前世に習得した才能が、現れている621

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このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大創運」を紹介しています。徳について、才能、守護霊、カルマなどについて、解説しています。

深見東州の「大創運」(37)

 このような人は、何をやっても、どんな場合も「うまくいく」ように見えるものだ。しかし実際は、人々に見えないところで日々失敗を繰り返しながら、心を立て直し、立て直しして、努力を重ねているのである。

 この努力をどれだけ長い年月の間、いかなる場においても継続していけるかということが、結果的には運を開くということにつながるのである。

 人生において落ち込んだ時、そう心を立て直すことが上手な人は、社会的に成功する素質を前世から受け継いだということは前にも述べたが、このような才能、素質は、また、さらに来世へと持っていくこともできるのだ。

 この世での地位や財産などは、いつか消えてしまうものだが、学問を理解する力、芸術を愛する感覚、神を敬う信仰の心、この三つの要素は、消えることのないいわば無形の宝である。

 これら三つの宝は、魂の奥深く記録され、未来永劫までも伝えられていくものである。

 物の道理を吸収して理解する力があり、高等教育を受けているわけではないのだが、物事のポイントをつかむのが上手で、絶えず探求心を失わない人がいる。

 生まれながら音感の優れた人もいる。モーツァルトなどがそのようだったと聞く。

 そして、なぜだか自分でもわからないが、神様が大好きだという人もいる。

 これらの人たちは皆、前世に習得したそれぞれの才能が、現在、形となって現れているのだ。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 前世 才能

徳があってはじめて成就する622

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深見東州の「大創運」(38)

 しかし、才能、素質に恵まれていれば、成功できるかというと、そうは問屋は卸さない。

 世の中には「あの人は才能はあるのだけど、今ひとつパッとしないねえ」という人がある。誰が聞いても文句のつけようがないぐらい歌がうまいのだが売れない歌手、といった人がそれである。

 なぜそうなるのか。天から備わった才能を開花させるためには、どうしても備えていなければならない、もう一つの重要なポイントがあるのである。

 それが徳分というものであり、それらを霊界から支えていてくれるのが、守護霊なのだ。

 徳には、天徳、地徳、人徳とあるが、自分が持って生まれた徳と、先祖から継承している徳とがある。いずれにしても、徳があってはじめて社会的に成就結実するのである。

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なにをやっても三年以内に社会で結実する623

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深見東州の「大創運」(39)

 読者もご存じのことと思うが、横尾忠則というイラストレーターがいる。イラストレーターをめざす人で彼を尊敬している人は多い。その理由は、人柄のすばらしさにあるのだが、それ以上に、彼が美大を出たわけでも、美術専門学校を出たわけでもないのに、仕事をしながら、全て独力独学であれだけの成功者になられたことだろう。私も数度お会いして、その人柄の良さと飾らない人間性に魅力を感じている一人である。

横尾「先生、私は努力をすることが楽しいのです」
私 「そうですか。それは最高の才能と徳性ですね」
横尾「前世は何だったのでしょう」
私 「明の袁了凡ですよ。運命論者だったのが急に、陰徳を積むことに目醒めた人です」
横尾「へえ……。中国……」
私 「七万人以上の人を救っておられて、今世はあり余るほどの徳分がありますね。書もうまかったようです」
横尾「そういえば……。銀座の手相見のおばさんが、『あなたは前世の徳をたくさん持って生まれてこられた』と、私を通りすがりの一人だと思ってそう言ったことがあります。それに……。書道は小さい頃からうまかったですよ……」
私 「本当にすばらしいと思います。横尾さんは、なにか一生懸命やると、必ず三年以内にものにできる運気です。来世はピアニストですね」
横尾「ピアニスト……?」
私 「人間は、毎回の人生に違ったテーマをもって生まれてきますからね……」

 このように横尾さんは、徳の光が顔にあふれ、なにをやっても三年以内に社会で結実される方なのである。油絵をやっても、造形をしても全て開花して、美術館がそれを買い取る程なのである。

 袁了凡のことは、後でもう一度話そう。ところで守護霊とは、教育係と考えてよいが、詳しくは後述する。

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袋小路は人間の知恵袋624

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深見東州の「大創運」(40)

