どんな事も無駄にはならない1066

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「それからどうした」を紹介しています。幸せについて、人生でいかに選択するのか、などが解説されています。

深見東州の「それからどうした」(110)

読んだ知識を血の中に入れる

 普通の人の読書というのは、知識が脳神経の中に詰め込まれる。そして、頭の中で色々な念とゴチャゴチャになって、大事なときに必要なことがなかなか出てこない。

 ところが、私の場合、知識が血液の中に入るのだ。これを私は「御魂の恩頼読書」と呼んでいるのだが、魂・霊体というのは、物質化すると血液になるのである。そして、必要な時に必要な箇所が必要なだけ出てくる。こうして血液となった知識は、十年たっても二十年たっても、決して忘れることはないのである。

 御魂の恩頼とは、簡単にいえば魂の栄養ということだ。

 その本が役に立つか立たないか、有意義か有意義でないかは、その場の判断ではかわらない。今すぐには必要でなくても、ずっと後になって、その知識が生きる場合もあるだろう。これは読書に限ったことではない。一見無駄と思えるような単純作業でも「御魂の恩頼にならしめたまえ」という気持ちでやっていると、それが全部魂の栄養になるのだ。

 世の中のどんな事でも無駄な事というのはない。つまらない掃除でも、つまらない電話の取り次ぎでも、こんなもの何になるのかと思えるようなことでも、一生懸命にやればすべて御魂の恩頼となる。そして、今までしてきたことのすべてが、必ずあとで活かされることになるのである。

 話を元に戻すが、霊媒体質を改善するには、神様に向かって真剣に強い意志で祈り続けて、霊障をはね除けるような神気をいただくほかはない。そうすれば、私のように体質をプラスに活かすことができる。しかし、そのためには、

「絶対にこの体質を乗り越えるんだ!」

 という、一時的なものではなく継続していく強い気迫と深い求道心がなければ、とても乗り越えることはできないだろう。

 それができるまでは、常に只今只今を真剣に生きて、悪霊に寄りつく隙を与えないことだ。霊媒体質の人は特にこの心がけが大切である。

(つづく)

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血脈のつながりをたどり子孫に取り憑く1067

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深見東州の「それからどうした」(111)

因縁の糸をたどる霊

 私達は誰でも自分自身の前世の因縁と、家代々の因縁を背負って生まれてくるのだが、霊の中には、家代々の血脈のつながりをたどって、その家の子孫に取り憑くものもいる。

 それは、低い霊層に行った先祖と、その家の先祖に対して強い恨みを持つ祟り霊である。

 先祖の霊が、なぜ子孫に憑依するのか不思議に思うかもしれない。もとより、霊界で真面目に修行をしているご先祖様の霊(中間より上の霊層へ行った先祖霊)は、この世に迷い出たりはしない。では、どんな先祖が霊界の法律を破って、この世にやって来るのか。それは、地獄に堕ちて、その苦しみから逃れようと抜け出してきた霊たちである。

 生きている人間の世界では、「遠くの親戚より近くの他人」などと言うが、自分が苦しい立場になって本当に困った時には、親戚でも友人でも、どんなに遠くても助けてくれる人のところに行くものである。まして霊は想いそのものの存在だから、物理的な距離など全く関係ないのだ。そして、霊界では時間・空間にしばられることもない。だから想えば一瞬にして想った対象のそばにやってくることができるのである。

(つづく)

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なぜその先祖は地獄におちたのか1068

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深見東州の「それからどうした」(112)

 話は戻るが、何代も前の先祖の霊が、この世に知り合いがいるわけもない。助けを求めるのは、当然血縁をたどった子孫ということになる。

 ところで、世の中には殊勝な人もいて、子孫として、苦しんでいるご先祖様を救うのは当然のことだと考える方が少なからずいるらしい。そういう方は、毎日、一生懸命先祖供養をしているようだ。しかし、ちょっと考えていただきたい。

 何故、その先祖は地獄に堕ちたのだろうか。

 彼らはこの世に生きている時に悪業を積んで人々を苦しめ、地獄でその贖(あがな)い(=罪をつぐなうこと)をしているのである。その先祖を恨んでいる霊も多いだろう。家代々のカルマを作り、彼らを恨む祟り霊に子孫が苦しめられているのも、元はと言えば、彼らの行いに原因があるのだ。

 もちろん、そうした地獄に堕ちた先祖が居る因縁の家に生まれるというのは、自分自身の前世の業ではある。しかし、だからといって霊界法則もよく知らないまま、やみくもに悪霊を助けようとするのは、やめたほうがいい。彼らに意識を向け、同情した分だけ、余計に取り憑かれて、結果として運が悪くなるし、病気にもなるからである。その先祖霊は、結局、自分が救われたいという自分のことしか考えない者達だからである。

 そんな先祖の霊に比べれば、まだ祟り霊のほうが同情の余地はある。何代にもわたって祟り続けるからには、それなりの理由があるのだ。

(つづく)

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祟り霊は同じことを取り憑いた人間にする1069

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深見東州の「それからどうした」(113)

