自分がまいた種は自分で刈るしかない1262

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「絶対運」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「絶対運」(186)

 それには二つの方法がある。

●消極的因縁解消法

●積極的因縁解消法

 善因善果・悪因悪果は、くり返すのがこの宇宙の絶対の法則である。

 泣いても笑っても、播いた種子はいつか自分が刈りとらねばならない。

 それが神様がお決めになった法則なのである。したがって、この世のどんな不幸も、それはかつてあなたが作った原因によるものだと腹をくくることだ。逃げるわけにはいかないのである。

 では、消極的因縁解消法とは何か。

 不運になることである。むろん自ら不運になることではなく、もし、今あなたが不運ならば、そのこと自体がすでにカルマの解消を行っているということなのだ。

 不運であるそのこと自体が、消極的、すなわち受身の形でカルマを解消しているのである。借金を自分から返済しているのではなく、かつて借金をしたことを忘れていて、借金取りに訪ねてこられていやいや返済しているようなものだ。

(つづく)

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不運の程度から因縁の重さがわかる1263

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深見東州の「絶対運」(187)

 どれくらいの借金か、どれくらい深い因縁かは、不運の度合いによってはかれる。それを重い順に列挙してみよう。

1 死
2 貧窮 貧乏のどん底
3 病気 事故
4 不運な人間関係
5 適性のない仕事

 二番目の貧乏と三番目の病気は、その度合いによって順位が入れ替わる場合がある。

 不運な人間関係とは、職場であれ家庭であれ、信頼されないとか、悪評に泣くとか、あるいはいつも同僚と対立し孤独であるとか、家庭でつねにいざこざがあり夫婦ゲンカ、親子ゲンカが絶えないといったことだ。

 この中でもっとも軽いのは、好きでもない仕事に就き、仕方なく生活のために働くという場合である。

 こういう不運に見舞われたとき、もし自暴自棄になったり、己の不運を呪い、周囲を憎んだとすれば最悪である。せっかくその不運によって過去のカルマが清算されるという絶好のチャンスに否定的になってしまっては、まったくの逆効果であるからだ。ひとつの不運がきたら、「あ、昔の借金の返済ができた、何もしないのに有り難いことだ」と、感謝するぐらいでなければならない。そのためには、カルマ=業の仕組みをよく自分に納得させておくことだ。

(つづく)

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積極的因縁解消、布施1264

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深見東州の「絶対運」(188)

 そして、「災難に遇う時期には災難に遇うがよく候 死ぬる時期には死ぬるがよく候」という良寛和尚のことばを、もう一度よくかみしめたい。


カルマ解消には業を上回る徳を積め

 では、積極的因縁解消とは何か。

 それは、業と同じくらいの徳を積極的に積むことである。

 不運とは、自分が苦しんで業をあがなうという消極的なものであったが、もう一方で、徳分を次から次に積むことでカルマを早いスピードで解消し、場合によっては、福徳というおつりをいただけるようになる。そうなるとしめたもので、運命の歯車は幸運のほうへ大きく回転しだして、いよいよ加速度がつき、爆発的な、しかも本物の強運となる。

 徳分は三つの方法で積む。

●体施

●物施

●法施

 施すこと、布施をすることは耳新しいことではないと思うが、少々説明しておこう。

(つづく)

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物施による徳積み1265

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深見東州の「絶対運」(189)

 体施とは、体を使って労働奉仕をすることである。たとえば上野公園の出入口や駅前の広場を、せっせと掃除をしてきれいにするとか、新宿の公衆便所を毎日毎日、きれいに磨きあげるといったことを、一年間とか二年間とかの期間中、続けて行うことである。

 隣の寝たきり老人の食事を作ったり下の世話を二、三年、無報酬で、しかも人に自慢することなく黙々と続けるのも体施であり、徳分が確実に積みあげられていく。

 しかし、仕事を持ち家庭もあったりすれば、そういう気持ちはあっても、実際にはなかなか体施などできないのが現実である。

 そんなときは、一番簡単な物施をやればいい。物施とは、お金や物品で施しをすることである。忙しくて身体を使った徳積みができない場合には、自分の収入の中から、お玉串とかお布施をするのがそれである。