袋小路は人間の知恵袋

 知り合いの男性が「僕はどうしていつもドジを踏むんでしょう」と嘆いた。

 人を訪ねるため、タクシーに乗って、東京・世田谷区を走っている時のことだという。

 「T字路にぶつかって右へ行くか、左へ行くかと運転手に聞かれたんです。どうも自分の感覚では、右へ行った方が正しいと思ったのだけど、なぜか、口から出た言葉は左なんですよね。そうしたらどん詰まりの袋小路。道が狭いものだから、元の位置までバックしなければならず、運転手に怒られてしまいました」

 世田谷という街、ご存じの方もおられようが、道路の整備状況は劣悪の極みで、やたらに一方通行の表示がある。私も、目と鼻のところに見える知人宅を訪ねようとして、あたり一帯をグルグルと走り回らなければならなかったことがあるから、彼の話を笑うことはできないが、彼の場合、ドジを踏むのは道だけではないのだという。

 「たとえば、純情そうな女のコと性格悪そうなコがいるでしょ。性格悪いコと付き合えば、ロクなことがないと分かっていて、あえてそっちと付き合っちゃうんですよ」

 その結果「ナットク」ということになるのだそうだ。

 石橋を叩き、崩れそうなところを見つけるまでは上出来だが、わざわざ崩れそうなところに足を乗せ「やっぱり!」と叫びながら、川に落ちてしまうという、マンガチックな性格だが、実はみなさんもそのような経験をお持ちではないだろうか。

 昔、流行した歌に植木等の「スーダラ節」というのがあった。「わかっちゃいるけどやめられない」という文句が大いにアピールしたものだ。

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情熱と好奇心と恐いもの見たさ625

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深見東州の「大創運」(41)

 幕末の英傑・吉田松陰は「かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂」と詠ったが、人間には、理屈通りの行動を潔しとしない部分がある。それをたとえれば情熱という言葉で表現することもできよう。あるいはまた、好奇心といった言葉で表してもよい。

 「恐いもの見たさ」という習性も人間にはある。ホラー映画を観にいって、思わず手で顔を覆う子どもがいる。「それなら観に来なければいいものを」と思いつつのぞきこむと指の間から、しっかりとスクリーンを見詰めていたりする。

 こういったあい矛盾する行動を取りながら、人間は一歩先へと足を踏み出すのだろう。

 さて、話を袋小路に戻すが、趣味で袋小路に飛び込んでしまう場合はともかくとして、古今東西の賢人たちも、一様に同様の経験をし、苦しみあがき、どう抜け出せばいいのかを思い悩んだようだ。

『易経』の中に「遠からずして元へ復る」という言葉がある。

 本来、人の生きる正しい道があるのだが、この道を見つけるには、さまざまな修業を積まなければならない。

 その間、人は、深山に迷い込んだ状態で、自分の進むべき道を模索しなければならないのだ。

 「よし、こっちが正しい道だ」と見当をつけて、歩み出しても、どうも様子が違う。さてどうすればいいのか。

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ヤバイと思ったら、すぐ引き返して原点に帰れ626

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深見東州の「大創運」(42)

 山登りの達人は、このような状況に立ち至った時は、即、元の場所に帰る。

 様子が違うとわかったら、それ以上深入りはしないのだ。

 様子が違うけど、ひょっとしてその先に道があるかもしれない、といった可能性の少ない期待を抱いてなおも前進すれば、間違いに気づいた時、帰りの道を見失ってしまうことになる。ヤバイと思ったら、すぐ引き返して原点に帰れというのが『易経』の教えていることなのだ。

 最近、一般大衆の投資熱が盛んだが、儲ける人と損をする人のパターンはだいたい決まっている。儲けるといっても、もちろんリスキーな場面に遭遇するし、損もする。ただトータルでみれば、必ずプラスになっている人のことであるが、彼らは、ひとつの思いに固執することをしない。

 ある会社の株が値を下げていく。会社の状況を調べると、好材料が少ない。起死回生の可能性もないわけではないが、その可能性はあまりないと見れば、多少は損でも株を手放してしまうから、損を最小限にくいとめることができる。

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執着して希望的観測で自分をごまかす627

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深見東州の「大創運」(43)

