努力しても伸びない人(2)1211

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「絶対運」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「絶対運」(135)

「そうだよ、人の足引っ張ってまで出世なんてサ、みっともないよ」

「まったくだよ、営業の田村なんか、課長にゴマばっかすってサ、見ちゃいられない……」

「気分悪いよナ、今夜はウサ晴らし、パァーッとやっか」

 パァーッとやれば見事なのだが、実際は屋台でいつまでもウジウジ、ジメジメ……。独り暗い部屋に戻って、呟く。

「あーあ、世の中ってつまんねえな。俺って不運だなあ。金持ちの未亡人でもいねえかなあ」

 こんな日々のくり返しをしているうちは、なかなか金持ちの未亡人とも巡り会えないだろう。第一、金持ちの未亡人が何も好んでうらぶれた屋台にわざわざ遊びに来るはずがないではないか。

 目標に向かって努力する意欲すらわかない。じつはこれで多くの人たちが悩む。だが、成果があがるほどの自力が出る前に努力を放棄してしまうのだ。

 しかし、「努力しただけ成果があがった」となると、もうしめたもので、次のステップに飛躍するのは、それほど困難なことではない。

(つづく)

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なぜ努力できないか、それは徳が足りないから1212

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深見東州の「絶対運」(136)

 では、なぜ努力する力を失うのか。

 賢明な読者諸兄はご存じのように、徳が足りないからである。

 成功の法則やツキを得るために著されたハウツウの出版物はいろいろあるが、この徳について正面からとりあげているものは数が少ない。想念の使い方など心の技術的なノウハウには詳しくても、それからのテクニックを支える徳を正しくつかまないと、現実的にはあまり得をしない。

 この徳、あるいは徳分によってあなたの自力運と他力運はどうにでもなる。つまり、徳分を積む量にそって自力運が高まり、他力運が引っ張り出されてくるのだ。

 これまでどんなに成功するハウツウやツキを呼ぶ技術を学んでも、少しも効果があがらなかったとしたら、この「徳」に対する考えが欠落していたからだ。

 では、徳をどうしたら積めるのだろうか。

 まず、徳の三つの種類からみていこう。

(つづく)

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徳には三つある1213

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深見東州の「絶対運」(137)

この三つの徳があってこそ一流の人物になれる

 いちがいに徳というが、これは三つに分けられる。

 まず、人徳がある。

「いやあ、まことに申しわけありません、私の不徳のいたすところでございます」

 と深く頭を下げる、あるいは下げるふりをする政治家やビジネスマンの姿をよく見る。不徳とは人徳に欠けることをいうが、一方、こういう表現もよく聞く。

「Xさんは、たしかに人徳はあるんですが、なかなか世の中では報われませんね。能力もけっしてライバルのYさんに劣らないんですが、どうしてもYさんの方が目立ちます」

 これも日常でよく耳にする会話である。

 人徳があって才能があっても、ライバルのYさんにつねに負けているXさん--、そんな人はわれわれの身近にもいるはずである。

 この人徳というものは、自分自身を修養して高めている人格面をいう。その人物の人間的色あい、魅力をさしているのだ。

(つづく)

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地徳が社会的成功を左右する1214

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深見東州の「絶対運」(138)

 しかし、人徳なんてものは、宗教的あるいは修身教科書的な評価でしかなく、実生活に何の役にも立たないと言う人もいる。Xさんのように、人徳はあっても恵まれない人がいるのが、なによりの証拠というわけだ。

 しかし、真実はそうではない。

 人徳があっても恵まれなかったりツキがないのは、もうひとつの徳が足りないからである。

 それが第二の徳、地徳(ちとく)である。

 この地の徳というのは、前世において自分がどれほど徳を積んできたかという過去の徳分のことである。

 イラストレーターの横尾忠則さんのことにふれたが、氏の場合は前世において七万人ほどの人を救済したという徳が、「地徳」である。それに加えて現在の己を鍛錬するという人徳があって、今日の氏の隆盛を築いているのだ。

 この地徳の有無が、社会で才能が認められて開花・結実するかどうかに関わってくるし、また、ツイている人とツイていない人との違いとなるのだ。

 三つめが、天徳である。

(つづく)