 この物施は、体施よりも実行しやすいが、しかし、それほど徳分にならない場合がある。たとえば神様にお捧げするお玉串を審神してみるとわかるのだが、「この程度の金を包んでおけばいいだろう」とか、「これだけ包むのだからちゃんと功徳も大きいんだろうな」とか、ひどいときには「どうせ金儲けなんだろ、つきあいで恵んでやろうか」といった気持ちが入っていたりする。残念なことだが、こういう物施はほとんど徳分にならないのである。

 そこには神様への真心と愛念がひとかけらも込められていないからだ。

(つづく)

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捧げさせていただくと考える1266

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深見東州の「絶対運」(190)

 布施ということばに象徴される神仏に対するあり方を理解できないからだろうが、神仏や相手に恵んでやるという気持ちがあるとき、もはや布施ではなくなる。そうではなくて、捧げさせていただくと考えなければならないのだ。

 功徳を積ませていただくのである。

 カルマを解消させていただくのである。

 恵んでやるという態度と徳を積ませていただくという姿勢とでは雲泥の差がある。

 法施とは、神仏や真理の道を説くことによる施しである。

 和顔愛語(わげんあいご)。

 これも施しのひとつである。いつもなごやかで優しい表情で人を迎え、愛念に満ちたことばで他人に接する。接した人は心なごみ、ことばによって勇気づけられる。これであなたはひとりの人をささやかながら救ったことになる。

 真の施しの行為のなかには、神と人に対する至誠・愛念とともに、つねに感謝の心が込められているのである。

 だから、つねに強運の人は感謝に生き、不運のひとは怨嗟に生きている。

 運・不運の分かれ道は、日常のそういうところにはっきりとあらわれてくるものだ。

(つづく)

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霊障で不運になっている場合も多い1267

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深見東州の「絶対運」(191)

霊障で不運になっている場合も多い

 救霊や先祖供養についての正しい理解がないのは、人間は死によってすべてが終わりだと思い込んでいて、それ以後の世界がこの世と同じように続いていることがわかっていないからである。

 死後、肉体という衣を脱ぎ捨てた霊がどのように生きていくかがはっきりとわかれば、それらの霊にどう対応すればよいかも理解できるはずだ。だが惜しいことに、現代人は目先の物質的世界の繁栄のみにとらわれて、感性を鈍らせてしまっている。じつは、その物質的繁栄も正しい神霊界のあり方につながっていて、もしあなたが不運であるとすれば、霊的な障害が原因であることも多いのである。

 そのために救霊と先祖供養が必要になる。つまり、死後、霊界で迷い続けていたり、あるいは神の道、人の道にはずれたり、他に迷惑や不幸をもたらす生き方をしたために地獄界で苦行している先祖や、事故死・変死によって霊界に行けずこの地上にとどまり苦しんでいる霊たちが、子孫であるあなた、あるいは血縁関係の有無にかかわらずあなたについて救いを求めている場合がある。これが霊障である。

 こうした霊障を除き、しかも苦しんでる霊を救うために救霊活動が存在し、先祖の供養があるのだ。しかし、救霊や供養の目的に気をつけなければならない。苦しんで人々に災いをもたらしている霊を救い、さとして霊界に送ることを救霊の目的としなければならないのだ。

(つづく)

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追い払うだけの除霊は一時的なもの1268

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深見東州の「絶対運」(192)

 霊能者が霊力をもって追い払うだけの除霊は一時的なものであり、けっして真の霊の救済にならないのである。

 そうした霊の救済のひとつである先祖の供養は、墓地よりも仏壇を中心に考え、まつり方の法則にしたがう。死後三十年以上たった人は、何々家先祖の霊位という位牌の中に、三十年未満の場合は先祖のそれよりやや小さな位牌に戒名(法名)を、黒地金文字で書く。

 またご主人のほうの仏壇に、奥さんのほうの先祖を一緒にまつるようなことはやめるべきだ。奥さんの実家がまつっていないためどうしても位牌を作る必要があるならば、仏壇を別々にすることである。一緒の仏壇にすると、奥さんのほうは居そうろうの気分になり、ご主人のほうは迷惑がるからだ。

 夫婦関係、家族関係の悪化や体調の不調も、正しいまつり方をしないための先祖の戒告であったり、前に述べた浮かばれない霊や浮遊霊やたたり霊による障りである場合が多いのである。

 根気がなくいらいらする、人生がはかなく感じられて死にたい、努力・向上・意欲などという前向き、発展的な気持ちが起きないとといったことも、不運であるとともに霊障が原因である場合が多いので、正しい神霊能力を持った人たちに相談してみるほうがいい。

