お前は糞をたれるか、ええたれます1383

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「宇宙からの強運」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「宇宙からの強運」(109)

「うん。ところでお前は糞をたれるか」

「ええ、たれます」

「じゃあ、その周辺を綺麗にしなさい」

 次は便所掃除というわけだ。

 これを六年間。こんなことをして何になるのか、というところからまた始まって、きれいとか汚いとか、そういうことも感じなくなるぐらいまで自然にできるようになった時、その人も悟りを得たということだ。


生活に応用できなければ意味がない

 私も会社をやめて、神仕組だ、神人合一だ、と大きな夢と理想を持って植松先生のところへ来て、さて何をしたかと言うと、一年間洗い物ばかりしていたのだ。

 同じやるのだったら、リズミカルにということで、南無妙法蓮華経のリズムをとったり、時々南無阿弥陀仏にしたりしながら、ただひたすら洗い物に明け暮れていた。自慢ではないが一度もお皿を割ったことはない。急須は割ったが。

(つづく)

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生活の中に全てがあるのです1384

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深見東州の「宇宙からの強運」(110)

 洗濯はもう一人修行者がいたので、後は床掃除。そういう修業をして、それまで色々本で読んだ霊的なことや、分別の知恵で勉強したことを全部頭から拭い去ることがはじまりだったのだ。

 分別の知恵とは、要するに顕在意識の知恵、頭で考えた観念の世界だ。その奥に本当の知恵がある。これが、御魂であり、潜在意識である。陽明学では良知と呼んでいる。分別、人知を超えた全知全能の神様の叡智がそこにあるのだ。

 だから、分別の知恵をなくすために色々なことをする。瞑想もそうだろうし、あるいは発狂寸前までギターを弾くなどというのも同じことだ。禅でも臨済宗では、問答でこの分別の知恵を叩き割っていく。また道元禅師の曹洞宗では、只管打坐、ただひたすら座らんがために座ろうということで、分別を超えることをテーマとしている。

 植松先生はこういう難しい表現は一切言わずに、

「生活の中に全てがあるのですよ」

 とおっしゃる。

「日常生活の中で、あなたのお家、あなたのお部屋、机の中を整理整頓しなさい。それが全ての修業なのですよ」

 と。

(つづく)

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生活に応用できなければ意味がない1385

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深見東州の「宇宙からの強運」(111)

 住まいにこそ、最高のスの神様がいらっしゃる。スが坐す居場所だから、「すまい」なのだ。だから、私も一生懸命、洗い物をして床掃除をした。そして、今もそれが基本であることに変わりはない。

「神人合一の道というのは、生活に応用できなければ意味がない」というのが、植松先生の教えの根幹である。

「生活」とはいかなるものか。読んで字のごとく、生かして活用するということだ。

 学才や学識は本を読んだり勉強をすれば頭には入るけれど、それは全て分別の知恵だ。神人合一はそんなことでは駄目、生活の知恵のない人間は何をやっても駄目だということで、洗い物、床掃除、草むしりなどの生活修業を一年間みっちりとやらせていただいたのである。


修業の眼目は中庸にある

 さて、二年目より社会に出て実践せよ、ということで二十六歳の時に会社を作って、それからずっと今日まで続いている。御神業を続けながらの会社経営で、色々大変なこともあったが、一年間植松先生の元でやった修業は会社経営の中でも大変役に立っている。

(つづく)

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状況に適応すること1386

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深見東州の「宇宙からの強運」(112)

 出した物は片づける、整理整頓をする、ご飯を食べたら食器を洗う、汚いところは綺麗にする。当たり前のことをキチンとやること。さらに機転をきかし、知恵を回して、臨機応変にやるというのは、またビジネスの基本でもあるのだ。

 植松先生のお弟子さんで夕方頃に洗濯物を干す人がいて、

「何故、太陽が出ている時に干さないの」

 と散々先生に叱られていたことがあった。

 このように生活修業ができていない人は、仕事でも、売り上げを上げなければならない時に経理をしてみたり、月末の経理をしなければならない時に、他のことを始めてみたり、というようにタイミングがことごとくずれてしまうわけだ。

