霊媒と神人合一とは似て非なるもの1436

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「宇宙からの強運」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「吾輩は霊である」(39)

 一個人として、今世、自分の魂や芸術性の向上や、世の中への貢献がどれだけ出来たかということが、人間がこの世に生まれてきた第一の目的ではないか。それを考えると、霊に使われただけで満足してしまっているというのは、実に愚かな生き方だと言わざるを得ないのである。

 もう一度言うが、霊媒というのは、その人間を霊が操って言わせている(やらせている)だけであり、神人合一にはほど遠い。人間が神のごとくになり、神が人間のごとくに出ているというのが神人合一である。そこには神と人との区別はもはやなくなる。

 霊媒が神人合一ではない理由は簡単だ。神人合一の場合、神霊と自分が一体になりつつも、最終的には、神の応援を得た自分がする。それが霊に使われている霊媒と、神人合一の決定的な違いである。

 だから、現実において出来る限りの努力を続け、あるレベル以上に到達しないと、神様も神がからないで待っておられる。いつも神がかっているということは、神様の目から見て「よし」というまでのこの世的な努力をいつも行っている人である。この状態において、正しくいつも神がかっている。これが高級な神がかりであり、真の神人合一である。低級な神がかりは、霊のほうからやって来て、ああだこうだとすぐに何でも教えたがる。霊が主導権を持っていて、人を使っているだけだ。

(つづく)

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高級霊はむやみに名乗ることはしない1437

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深見東州の「吾輩は霊である」(38)

 高級霊は人間の魂の育成と自由なる意志を尊重しているので、その人間がぎりぎりまで努力した後でないと絶対にお出ましにならない。いつでもホイホイと出現し、手とり足とり教えすぎることは、その人の魂の育成にならないし、正神界の法則にも反するからである。

 だから「吾輩はショパンの霊だ」とか、「ワシは釈迦だ、イエスだ」と自ら名乗り出て、ベラベラとしゃべるような霊はろくな霊ではない。高級霊は無闇に名乗ることはされないし、自分と同じレベルまで才能や知識を必死に磨き上げてきた人間にしか決してかかって(=合一して)はいけないという霊界法則を、厳しく守っておられるものである。


努力し、十分練ったものでなくては答えない

 私も神霊界のあり方に学び、お弟子がいろいろ私の意見を聞きにきても、「どうしましょうか?」という漠然とした質問にはいっさい答えないことにしている。一方、自分たちで十分考えて、やるだけやって練り出した案を、「これでどうでしょうか?」と持ってきた場合は、即座に右か左かの意見を出すのである。

 これも高級霊が私たちに指導されるやり方と同じであり、努力もしない者に最初から答えを教えて怠け者にしたくないという教育方針があってのことなのである。

(つづく)

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習作を繰り返して大作ができあがる1438

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深見東州の「吾輩は霊である」(39)

 もちろん何も努力していない者には、神仏も私に口を閉ざして何も教えては下さらないので、私自身にいい発想が出てこない、ということでもある。

 神仏がこうされるのも、やはり人としての進歩を願ってのことである。それは最初に述べた、書道の練習に限ったことではない。絵画でも、短歌でも、仕事に関しても同じだ。何事においても、習作の労を惜しむ人間は、高級霊が神がかって神人合一の創作を行うことは決してできない。

 巷の霊能者の中には、「世のため人のためになればと思い、霊能力を磨きました」と喧伝する人物が少なくない。だが、その人物の顔をじっと見てみるとよい。霊能力や超能力を得たいという背景に、もしも「先がわかれば便利だ。人の心がわかれば便利だ」という無精な動物心が見え隠れしていたならば、まるでタヌキの如きお顔をなさっていることだろう。

 人としての努力の輝き、魂が発動した輝きがあれば、高級霊は喜んで降臨され、叡智も神力も惜しみなく与えて下さるはずである。しかし楽をしたい、無精をしたいという動物心には、その心通りの動物霊が憑くばかり。だからタヌキっぽい顔なのである。


