お金になって初めて真の才能だといえる801

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大金運」を紹介しています。徳分について、努力のしかた、金の動かし方、金運と前世、金運のゲットのしかたなどについて解説しています。

深見東州の「大金運」(16)

 では、いかにすればチャンス到来の時に、一二〇パーセントの力を発揮できるのか。また、チャンスを勝ちとり、それを維持するにはどうしたらいいのか。そのあたりを、次に探ってみることにしよう。


第一章 幸せになれる儲け方と使い方


確実に金運へ変わる才能と適性

器用であることと才能があることとはまったく違う

 手先が器用な人、なんでもかんでも上手にこなしてしまう人と、才能のある人は、表面だけ見るときわめてよく似ているが、中身はまったく違う。

 いわゆる器用な人-これは、単にのみ込みが早くて、人より指の関節が素早く動くだけであって、それがプロとして通用するかといえば、そんなこともなく、趣味や特技の域を抜けきれない。

 ところが才能がある人というのは、プロとしての実力があり、その技術はなかなか真似できない。当然、世間の人たちはお金を出しても、その才能を買おうとするのである。つまり、器用はお金にはならぬが、才能はお金になるのである。

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金になるとは社会が評価し認めているということ802

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深見東州の「大金運」(17)

 お金になるとは、いかなることであろうか。人々が生命の次に大切にしているお金を出して依頼するほど、社会はその能力を評価し、認めているということである。私の救霊の弟子に七澤公典氏がいる(氏は、かの「与作」を作詞、作曲した人。作曲に関しては私の先生にあたる)。彼は、慶応大学を卒業した後、音楽家の道を歩んだのであるが、その彼がいうには、

「いろんな友人を見ていて思うことは、どんなに不器用な人でも、真剣にギターをコツコツと一〇年やっていたら、必ずプロのギタリストになっていますね。LPレコードを何枚出したとか、ヒットチャートにランクされた、と華々しい活躍はなかったとしても、少なくともギター一本で飯をくっていくことは可能ですね。しかし、その一〇年がなかなか続かないのです」

 二~三年やったぐらいの実力なら、ちょっと器用な人ならすぐ真似できる。しかし、一〇年一生懸命やった人の実力には、少々器用な人が逆立ちしてもかなわない、腕の差があるのである。誰も簡単には真似できない、その人だけがもっている実力。だから、その人にお金を出してお願いするのである。

 プロの道は厳しい。それは、お金を払うに価するかどうか、スポンサーの目が厳しいからである。その目に立派に応えて、相手に「なるほど、素晴らしい」と感動させる実力を、常にここ一番という時に発揮できないといけないのである。まぐれ当たりは、本物ではない。

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財力にならない能力は本物ではない803

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深見東州の「大金運」(18)

 お金を出す人の価値観とニーズを知って、期限内に常に最高のデザインを提供できるプロのデザイナーと、単にデザインが好きで、美術学校にいっていたというデザイン好きな人とでは、心構えにおいても、日頃の努力においても大きな差がある。それが、ますます実力、能力の違いとなってあらわれるのである。前者は、常に顧客の厳しい目の中にあって、そこで勝負しなければならず、妥協は許されない。もし顧客の目に応えられなければ、他の業者に仕事は発注されてしまう。だから、強く研ぎすまされた精神力が必要となり、こうした鍛錬が、才能をより一層伸ばし、それが金運につながっていくのである。

「器用貧乏」とはよくいったものである。だから器用だけが取り柄の人は十分に気をつけて頂きたい。あれこれ移り気せず、ひとつのことに集中し、大成するまで頑張る(最低一〇年間は頑張ること)ということが大切である。多才な人は、このように一〇年で一芸ずつ、着実にプロとしての道を完成させていくべきであろう。

 その意味で、自分自身にどんな才能、能力があるのかをしっかり見きわめ、器用という次元にとどまらないように精進努力するべきである。「芸は身を助く」ともいう。才能を磨いて、せめて芸を完成させるぐらいにまでしておけば、食いっぱぐれないということである。財力に代えることのできない能力というのは、つまりは本物ではないということなのだ。

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に生きることそのものが幸せ804

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深見東州の「大金運」(19)

能力だけで、金運をあえて無視する人生もまたよい

 世の中には、人もうらやむような才能の持ち主がいるものである。文章はうまいし、英語もペラペラ、記憶力も抜群だし、人柄もよい-ところが、なぜか貧乏長屋に住んでいる、という人もいる。