 あなたの先祖に、それ相当のひどい仕打ちを受けたのである。しかし、これは親が悪いことをしたからといって、その子供をいじめるようなものだから、やはり筋違いだといえる。

 祟り霊は普通、自分がされたのと同じことを取り憑いた人間にしようとする。自分が肉体を持っていた時と同じ苦しみ、死ぬ時に抱いた悲しく悔しい想いを、因縁のある人の運命に同じように反復させようとするのだ。

 たとえば、男女の葛藤に苦しめられた霊ならば、その人間の異性関係をことごとく壊すことで恨みを晴らそうとする。騙し討ちに遭った霊なら、謀略を巡らせて罠にはめたり、事故に遭わせようとするし、自殺した霊は、取り憑いた人間を自殺させようとする。

 また、頭のいい霊は、自分の祟る力が弱いと思えば何でも利用して、取り憑いた人間を不幸に追い込もうとする。他の霊を呼び寄せて背後から操ったり、木を伐らせたり井戸を埋めさせたりして(木霊の祟り、井戸霊の祟りによって)、運命を狂わせようとすることもある。こうなると巷の霊能者では、とても霊の正体を見破ることなどできないだろう。

(つづく)

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運気の隙を悪霊が狙う1070

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深見東州の「それからどうした」(114)

運気の隙を悪霊が狙う

 本人が想念を正しく持ち、常に前向きな姿勢で明るく生きていれば、浮遊霊や地縛霊に取り憑かれるということは、あまり心配しなくてもよいだろう。

 しかし、因縁を辿ってくる祟り霊の場合は、本人の想念などには関係無く一生懸命祟りに来る。それでも、元気に明るく過ごしている間はあまり霊障は出ないものだが、人間誰でも嫌なことがあれば、どうしても気持ちが暗くなるものだ。そんなときには、ここぞとばかりに祟り霊は色々なことを仕掛けてくるし、他の悪霊もその機に乗じてスッと入り込むことがある。そうなると、今まで上向きだった運命の歯車が微妙に狂い出し、思いもどんどん暗いほうへと引きずられていくようになる。

 また、どんなに運の強い人でも、業が噴き出してくる時期というものがある。

 因縁というのは、ある程度数値に置き換えることができる。前世で積んだ徳分をプラス、業をマイナスとして計算すれば、今生で引き受けなければならない因縁というものが算出されるのだ。オギャアと生まれたその日から、だいたい何年何月頃に、どういう災いに遭うかということは決められている。これを天の命数という。

 この天の命数にしたがって、悪因縁が吹き出す時期を、大殺界だとか天中殺と呼んでいる人もいる。いわゆる凶運期(衰運期)だが、大殺界も天中殺も古くからある四柱推命の空亡のことである。

 また、厄年などもその代表的な時期だ。

(つづく)

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凶運期の現れ方は人によって異なる1071

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深見東州の「それからどうした」(115)

 ただし、凶運期も人によって、何が具体的に形になって現れるのかは異なっている。それまでずっと調子の良かった人は一時的に運勢が停滞するが、今までずっと冴えなかった人の場合、凶運期を境にかえって運が上向きになることもある。これは、その人が長い時間をかけて少しずつ因縁を解消していった結果なのだ。

 また、大きな災い(死ぬような目に遭うなど)を受けた後から、突然、運が良くなる人もいる。こうしたことを、厄が払えた、などと言うが、実際まさにその通りで、業が災難による苦しみで一度に消えてしまったからである。

 いずれにしても、悪霊はこの業が吹き出す時期というのを見計らっている。霊はこの世の存在ではないから、その程度の予知は簡単にできるのだ。そして、ことあるごとに様々な布石を打ちながら、どうやって苦しめるのか、ちゃんと計画を立てているのである。

 不幸というものは、それが日常的な状態になると不幸としてはあまり感じなくなるものだ。人にとって一番辛く感じられるのは、幸福の絶頂から真っ逆さまに突き落とされた時である。

 例えば、恋愛をして何年も愛を育んで、周囲の人からも祝福されて、いざ結婚という段階になって、婚約解消などでドーンと一気に奈落の底に突き落とす。あるいは、仕事でも何年もかけて成果を積み上げ、信用を得て、いよいよ大きな取引がまとまるというところでスコーンとぶち壊す。悪霊はそうしたドラマを演出するのである。

 こうした計画を未然に防ぐためには、やはり今憑いている(かどうかは自分では自覚できなくても)低級霊を、一度、除霊によってきれいに除く、大掃除をしておかれることをお勧めする。どんな人でも必ず、多かれ少なかれ家代々の悪因縁の影響を受けているので、除霊を受けることで曇り空が快晴になったような、心の中のすがすがしい変化に驚かれることだろう。

(つづく)

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霊は祓えばいいというものではない1072

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深見東州の「それからどうした」(116)


霊は祓えばいいというものではない

 最近は雑誌などに、霊と交流したり、悪霊を祓うマニュアルのようなものが載っていることがしばしばあるようだ。

 この際はっきり申し上げておくが、素人の方が遊び半分で霊の問題に直接かかわることは大変危険である。絶対にやめたほうがいい。特に相手が悪霊だとわかっていながら、ちょっかいを出すというようなことは、もう自殺行為と言ったほうがいいだろう。

