよりむしろ、

 「我々はすでに涅槃寂静したんだから、本来なら生まれ変わらなくてもいいのだけれど、神様の御心を考えたら、そんなことはいっていられない。肉体を持って生まれるのは非常に苦しいでしょう。物質世界には物質世界の法則があるから、この清らかで美しい神霊世界に比べれば苦しいことばかりに違いないでしょう。けれど、神々の御旨を考えるならば、苦しいのはあえて覚悟の上。再び生まれ変わって、神の取り次ぎ、使者として艱難辛苦の道を乗り越えて、もうひと働きさせていただきましょう」

 というに違いない。涅槃寂静するような立派な魂の持ち主ならば、必ずやそういって生まれ変わるに違いない。

 実は第二章でも述べたが、神霊界の角度から見れば、涅槃寂静にもいろいろとレベルがあるのである。

 釈尊などは、極度に神霊化し、同魂同系の人々とその志ある人々と合体化したり、特命指導霊となったりして、幽々玄々のうちに大活躍しておられるのである。

 それゆえ、釈迦の生まれ変わりというのは、今後とも実在せず、大いに神霊的に加勢を受けている人のうちの一人というのが正しい解釈なのである。

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再臨御魂415

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深見東州の「神霊界」(136)

 また、大聖霊たちの大活躍の背景と理由は、衆生に対する大愛であると同時に、主神に対する至誠であり、誉れであり、神霊世界におけるさらなる向上であり、功侯を積む満足と喜びなのである。

 それらができないような人間だとしたら、涅槃寂静といってもたいしたことはない。立派な御魂の持ち主とはいい難い。

 このように、天の使命を受けて再び生まれ変わってくる御魂を再臨御魂という。この再臨御魂は具体的には、文字どおり、その御魂が生まれ変わってきて働く場合もあれば、守護霊となって働いたり、あるいは、地上のある人物の肉体を借りて、つまり、その人物の御魂と一体となって働く場合もある。それは、前述したとおりである。

 その地上の人物とは、名誉や地位そして命を捨ててまでも、神のため、人のために働こうという人物である。その絶対無私の赤誠に感応して、かつての聖賢たちがその人の肉体に降臨するわけである。

 そして、このような再臨御魂は今日いま現在、世界のあらゆるところで神のご計画を推進するために働いておられるのである。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 御魂

お釈迦様と地蔵菩薩416

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深見東州の「神霊界」(137)

月神霊界の主宰神と合体していたお釈迦様の御魂

 ところで、七たび生まれ変わっても国のため、人々のために尽くしたいという至誠の発露は、仏様の中にも見出すことができる。

 どちらかというと仏教思想は、すでに述べたように、できることなら生まれ変わりたくないという願望がベースになっているのであるが、「地蔵本願嘱累本(じぞうほんがんしょくるいぼん)」という教典に、真の魂の発露を見ることができるのである。それには、だいたい次のようなことが書かれている。

 あるとき、お釈迦様はこのように語った。

 「末法の世になったら、諸々霊がこのように苦しむんだよ」

 これを聞いて、一人の人がスクッと立ちあがっていった。

 「わかりました。お釈迦様のお話を聞きまして、私はいま発願(ほつがん)します。末法の世になったら、私が必ず諸々霊を導きます。もし、どうしても私の力では救済できないのであれば、私が身代わりになってあげます。私が身代わりになってでも、その霊を救済させていただきたいと思います。」

 こう語ったのは地蔵菩薩であった。この発願を聞いたお釈迦様は、発願を受け入れて語った。

 「善い哉(よいかな)、地蔵よ、よくぞ申した。汝の発願を受け止めよう。末法の世で苦しむ諸々霊の救済の件、お前に全部譲り渡すことにする。頼んだぞ」

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

大和魂417

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深見東州の「神霊界」(138)

 このやりとりを聞いていた普賢菩薩、文殊師利菩薩、観世音菩薩は皆、感動して涙を流しながら、

 「いまお地蔵さんのお話を聞いておりました。末法の世で苦しむ諸々霊の身代わりになってでもお地蔵さんが救済されるというのでしたら、私たちも、お地蔵さんの配下に下って、諸々霊救済のお手伝いをさせていただきたいと思います」

 と、次々に名乗りをあげた。これを聞いたお釈迦様は、

 「善い哉、善い哉。みなさんも、末法の世で諸々霊が苦しんでいたら、お地蔵さんと一緒になって救ってやってください」

 といって満足された。

 このような話が「地蔵本願嘱累本(しょくるいぼん)」という教典の中にあるのだが、今日、身代わり地蔵やとげぬき地蔵となって人々の苦しみを解いたり、あるいは天上界、人間道、修羅道畜生道、餓鬼道、地獄道の六道の辻に地蔵菩薩が立って諸々霊を導いているのは、以上のような理由からである。これこそ、至誠の発露というべきであろう。

 地蔵尊のこのような心境と実践の情熱、およびその勇気をもって日本神道の「大和魂」と定義すれば、読者の方々によりわかりやすいかも知れない。

 ところで、お地蔵様の正体は何なのか、かつてよく審神をしてたずねてみたことがある。

 「お地蔵様、あなたはいったい誰ですか?」

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 畜生道 修羅道 六道

国常立尊418

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深見東州の「神霊界」(139)

 私の質問にお地蔵様はこう答えられた。

 「私は、国常立尊(くにとこたちのみこと)です」

 国常立尊とは地球神霊界の主宰神である。人間を大地から創られた神でもある。その国常立尊が、お地蔵様に化身して、諸々霊を救済されているのである。また、阿弥陀如来の地変の化身仏ともいえる。

 ついでながらいうと、不動明王も国常立尊の化身である。いや、そのものであるといったほうがいいかも知れない。つまり、地球神霊界の主宰神である国常立尊は地蔵菩薩と不動明王その他に化身し、一方では地のすみずみまで救いの手を差しのべ、他方では、悪を許さぬ降魔調伏(ごうまちょうぶく)の相をもって諸々霊を導いているわけなのである。

 では、地球神霊界の主宰神、国常立尊が化身した地蔵菩薩が、どうしてお釈迦様の配下に下って、発願したのであろうか。本来なら、地球神霊界の主宰神の方が神霊界の秩序からいうと上であるのに、お釈迦様という一人の人間の配下に下っていたというのは、どういうことなのであろうか。それには、次のような事情があるのだ。

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久 地球 地蔵

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