 先ほど説明した「財力につながらない能力は本物ではない」という内容と少々矛盾する話であるが、明らかにプロの才能と呼べるものをもっていながら、財に恵まれない人はいるものである。理由はしごく簡単である。金持ちになりたい!という欲望がないからである。自分の才能を伸ばしたい、そして、に生きることそのものに幸せを感じるという意識が強くて、金運をことさら招こうとはしないのである。

 したがって、こういう人は別段、金運に恵まれないからといって、不幸だと感じていない。自分の才能を磨き、そして伸ばすことが至上の幸福だと信じきっているのである。金よりも、もっといいものが他にあるという人は、往々にしてこうだ。将棋の坂田三吉や関西落語の桂春団治などが、その部類に入るのではないだろうか。金運があっても、こうしてあえて金に生きない人生もまたよい。本人がそれで幸せならばそれでいいのである。お金とは、そもそも人が幸せになるための物質的手段に過ぎないからだ。

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才能が本物なら必ず認められる時が来る805

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深見東州の「大金運」(20)

 しかし、本当に能力のある人物は、たとえその本人が生きている間は裕福でなかったとしても、必ず子孫は富を得るようになる。生涯、苦労を重ねて小説を書き続けたが、いっこうに世の人々に認められなかったものの、死後、作品が高い評価を受け、そのために子供や孫に印税が転がり込むことだってあるのである。

 このように、ズバ抜けた能力を持つ人は必ずしも裕福とは限らないが、いつかはその才能が認められる時がくるものであり、その時に金運も開花するのである。むしろ、生前、金儲けに走らずに、じっくりと才能を伸ばすことのみに全勢力を注ぎ込んだからこそ、死後、人々に認められるような作品を残せたともいえるのである。

 そう考えると、世の中は実にうまい組み合わせになっているものである。

 また、せっかくの財産を、恵まれない人々に分け与えたりして、自分は貧乏暮らしに甘んじている人もいる。こういう人は、死後、第三天国へいける。

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才能は前世の修業のたまもの806

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深見東州の「大金運」(21)

才能前世の修業のたまものである

 ところで、才能とはいったいどこからやってくるのであろうか。たいていは、生まれ落ちたときから、すでに才能の芽は身に備わっているものであり、才能がなければ、いくら本人が好きな分野にあって努力したとしても、現世においては、さほどの実績を残せないのが常である。たいていの男の子は小さい頃、将来は野球選手になりたい!と思っているが、せいぜい中学のクラブどまり。プロになれるのは、ほんの一握りである。野球はまだわかりやすいが、どうみてもその分野の才能がないのに、一生懸命に努力している人を時々見かける。本人には大変失礼だが、もっと別の、才能に合った方面で力を発揮されればよいのに、などと思ってしまう。

「そういうことをいったら、努力する甲斐がないではないか」

 とお叱りを受けそうであるが、さにあらず、もう少し、私の話を聞いてほしい。

 神霊界から見ると、才能とはその人物の前世の勉強や特技、あるいは努力といったものに大きく影響されている。前世とは文字通り、その人物が生まれる前の人生であるが、前世と現世の人物が同一かといえば、そんなことはない。前世の自分の要素が残っているのだ。拙著『強運』でも説明したが、前世の魂は、現世の人物の脳の奥底、一般にいわれるところの潜在意識の中に住んでいるのである。

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前世が中国の史家、司馬遷807

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深見東州の「大金運」(22)

 たとえば漫画家の松本零士氏は前世が中国の史家、司馬遷である。司馬遷と松本氏はまったくの別人であるが、歴史を発掘しようとする司馬遷の意識は今も松本氏の潜在意識の中にあって、松本氏が歴史に対して、強烈な興味をもつように仕向けているともいえるのである。