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天徳は信仰と人の救済から1215

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深見東州の「絶対運」(139)

 三つめが、天徳である。

 この天の徳は、神の道に生きようとする人間、根源的な信仰力を持っている人間に備わるものなのである。神仏に深く帰依しているとか、天の正しき道を貫いて生きてきたとか、あるいは神様仏様に対して功徳を積み、信仰力を磨き錬磨し、一人でも人を救済してきた人は、天の徳が授けられているのである。

 この天の徳を持つ人は、悟りとか叡知やパッとひらめく発想、才能、霊的な素質を有するとともに、危急存亡の折にも助けを得られるのだ。

 世で活躍する一流の人物というのは、たいていこうした、人・地・天の徳を兼ね備えているのである。


あなたの方向性を三つの徳に合わせよ

 たとえば、天の徳があっても地の徳がないとすれば、あなたの望みは世の中で結実・成就しない。「発想・ヒラメキは抜群だけど、どうも現実に役立たないんだよなあ」と言われるのがオチである。

 地の徳があって天の徳がなかったらどうなるか。

「あいつ、何をやっても結構うまくいくけど、スゴイ発想で時代をリードするといった、叡知の香りみたいなものとはまったく無縁なんだよな。才能があっても、あれが限度だぜ」

 人徳がないと、

「たしかに彼は成功しているかもしれないけど、あんなに狡猾で悪辣だといい死に方しないね。見ていてごらん。そのうちポックリ……」

 こんな声が聞こえてきそうだ。

 人・地・天の徳のバランスがよく揃っていない人は、世間からのにぎやかなヤッカミや批判を浴びることになる。

(つづく)

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人・地・天の三つの徳がそろって完璧になる1216

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深見東州の「絶対運」(140)

 さて、いかがであろうか。

 徳には三つあり、それぞれの働きがおわかりいただけただろう。人・地・天の三つの徳が調和し揃って、初めてより完璧になるのである。

 人間誰しも完璧な存在ではないが、少なくともどうすればそうなれるか、それに近づけるかの方向性がはっきりしたのであるから、今こそあなたの努力目標を徳を得る方向にピタリと定めることだ。

 自分にはどの徳が足りないか。まずその弱いところを発見して、そこを補強することである。

 というと、前世の不徳を今生で補強することができるのかと疑問が出よう。勿論できるのである。そのことは次の章で詳しく述べることにしよう。


失敗したとき立ち直る簡単な方法

 たとえ徳分があっても才能があっても、失敗するときには失敗する。まったく失敗しないということはない。

 大切なのは失敗したときにどうするかということなのだ。

(つづく)

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私はこれまで失敗したことがない1217

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深見東州の「絶対運」(141)

 一度大きな失敗をすると、もう再び立ち上がれない人もいる。また、一度は立ちあがって頑張ったものの、再び失敗し、それ以降沈んだままの人もいる。三度失敗して以後、すっかりやる気をなくす人もいれば、何回失敗してもモグラ叩きのモグラのように必ずどこかでひょいと頭を出して、結局は失敗を乗り越えていく人と、まさに千差万別である。

 しかしもっとも多いのは、二、三回ぐらいでノック・ダウンしてしまい、あとはひたすら臆病になって、鳴かず飛ばずの人生で終わってしまうというタイプだ。

 世の成功者というよりも、もはや世界的偉人に数えられる故松下幸之助氏は、こう言い切った。

「私はこれまで失敗したことがない」

 ええッ!?と驚くか、ホントかなと疑ってみるか、ふーむなるほどと感嘆するか、あなたはいずれであろうか。

 ここに、失敗したときの答えがある。

 いわく「失敗しないことである」

(つづく)

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失敗は実は大成功の基礎1218

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深見東州の「絶対運」(142)

 しかし、これではまったくの禅問答だとお叱りを受けそうである。松下幸之助氏の「私は失敗したことがない」というセリフの意味は、そのときは失敗に思われたことが、結果としては大成功の基礎、あるいは材料になっていたということなのだ。そのときは失敗にみえたが、じつはそれがなければ以降の創意工夫はなく、発展もなく、強さもなく、結局は何事も結実・成就することなく終わってしまうことになる。失敗で終わる人と成就を得る人との決定的な違いがそこにあるのだ。