 雅楽や能楽には「序破急」という演じ方の基本がある。早い時には早く、ゆっくりな時にはゆっくりと動く。そして、何もしなくていい時は何もしない。

 あるいは「中庸」という言葉があるが、これも本来は右にも左にも偏らず真ん中に行く、というような意味ではない。『大学』『中庸』を勉強すれば分かるのだが、中庸の中とは、やはり早い時には早く、ゆっくりな時にはゆっくりと動く、状況に適応するという意味だ。だから、当たる(中)のである。

(つづく)

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要点を押さえ日常生活で実践する1387

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深見東州の「宇宙からの強運」(113)

 ゆっくりな時に急いで、急がなければならない時にゆっくりしているのは「中」ではない。だから外れるのだ。

 中庸の「庸」とは、「庸言これを慎み、庸行これを誠にす」、つまり庸言(平凡な言葉)と庸行(平凡な行い)にあらゆる修業の眼目があるということだ。

 君子の道、天子の道は、日常生活の何げない言葉とさりげない仕草にその全てがある。どんなに深遠なことを悟っても、生活の中で実践でき、生活に応用できなければ、それを活かすことはできないのだ。


神人合一して万能の人になる

 神人合一とは、人でありながら神様のようになることだ。

 神様のようになるというのは、何でもできる万能の人になるということである。身につけたことを全部能力として開花させることができるようになるということだ。

 その基本はポイントを押さえて、生活の中に実践活用していくこと。生活の叡智を身につけること。その修業は脚下照顧して、自らの日常のたたずまい一つ一つを見直していくことである。

(つづく)

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全ては実践にかかっている1388

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深見東州の「宇宙からの強運」(114)

 本で勉強して大層なことを言えるようになっても、超能力を身につけて未来のことが予言できても、背後霊が見えるようになっても駄目なのだ。神様のお告げで、世の中がどうなるものでもない。全ては、実践にかかっているのである。

 洗い物をしていて急須を割って叱られる。その時、余計なことを考えていた……、それで余計なことを考えながら仕事をしてはいけないということが分かるのだ。そうやって、叱られながら、体得していく。これが全ての修業の基礎なのである。植松先生は「親のしつけ、子どものしつけ」と言うが、私たち当初のお弟子は、そうやって、いつも有形無形のうちに植松先生に育てられてきた。

 そしてやがて、狭い台所でも、ご飯を作りながら、同時に掃除をしながら、片づけ物もしているというようになっていく。ご飯が出来た時には、もうキッチンの拭き掃除も終わっている。流しもピカピカになっている。

「はい」

 と、ご飯を出して、一緒に食べながら、済んだなと思ったらおもむろに片づけだすが、もう最小限しか片づけ物はないので、パッと済ませて、ちゃんと団欒に加わっている。

 ご飯を作ればいいというものではないのだ。

(つづく)

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無駄なく段取りよくやるには整理整頓1389

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深見東州の「宇宙からの強運」(115)

 仕込みに一時間、作るのに一時間かかりっきりで、後片づけも一時間というようにやっていたのでは、生活の中で勉強する時間もない。

 つまり、いかに段取りよく、いかにスピーディーに、いかにポイントを押さえ、いかに無駄がなく、いかに素材を活用して行くのかということだ。これが完璧になるとまさに神技であり、神様の叡智と直結した状態にまで高められるのである。

 そして、スピーディーに段取りよく物事をこなしていくためには、やはり整理整頓ということが基本になるのだ。


整理整頓が基本にして極意

 企業でも優良なところは全て例外なく、この整理整頓が徹底しているようだ。

 京セラ会長の稲森和夫さんは自社の工場を視察に行って、ちょっとでも塵が落ちていると機嫌が悪くなる。だから、会長が見に来るというと工場の人たちは、慌てて散らかっているものを片づけるのだが、

「うーん、大体綺麗に整理されているなー。でもこういう仕事をする人間は、大抵この下あたりに物を放りこんでいるものなんだよね」

 と稲森さんが作業台の下を覗くと、整理されていないものが出てくる。すると、

「これは、整理整頓とは言わない。こんなことだから、生産の合理性も上がらないのだ」

 と雷が落ちる事になる。

(つづく)