 また、今までに私が前世を鑑定させていただいた人の中では、ファッションモデルの山口小夜子さん(前世は、かぶき踊りの創始者・出雲の阿国)や作家の林真理子さん(前世はフランス人で、弁護士で教育者、しかも文筆家でもあるラ・ブリュイエール)などは、現世で才能を伸ばして発揮している職業と、前世が非常に深く関わっていると言える。もちろん、前世に名を残した人が今世にも名を残し、前世に無名だった人が今世も無名とは限らない。むしろ、その逆の方が多いくらいである。神霊界の法則から言えば、一般に、無名の時に徳と精進を残した人は、それが積み重なった次の世では、よき名を残すことができる。ところが、名を成した時に、徳分と精進を残さなかった人は、次の世では無名で過酷な生涯を送ることになるのである。ところで、人は前世と共通する職業につき易いというのは、決して偶然ではない。というのは、前世の意識が本人に「なんとなく、こういうことがやりたいなあ」と思わせるのである。この「なんとなく」というあたりが、実は前世の意識なのである。理論や理屈では割りきれない部分、ここが大切なのだ。

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来世に残す三つの徳分808

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深見東州の「大金運」(23)

 だから、あなた自身がなんとなく気が向く、興味が湧く、好きになる、勉強もしないのに結構成績のあがる課目があるというのは、前世にその分野で一生懸命努力して、才能を伸ばそうとしていたのだと考えられる。だから、現世もその分野に全力投球すれば、前世でやり遂げられなかった、偉大な実績を残すことができるかもしれないのである。

 つまり、才能の完成をマラソンレースにたとえるなら、すでに前世で二〇キロぐらいを走り終え、あなた自身は残りの二二キロを完走すればよい、というわけである。


来世に残す三つの徳分


 これを逆に考えれば、来世のため今、預金(才能)を残しておくことも可能である。現世ではチャンスに恵まれなかったが、来世は必ず人々の頂点に立つような能力をもって、生まれようというわけである。こういう発想方法を、日本人はあまりやらないが、中国人や韓国人は日常的に考えている。自分から後七代目に、国家的な人物を作るために、徳を積み重ねていこう、というわけである。そのために、今から準備しようというのだから、気が遠くなるほど根気があってスケールが大きい。

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人生二万年計画809

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深見東州の「大金運」(24)

 私も、これに見習って、後の世にを残すだけでなく、人生二万年計画というものを打ち出している。つまり、再生転生を二万年ぐらい繰り返して努力を続ければ、必ずやお釈迦様やイエス様を追い越し、ミケランジェロやダビンチもしのぐことができるだろうという夢である。根気が、長くかつ強い者が最後に勝つ、と信じているからである。

 実は、これぐらい遠大な人生計画を立てると、臨終の日まで前向きの努力が可能であるし、この本に書いておいても、二万年も経てば、私がこんなことを宣言したなどとは、きっと誰もが忘れているだろうから、ま、安心である。ともかく、この目標で日々精進努力しているのである。この点に関しては、中国人に勝っていると思うのだが……。

 さて、本題に戻ろう。

 現世の努力が来世、あるいは霊界で活かせるものは三つある。

 ●学問
 ●芸術
 ●信仰
 
 である。学問とは探究心であり、理解度であり、咀嚼力であり、努力する姿勢である。世にいわれる、「生まれながらにして頭のよい子」は、前世、かなりの勉強家であったと考えてよい。

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学問・芸術・信仰810

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深見東州の「大金運」(25)

 次の芸術とは、俗に、「センスがいい」ということになる。音感がいい、色彩感覚が鋭い、鑑賞眼がある、自然を限りなく美しいと感じる、などである。

 最後の信仰心とは、仏様やお地蔵さんを見ると、思わず手を合わせてしまうといった意識である。また、心がとても素直で、ストレートに神仏を感じられることも、やはり前世の信仰心のおかげだといえる。

 以上の三つの要素は、きわめて感覚的な世界である。この感覚的な世界は、すなわち御魂の世界なのである。ここで会得したものは永遠であり、霊界にも、来世にももっていける。無形の宝物であるといえるのだ。それだけに、なかなか結果や実績としてあらわれにくく、一概に努力といっても、一週間汗水たらして労働したら賃金はいくら、という具合にはいかない。自分の感覚を研ぎすませながら、少しずつ世に通用するべく努力を積み重ねていかなければならないのである。

 しかし、この三つを高めていくことは人生におけるところの「徳分」を積むことにもなる。むしろ、天国に宝を積むという視点からすれば、徳分はどんな黄金よりも価値があるといえよう。はっきりいって、徳分は金運に勝るのである。が、見方を変えれば、徳分を積みさえすれば、金運はあとから自動的についてくるものだ、ともいえるのである。

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