 いかに失敗にみえようとも、それは成功への準備であり、トレーニングと思えばいいのだ。

 あなたの守護霊が高級霊であり、しかもあなた自身に大きな力が秘められていれば(というよりも大きな能力を持った人には、それにふさわしいさらに力のある守護霊がつきそっているものであるが)、そんな場合には、あなたは何回も失敗をさせられ、幾たびも困難な状況に追い込まれるものである。

 なぜか。あなたを徹底的に錬磨し、眠っている能力を引き出し、ゆるぎない本物の実力を養成するためである。

 ピンチのあとにチャンスあり、というではないか。

「よしヤルゾ!ピンチをチャンスに変えよう」という勇猛心をふるい立たすとき、はじめて大きな他力が働いてくるのだ。

(つづく)

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他力を動かすのは「勇猛さ」1219

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深見東州の「絶対運」(143)

 その大きな他力が発動するとき、失敗は失敗でなくなり、結実・成就へのひとつの素材となるのだ。その強烈な他力に点火するのが、あなたの「勇猛さ」なのである。つまずき、失敗したと思ったとき、人はあれやこれや言うだろう。その一つひとつに気をとられていたら、ひたすら滅入ってしまうばかりである。

 そんなときは、しばらく「見ざる・聞かざる・言わざる」のおサルになるか、前にふれた四勿主義でゲンコツ握って耐えるか、六根清浄をぶつぶつ言うか。はたまた天衣無縫な生活の中で優しく強いあの良寛の詩でも口ずさんでいればいい。


不倒翁に題す

人の投ぐるに任せ 人の笑うに任す

さらに一物として 心地に当るなし

語を寄す 人生もし君に似せなば

よく世間に遊ぶに なに事かあらん


「おもちゃの起上がりこぼしクンよ、人にどうされようと任せっきりで、まったくなにこども意(心地)に介さない。お前さんのように過ごせば、この世に何も困ることはないなあ」というわけである。しかし、もっと勇ましく生きたいというのであれば、かの山中鹿之介が火を吹く思いで言っている。


憂きことのなおこの上につもかれし

限りある身の力ためさん


 身のひきしまる覚悟である。いずれにしてもこうした決意があるとき、他力運がグンと強力パワーを発揮して、あなたのピンチを救ってくれるのである。

(つづく)

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他力運には、正と邪の二つがある1220

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深見東州の「絶対運」(144)

他力にはいい他力と悪い他力がある

 ところで、ここまで読み進まれたあなたは、神仏に祈り、ツキを呼ぶことも他力ではないのだろうかと、疑問に思われたのではなかろうか。

 たしかに他力である。

 ふつうにいえば、他力とは神仏に頼ることと解釈されるから、間違いではない。

 しかし、神様仏様に祈ればツキを呼ぶことができるという形で他力運をとりあげなかったのには理由がある。それでは正しい自力運も他力運も得られない場合がほとんどであるばかりか、危険な他力運があなたにつく場合も少なくないからである。

 そのことを詳しく知るには、神界・霊界と現界の三極の仕組みを正しく理解しなければならないが、それについては拙著『神霊界』(たちばな出版)にゆずり、本書では、他力運に必要なところだけをみてみたい。

 他力運には、正と邪の二つがある。

 ではその正・邪はどこで分かれるのか。

 たとえば、ある人が強運を願い、金運が欲しいと熱望し、○○神社に行き、お賽銭を出して一生懸命祈ったとする。すると霊験あらたか、さっそく金運に恵まれ、仕事も順調……。これは有り難い。さすがに○○の△△様、すごい霊力と、うれしくなって今度は、お賽銭だけでなくサービスに油揚げも捧げようとまたお参りに行く。すると以前とまったく同じ仕事のやり方なのにすべてが好調で金もよく入る--、こんな幸運はない。順風満帆、どんどん調子がよくなる。ところが人間、調子がよくなると昔のことを忘れる。○○神社への参拝もついつい欠かすようになり、しまいにはその神社のことも、多忙にまかせて忘れてしまったとしよう。

(つづく)

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