保科正之と吉川神道1028

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「それからどうした」を紹介しています。幸せについて、人生でいかに選択するのか、などが解説されています。

深見東州の「それからどうした」(72)

 保科正之公は、当時、吉川惟足という人が教えていた吉川神道を学び、免許皆伝を受けた。この吉川神道は、宋学を神道に取り入れた神道学派であるが、その吉川神道を学び、そしてそれを自らの政治の中で生かしたのである。社会福祉、老人福祉、児童福祉に力を入れて、実に見事な福祉制度を作り上げたのだ。

 例えば、もしも飢饉になった時のために貯えておこうというので、毎年の収穫米のなかから、必ず何年蔵という形で残した。そして、本当に飢饉になった時に、この貯蔵していたお米を皆に与えたということである。

 当時は、現代と違ってお米の出来、不出来は天気次第だっただけに、しばしば飢饉に襲われて多数の死者が出るなど、多くの悲劇の原因となった。それだけに、この保科正之公の行いは大変に優れたものであったと言える。近年、たった一夏の冷夏のせいで、国産米がなくなって大騒ぎをしたことがあったが、そうした米不足をもたらしてしまう今日の日本の農政より、三百年前の保科正之公の治政のほうが優れているとは、情けない話だ。

 もちろん、こうした他人のための思いやりは、子供たちの躾、教育の中で徹底されていたから、ある時、幕府が日本の藩の中でどの藩に親孝行な子供が多いのかを調べたところ、会津藩が一番多かったそうである。

 会津藩は、明治維新の際にも、最後まで、幕府と朝廷が平和に話し合い、政権を譲るようにと奔走したために、朝敵の汚名をきせられて、ついには白虎隊のような悲惨な戦いを行うことになった。あの徹底して藩に準ずるという精神の背景には、上記のような背景があったのである。

(つづく)

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魂を磨くとカルマが変わる(1)1029

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深見東州の「それからどうした」(73)

魂を磨くとカルマが変わる

 世の中に、完全無欠な人間は一人も存在しない。例えば、

・胃腸が弱い
・もう少し頭が良かったら……
・積極性が欲しい
・ヤセたい
・血圧を下げたい
・お金が欲しい
・地位が欲しい
・身長が欲しい
・両親が欲しい
・美男美女で生まれたかった

等々、あげれば切りが無い。隣の芝生はきれいに見え、他人のお菓子はおいしく見えるように、人間の欲望には限りがない。

 さして肥ってもいないのに、ヤセたいという欲望が強くなると、やがて拒食症になってしまう。

 無理に身長を伸ばそうとして、首を吊ってしまった少年もいる。

(つづく)

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魂を磨くとカルマが変わる(2)1030

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深見東州の「それからどうした」(74)

 権力の魔力の、お金の魔力にとりつかれて、転落していった人は数知れない。

 もちろん、このような欲望だけでなく、交通事故で親兄弟を亡くしたり、生まれつき、心臓や肝臓が悪かったり、あるいは、四肢に障害を持って生まれてきたりする人たちもいる。

 このように、人によって様々なハンディキャップがあるのは、人がそれぞれ違った前世のカルマを背負って生まれてきているからだ。

 過去世のなかで、自分自身が蒔いた種や、あるいは先祖が蒔いた種の結果として、現実界(現状)がある。「どうして、こんな悪い運命を背負って生まれてきたんだ」と、世を呪い、神様を呪うのは、見当はずれというものなのだ。

 また、福祉はもちろん必要だが、自分はハンディキャップを背負っているのだから、自分よりも健常な人たちや社会が、救いの手を差し伸べてくれるのは当然である、といった考え方も誤っている。

 全ての人が、形や現れ方は違っていても、いろいろなカルマを背負って生きている以上、そのカルマをどのように受けとめて生きていくのか、ということが大切なのだ。

 カルマに背を向け、消極的に根暗に、世の中やご先祖様を恨みながら生きたのでは、次に転生再生した時には、もっと醜いところに生まれてくることになる。

(つづく)

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魂を磨くとカルマが変わる(3)1031

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深見東州の「それからどうした」(75)