(つづく)

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霊界や神界にも通用する財産1269

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深見東州の「絶対運」(193)

霊界や神界にも通用する財産とは何か

 あなたが自力運をつけ、同時に他力運も呼び込んで強運になったとしよう。そんなあなたに対して「一体何をしたいのか」と問うたとき、どう答えるか。

 地位・財産・名誉・あるいはもっと美味しいものを食べ、自由に性欲を満たし、いい服を着て、すばらしい家に住みたい。そんなもろもろの欲望を満足させて幸福になるため、と答えはいろいろあるかもしれない。

 だが、これらの欲望のすべてを達成したとき、人は虚無を感じるはずである。その一方で、その虚無を一生に一度でよいからたっぷり味わってみたいと熱望する方もおられよう。

 それはそれでよい。そのために強運を身につけるさまざまなことを、本書でとりあげているのだ。

 しかし、私が自力運・他力運といった二極から強運を説いてきたのは、それなりの私の願いがあってのことなのである。それは何か。長続きする幸せを得てほしいと思う気持ちである。長続きする真の幸せとは何かをとらえながら、ここで私は私の密かなる思いを今あなたにはっきりお伝えしなければと思う。

 人間が生きるということは、現実の世界・霊界・神界の三極が深く相互にかかわりあっているのだから、この三極に通用する幸福を築きあげるべきではないか、ということだ。

(つづく)

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永遠の財産、永遠の宝物とは何か1270

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深見東州の「絶対運」(194)

 現実も幸せであり、霊界でも幸せというのが長続きする幸福である。そして、生まれ変わり死に変わりして輪廻転生をくり返すとき、魂が本当に喜び、また現実のこの世に受け継がれてくる永遠の財産、宝物は何かといえば、学問・芸術・信仰の三つである。

 生まれながらにして芸術的感覚の鋭い人もいれば、信仰に篤い人もいて、真理の探求に深い喜びを見いだす人もいる。

 モーツァルトがわずか四、五歳で作曲したという例を引くまでもなく、人々は天賦の才を持つ。それは前生での才能の錬磨の賜物なのだ。生まれつき「歌がうまい」「絵に天分がある」、あるいは「霊感が鋭い」などというのは、すべてその本人が他生でなしとげ獲得した能力なのである。

 現実の世界で何かの刺激を受け、あるいは訓練して、それらが花開くとすれば、それは魂の世界の記憶と経験が才能の根源となっているということである。

 地位・名誉・財産や肉体などは一時的なものであり、霊界にまで持っていくことはできないが、あなたが錬磨・修練して得た学問・芸術・信仰する力などは、そのまま霊界に財産として持っていくことができる。

 強運になるためには、「まず自力をつけよ」「自力運を高めよ」と言ったのは、自力によって得られる学問・芸術・信仰の力が長続きするものであり、それらが本当の高級神霊界、つまり天に通じて天運そのものをいただけるからだ。

 それが本物の幸運であり、幸福でもある。

(つづく)

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自力と他力とを融合する1271

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深見東州の「絶対運」(195)

自力と他力が完全一体化するとどうなるか

 日ごろから私は、

「霊能力や超能力の時代は終わった!これからは、すばらしい万能の人となる、神人合一の時代だ!神人合一をしてあなたも日本と世界を良くしよう!」

 と書いたり、語ったりしている。

 わずかばかりの霊視ができたり、ちょっとした予知能力を自慢してみたり、金属を曲げたり、体を浮かせたりが騒がれる時代ではもはやない。今は人類救済、文明文化創造の大神力、大弘通力を発揮する能力を持つ人の時代だと言いたいのである。

 それが神人合一した人の能力である。それはけっして、禅でいう「見性成仏」のレベルのそれでもなく、密教系のいう「即身成仏」のレベルでいう神人合一でもなく、ましてやメディテーションなどでいう「宇宙意識」といったレベルではない。

 たとえば、天津神、国津神、仏界、ヨーロッパ神界、インド神界、中国神仙界、あるいは極微神界など、大宇宙のあらゆる次元の神々と合一したレベルであり、かつてのモーゼや出口王仁三郎、弘法大師、日蓮上人、聖徳太子といった人たちのように、それぞれの時代を切りひらいていく偉大な霊的能力と現実的能力を兼ね備えていなれればならないのだ。

(つづく)

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