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自分の眠っている魂を呼び起こす1390

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深見東州の「宇宙からの強運」(116)

 私の会社にも『整理整頓』と張り紙が貼ってある。そして、「整理整頓、整理整頓」と、口がすっぱくなる程いつも言っているので、聞くほうは耳にタコができたり、イカができたり、墨を吐いたりしているようだ。

 経営のトップの人が見ているのは、簡単なところなのだ。基本となる部分がしっかりとしていなければ、その上に何を載せても、ぐらついて安定しない。結局行きつくところはそこになるのだ。


掃除から神業へ

 整理整頓が大切だということは分かっていただけたと思う。

 しかし掃除をするにしても、「散らかっていると、またお母さんがブーブー言うから掃除をしておこう」とか、「社長がうるさいから、片づけておこう」、あるいは「本に書いてあったから整理しよう」という人がいるかもしれない。それではただ掃除をしているに過ぎない。禅宗では洗い物をすると言ったが、それは単なる洗い物ではないわけだ。

 そうすることによって、自分の眠っている魂を呼び起こすこと、あるいは邪霊を入れないというためにも掃除をして綺麗にするのだということを再確認していただきたい。

(つづく)

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その人のレベルに合った霊が来る1391

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深見東州の「宇宙からの強運」(117)

「ここに、守護霊様、守護神様、そしてスの神様に来ていただくためにお掃除をさせていただこう」

 そう思えば、それは喜びとなるはずである。

 これが神人合一の道の基礎なのだと思って、掃除をし、洗濯をし、洗い物をする。そうすれば、それは単なる掃除や洗濯や洗い物ではなく、「神業(しんぎょう)」なのだ。

 そうした深い意味を理解してやっているかどうか、自分の魂は知っているし、守護霊さんも神様もご存知なのである。これが同じ簡単なことでも、ただの掃除で終わるか、神業になるかの大きな境目となるのだ。

 これをもう少し霊学的に説明すると、神様を迎える気持ちで日常の場を綺麗にしていると、自分の中の御本霊があきらかになり、上半身のあたりがさっぱりとした感じになって、魂が輝いて霊光を発しだすのである。

 その霊光の輝きが守護霊を呼び、守護神を呼び、神気が凝結してくるのだ。そのような状態になれば、おのずと邪気や邪霊は近寄って来ない。少なくとも常にそうした状態を保っているのでなければ、神人合一とは言えないだろう。

 頭で考えて理念で分かっても、神様と一体になりたいと一生懸命お祈りしても、献金しても何をしても、綺麗にして神様に来ていただくという基礎中の基礎ができていないと、邪霊の巣になってしまう危険がある。これが大本教の出口王仁三郎などが当初行っていた鎮魂法帰神術(魂をしずめ、神を降ろして神懸かりになる行法)の問題点でもある。

 最高神というのは呼べば来るというものではない。呼んで来るのは、その人のレベルに合った霊だけなのである。

(つづく)

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霊光の輝きが邪気邪霊を追い払う1392

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深見東州の「宇宙からの強運」(118)

神様は綺麗好き

 霊光の輝きが、邪気邪霊を追い払う。

 だから私も、頭がこんがらがってどういうふうにしたらいいか分からなくなったり、変な霊が寄って来た時は、基本の基本にたちかえるようにしている。窓を開けて突然掃除を始めたり、おもむろに机の引き出しの整理をしたり、洗い物を突如として始めたり。

 それから、丹沢の水でコーヒーをたてたり、スイス風目玉焼きとか納豆梅じそ玉子巻などのお料理を作ったりするのだが、とにかく頭じゃなくて体を動かすことだ。

 するとたちまち霊光が輝きだして、頭もスッキリと整理される。霊的にピシッとするのだ。これが儒学の真髄、禅宗の真髄、神法中の神法なのである。

 その深い意味が分からないから、整理整頓といっても掃除洗濯といっても、なかなか実践しない人が多いのだ。

 運のいい人というのは、いいと思うことをすぐに実践するから、すぐにいい結果が出る。逆に運の悪い人というのは、同じことを聞いても「そうかなぁ」といって、次の日になっても実行しない。それでますます差が開いてしまうのだ。

(つづく)

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