 カルマや人生から逃げないで、前向きに、魂の錬磨に励み、自分のやれる範囲の世界で努力することで、自分の未来を変え、晩年を変え、来世を変えることができるようになっていく。

 社会福祉といえば、誰もが国の問題だと考えてしまうが、そうした国の問題と同時に、カルマという形でハンディキャップを背負った私たち一人一人の、強い意志と忍耐力、自立心もまた大切なのだ。

 「臭いものにはフタをする」といった、日本の権力者や庶民の生活の知恵は、長い間、大きくて重いカルマという形でハンディキャップを背負った、社会的弱者と呼ばれる人を、社会から隔離してきた。

 それはあたかも、今まで自分が見ていた世界、生きていた世界が、自分が目を閉じさえするなら、全て見えなくなって虚構の世界になる、と考えるのと同じことなのだ。しかし実際には永遠に目を閉じ続けることはできないから、いずれ目を開く時が来て、開いた時には元のままの、少しも変わっていない世界が待っているだけのことである。

 こうした考え方は捨てて、健常者と非健常者が一緒に社会生活を送れるような方法を選ぶべきだろう。

 そのような社会になって、初めて私たちは、自分のカルマを静かに見つめることができるようになるし、大きなハンディキャップを背負った人たちの自助努力に、協力の手を差し伸べることができるようになり、自分自身の魂を錬磨し、徳を積み、来世を変えることができるようになるのである。

(つづく)

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徳の積み方-陰隲録1032

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深見東州の「それからどうした」(76)

陰隲録(いんしつろく)講話にみる徳の積み方

 明の時代に、袁了凡(えんのりょうぼん)という人がいた。

 お母さんの実家が医者だったため、家業を継ごうとして、医学の勉強をしていたという。

 ある時、仙人かと思えるような白髮のおじいさんがやってきて、了凡にこう言った。

「私は、中国で当代随一といわれる易の大家です。百発百中、あなたの未来を占ってご覧に入れましょう」

 と、袁了凡の年齢、母親の年齢、父親の年齢から家庭の人数までピタリと当て、さらには病気をした時の年齢や、細かな癖まで当ててしまった。

 そこで袁了凡が医学を志していることを話したところ、その老人は、

「それは止めなさい。本来あなたは官吏に向いている。今すぐ医学の勉強は止めて、官吏の勉強をしなさい」

「しかし、私の家は医者ですから、志を変えるには母の承諾が必要です。それほどまでにおっしゃるのでしたら、どうか母を説得して下さい」

(つづく)

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徳の積み方-陰隲録(いんしつろく)(2)1033

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深見東州の「それからどうした」(77)

 そこで老人が母親を説得し、

「それほどおっしゃるのなら、息子の天命を信じて官吏の勉強をさせましょう」

 と母親も納得、袁了凡は官吏を志望することになった。

 当時の中国では、科挙という厳しい試験によって官吏に採用され、昇進するしくみになっていたが、その仙人は袁了凡が試験で何点をとり、何番になり、給料はいくらもらうのかということも、さらには次の試験の点数から、一生の全てについてまで、予言したのである。おまけに残念なことに袁了凡には子供ができないまま、五十七歳で死ぬことまで付け加えたのである。

 一度目の試験も、二度目の試験も、どちらも仙人の予言通りになったものだから、袁了凡はすっかり運命論者になってしまった。人の運命はもう決まっている。あの老人のいう通りにしかならないんだと、あきらめてしまったのだ。

 そんなある日、袁了凡が廟で禅をしていると、雲谷(うんかい)禅師という有名な禅のお坊さんがやってきた。この高僧が一緒に参禅しようということで、三日間ともに座禅を組むことになったのである。

(つづく)

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徳の積み方-陰隲録(いんしつろく)(3)1034

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深見東州の「それからどうした」(78)

 その一緒に座禅を組んだ三日間、袁了凡の心には、余計な雑念、妄想、人生の迷いというものがおよそ無かった。その心が静寂そのものであることに雲谷禅師は感嘆して、袁を讃えた。

「私も長く禅坊主をやっていますが、あなたのように何の雑念もなく、妄想もなく、静かな捨てきった心の持ち主は初めてです。一体どこで、そのような修業をなさったのですか」