 では、いわゆる霊能者の先生にお願いすれば、大丈夫なのかというと一概にはそうとも言い切れない。確かに、霊能者といわれている人はある程度霊が見えたり、霊の声が聞こえたりはしているようだ。しかし、そのほとんどは、キツネやヘビ、そしてタヌキなどの低級霊か、邪神界の魔物が憑いて見せているのである。つまり霊に使われているだけなのだ。

 それでも念の弱い浮遊霊程度ならば、祓い落とすことはできる。しかし、祓われた霊はどこへ行くのだろうか。その霊能者に憑依してくれればまだいい。だが、多くの場合は再び本人のところに帰ってくる。あるいは、近くにいる霊媒体質の人にすぐ憑いてしまうのである。これでは霊障のタライ回しだ。

 こうした、霊視ができたりお祓いをする霊能者は、物の考え方や言動が社会の常識から逸脱している場合が多い。

(つづく)

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他人に対する最低限の礼節があるか1073

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深見東州の「それからどうした」(117)

 口では愛と調和を説きながら、その行動がエゴイスティックであったり、他人に対する最低限の礼節さえ欠いているようならば、これは間違いなく低級霊が背後に憑霊してやらせていると考えて間違いない。その人の生き方や人格の基礎になっている性格が、低次元の霊界の波長と同調するため、いくら修行をして霊能を開発しても、本人のレベルに相応しい霊しか呼ぶことができないのである。

 いや、むしろ、低級な人格のまま霊能開発(霊的に敏感になる)の修行をするため、すればするほど、低級霊ばかりを呼び込んでしまう磁石のようになっていると言うべきだろう。

 しかも、これは本人が自覚していない場合がほとんどだから、余計に始末が悪いのである。

「私は天照大御神です」

 とキツネが言っても、本人がそれを審神(霊を見分ける事)する知識も霊力もないのだから、その声の主を本当の神様だと信じ込んで、舞い上がってしまうのだ。そして、あとはと言えば、もうただキツネの言いなりになるだけである。

(つづく)

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低級霊はむやみに干渉する1074

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深見東州の「それからどうした」(118)

 また、こうした低級霊は、お前はこうしなければならない、これをやれ、あれをしろとやたらに干渉してくることが多い。悪霊は肉体を持たないことに苛立っているので、自分の想いを実現させることを焦って、色々と命令するのである。しかし、本当の高級霊や神様は、本人の自由意志を尊重し、時間をかけてじっくりと御魂の完成へと導いていくものなのである。

 こうした低級霊や魔物に操られている霊能者も、除霊をするし、病気治しや予知のようなこともする。しかし、それは決して本人の幸せを願ってのことではない。有り難がって通いつめているうちに、通う人の心は、霊能者に憑いている低級霊や魔物にどんどん侵されていく。気がついた時にはもう、手遅れ、ということにもなりかねないので、くれぐれもご用心いただきたい。


悪霊を救済することの意味

 あらためて申し上げるが、私も霊能者である。したがって、当然、救霊(除霊)も行っている。ただ、実際に霊を霊界に連れて行くのは正神界のご神霊であり、私はその「お取り次ぎ」をさせていただいているのである。

 これが霊力で霊を祓うのみの一般に行われる除霊と、人が愛と真心によって神霊を動かし、神霊のお力(神力)で霊を救う除霊(私たちが行う救霊にあたる)の大きな違いである。

(つづく)

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霊の怨念を和らげ改心させる1075

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深見東州の「それからどうした」(119)

 前者は、怨念霊が一時的に離れるが、また再びより強い怨みを抱いて帰ってくる。一方後者は、霊が改心し反省して人の体から離れていく(霊界に帰っていく)のである。どちらが良いかはもう言うまでもないだろう。

 救霊の本義は文字通り、霊を救うことにある。つまり、霊界に苦しむ人々から霊を取り除くだけではなく、霊の怨念を和らげ、必ず改心までさせる。霊界の法則を説いて、本来所属すべき霊界に戻るように説得して霊を救済するのである。

 怨みの念が解けた霊は、霊格が上がるので、多くは地獄から中有霊界下層あたりまで、神様に引き上げていただける。そこで本来の修行に努めることになるので、再びその霊が人間に憑依するということは滅多にない。

 しかし、強い怨みや暗い想念を持つ霊は、いくら霊界の法則を説いてもなかなか納得しようとはしないものだ。この時大切なのは、傷ついた霊の魂を心からいたわり、癒してあげることである。愛と真心を尽くして霊の気持ちを受け止め、霊の想念を転換させていくのだ。

 これが本当の除霊であり、正しい救済法なのである。そうすると、除霊(救霊)を受けた人には、必ずなんらかの良き運命の変化が起こってくる。それも救霊は受けた本人のみならず、周囲まではっきり気づく程、好調な運命に変わってしまうのである。

(つづく)

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