 ところがこだわり続ける人は、事態を自分の都合のいい方に解釈する。

 もし、今、株を手ばなしたら損をする。しかし反騰するまで待てば、儲かる。そうみずからを思い込ませて、損の度合いを大きくしてしまうのだ。

 確かにそういう現象もないとはいえない。

 しかし、少ない可能性に賭け、大きな可能性を見落とせば、トータルで損をするのは目に見えているのである。

 また、損をすることを絶対的にマイナスだと考える人も、儲け組に回ることはできない。

 損をしたくない一心で全体が見えなくなる。「木を見て森を見ず」の譬えに陥ってしまうのである。

 ところが、損も修業のうち、痛い経験をすれば、次に失敗することはないと思えば、気が楽になるし、こだわりなく退くことができるのだ。これができる人が儲け組の人なのだ。

 これを私は、前述の「心外悟道無し」という心の切り替えの大切さから、一歩、現実面に踏み込んだ言葉として、「大局を押さえて観自在たれ」「要点とは、こだわりなき心に浮かぶ菩薩なり」「しっかりせよと気をはずす」などと言っている。もちろん私の作った言葉であり、鑑定客に対して、その場で即妙に出てくる言葉である。

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至善にとどまるとは628

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深見東州の「大創運」(44)

「至善にとどまる」とは

 自分の誤りに気づいたら「元へ復(かえ)る」ことが大切だが、そういう気持ちをもって、改めて自分自身を見つめると「あれも間違い、これも間違い」。間違いと誤りの中に埋もれて愕然とすることがある。

 だが、ここで絶望する必要はない。誤りがわかるということは、それだけ修業を積んだということなのだから。

 修業を積んでいない者は、誤りどころか、誤りの意味すらわからないことが多い。

 さて、さまざまな誤りに気づいたらどうすればいいか。まず、前述した「遠からずして元へ復る」という実践からなのであるが、この次の段階として『易経』には、「繁く元へ復る」という言葉がある。「あっ、いけない」と思った時に、必ず元に帰ることを習慣づける修業を積めといっているのだ。「繁く」とは「遠からずして元へ帰る」頻度が、非常に多いことを意味している。

 卓上計算機で計算している時「アレ、ヘンだなァ」と思うことがある。最近、計算機がどんどん小型化しているので、指でキーを押しまちがえることが結構ある。

 「指の太い人のことを考えて作ってるのかなァ」と、不愉快になるが、それはさておき、こんな時は、御破算にして計算しなおすのが最も手っ取り早い。

 どこで間違えたのかとあれこれ思いわずらう前に、原点に立ち戻ってやり直してみることが、作業効率を高める方法なのである。

 この行為が、間髪を入れずできるようになった状態を、

「繁く元へ復る」という。

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今度は元に篤く復る629

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深見東州の「大創運」(45)

「ふとした思い」ということについては、他の箇所でもたびたび述べているが、「おかしい」と直感したなら、時間的に良かった状態に即戻ることができれば、誤りによって受ける損害はきわめて微少なものになるはずである。

 このレベルの修業を積むことができたならば、次に「篤く復る」という段階になる。「篤く」とは「繁く」が極まって、帰り方の回数から、帰る時の速度や確実性が加わっている状態である。そして、いよいよ究極の段階に入る。

「至善にとどまる」という儒教の言葉がそれである。つまり、何を行っても元から出ない、中心から逸脱しないということである。『論語』の「欲する所に従えどもこれ矩を踰えず」ということも「至善にとどまる」であり、『中庸』の「中」にあたるというのも「至善にとどまる」である。至善とは何か。これ以上の善はないという状態である。

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至善-究極の善とは630

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深見東州の「大創運」(46)

 これまでたどってきた修業の道は、常に、中心と本質に向かって、行き過ぎたり、行き足りなかったりした行動であった。時計の振り子をご存じだろうか。エレクトロニクスの発展に伴って、最近の家庭では振り子のある時計を見なくなり、子どもに「振り子とは何ぞや」と尋ねてもわからない。

 パチンコの玉に糸を付けて、天井から吊したものを振り子と思っていただけばよい。「繁く復る」のは、振り子が左右に振れる状態である。「元に復る」の元とは、地球の中心に垂直な位置である。振り子は左右に振れながらも、かならず、この元の位置を通過する。

 「繁く復る」とは、パチンコ玉を吊した糸が中心に向かって振幅が小さくなると、中心付近では、中心に帰る回数が多くなる。この状態を考えればいい。振れの振幅が小さくなると同時に、振れる回数が多くなる。右へ振れたかと思った瞬間、元の位置を通過し、さらに振れたかと思うと、あっという間に、元の位置に戻ってくる。

 さらに、しばらくすると、中心付近の振れ具合は目にも止まらぬようになる。そしていよいよ振り子は右にも左にも振れなくなって、真中で静止するのである。この状態を「至善」と呼ぶのである。

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