 得たり、とばかりに袁了凡は次のように打ちあけた。

「実は、これこれといったわけがあって、私の一生はもう決定しているのですから、今さら悩むことは何もないのです。ですから、私は満足しています」

 すると、雲谷禅師はいよいよ感心すると思いきや、カラカラと笑って、

「この愚か者め。それでは何のために生きているか、わからんじゃないか!」

と言い放った。

 そして昔の聖賢、仁者、仏門に仕えた人たちの例を挙げて、徳を積むことで天の命数を変えるということの大切さについて、教え諭したのである。

(つづく)

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徳の積み方-陰隲録(いんしつろく)(4)1035

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深見東州の「それからどうした」(79)

「そうか、これではいかん。徳を積めば、自分の運命はいくらでも変えられるのだ」

と悟った袁了凡は、雲谷禅師に言われた通り、自分独自の「得点表」を作った。

 仮に、死にそうな人を救えば一五〇点、壊れかかった神社の修理をすれば八〇点、寺院を修理すれば七八点、死にそうな動物を救えば一五点、というようにあらゆる善根功徳を分類して点数化したのである。

 そして、それを手がかりにして、今日は何点、次の日は何点、といったように毎日毎日思う限りの徳を積むことを楽しんで、過ごすようになったのである。

 そうしたところ、仙人の予言は次第に外れるようになっていった。給料も増え、子供も生まれ、人生はより幸せになっていき、そして袁了凡は八十六歳まで長生きすることができたのである。本来の寿命より三〇歳近く長生きしたわけだ。

 この袁了凡の一生は徳を積むことで運命を改善し、造命することができた見本と言える。

(つづく)

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自分の命を救うには1036

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深見東州の「それからどうした」(80)

清水次郎長の生命を救ったもの

 徳を積んで運命を改善したのは、何も袁了凡だけではない。日本にも、有名な人がいる。その人こそ、誰あろう、清水の次郎長。講談や浪曲でも有名な、大親分である。明治維新の後は山岡鉄舟の頼みを聞いて、富士の裾野の荒れ地を開墾したことで名高い。

 この次郎長が、まだ名も知られていない、単なる町内の暴れん坊にすぎなかった若い頃のことだ。あるお坊さんが、清水港を通りかかって次郎長の顔を見て、

「私は長年にわたっていろいろな人の人相を見てきましたが、一度もはずれたことはありません。特に、人の死相については自信があります。お気を悪くされるかもしれませんが、あなたには死相が出ています。それも、この一年以内に亡くなるものです」

 と言って、立ち去った。失敬な坊主もいたものである。

 若くて血気盛んな次郎長は、「何をクソ坊主が、いいかげんなことを言いやがって」と思った。無理もない。一年以内に死ぬ相が出ているなどと言われたら、考えれば考えるほど薄気味悪く胸に残る。

 気が短くて、言葉よりも手を出すほうが早かったくらいの暴れ者であっても、死相が出ていると言われると、どうしても気になる。

(つづく)

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自分の命を救うには(2)1037

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深見東州の「それからどうした」(81)

 それまでは、死ぬことなど何とも思わずにケンカをしていたのが、死相のことを考えると、何となくそれまでのように命がけのケンカはできなくなって、無意識のうちに安全なほうを選ぶようになっていった。

「そうか、あと一年か。悪ふざけで言ったように見えなかったし、あれだけ自信をもって言うところをみると、あながちウソではなさそうだ。本当のことかもしれない……」

 そこで、どうせあと一年の生命なら、自分の全財産を一年間で使いきってしまおう、と心に決めて、米問屋という家業をやめ、飲む打つ買う、と遊んで暮らすことにした。

 もちろん、貧しい人たちにはタダでどしどしお米を与え、お金も与えた。このため清水港の人たちの次郎長を見る目が変わっていったのである。

 酒を飲み、バクチを打ち、ケンカをするのは今までと変わらないが、貧しい者、弱い者を助けることで、庶民にとってはかえって頼りがいがある守護者となっていったのだ。

 すると、どうしたことだろう。予言の一年を過ぎても死なないばかりか、二年たっても死なないではないか。

(つづく)

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