習作惜しむなかれ

 習作を繰り返して大作ができあがる。

(つづく)

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習作の労を惜しむなかれ1439

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深見東州の「吾輩は霊である」(40)

 私が書く書の作品の一つにしてみても、何百枚も書きつぶした中の、いい作品を一つだけ書の先生に選んでいただいたものだ。幾つもの中から選んだものを、さらにもう一回推敲し、それからまた推敲し、そして書く。印刷に出して返ってきても、さらにもう一回推敲することすらある。労を惜しむ心根は、神心から離れることに他ならないと、自ら戒めているのだ。

 短歌を作る場合も同じだ。

 言っている意味は同じでも、調べや言霊の響きの妙にこそ、神なるものの息吹きが宿るのである。しかし、あまり言霊の響きに凝りすぎて、意味が伝わりにくくなってもいけない。そのように、俳句でも短歌でも、推敲の労を惜しまない。

 音楽でも日本画でも、油絵でも、そして編み物でも同じである。最後の最後まで精魂込めて煮詰め、やり抜くことを嫌う無精な精神では、神なるものは絶対に動かない。だから、短歌でも絵でも色紙一枚の書でも、秀でた作品ができるまで何度でも何度でも習作を繰り返さなければならない。習作が秀作を呼ぶのだ。そうして、初めて大作が出来上がるものなのだ。

『習作の労を惜しむなかれ』という短い言葉の中には、それだけの神なる教えが入っている。一厘のエッセンスであるが故に、何にでも自在に応用可能な神言なのである。

(つづく)

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圧倒的な量の習作が大作につながる1440

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習作の労を惜しむなかれ1441

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深見東州の「吾輩は霊である」(42)

 私が開発した一つ一つの祈祷会(現在、三百種類以上ある)も、神法悟得会(神人合一の法伝授の会)の神法でも、何の苦労もなくすらすらできたものはない。幾つも幾つも試行錯誤を経て、然る後に初めて、これは間違いない、というものだけを祈祷会や、悟得会として皆さんに発表しているのだ。

 私の作曲した曲の中では、伊勢の楽曲が一番できが良いと言われるが、それまでには、やはり、「剣の舞」、「炎の舞」、「白山」、それから「鹿島」、「箱根」、「伊勢」と、幾つも幾つも習作を重ねてきた。これを称して、「どんどんやればやるほどに、だんだんよく鳴る法華の太鼓」方式という。

 習作を繰り返して初めて大作は仕上がる。

 習作の労を惜しむなかれ。

 高級な神霊は高級な人格に合体してくるが、その高級な人格とは、より低いレベルから、より日常的な努力のたゆまぬ繰り返しによって次第に作られるのである。


高い理論体系を得るには、作者の生き様を知れ

 正しい神がかりについて、もう少し詳しく述べてみよう。

 歴史上の非常に高い人格の霊と合体・合一することは、自分を高める上で最良のやり方のひとつだ。神人合一ならぬ霊人合一というべきか。

(つづく)

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ほとばしり出た言葉1442

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深見東州の「吾輩は霊である」(43)

 たとえば、トマス・アクィナス。この人は中世ヨーロッパにおいて、『神学大全』を著し、キリスト教精神の体系を基礎づけた偉人中の偉人である。この、トマス・アクィナスの境地境涯に近づくには、どうすればよいと思うだろうか。

『神学大全』を読めばよい、と考えた方がいると思う。きっとあなたは、『神学大全』を読めば、彼の理論体系を頭で理解できることだろう。しかしトマス・アクィナスがどういう日々を送ったかまではわからない。『神学大全』は、トマス・アクィナスが生涯かけてキリスト教一筋に打ち込み、没入し、その末に体系づけた、いわば理論的模範解答の塊のような本である。しかし、答えが書いてある本を読めば自分も同じ答えを出せるわけではない。答え(体系)だけを知りたければ、『キリスト教概論』を見れば足りることだ。

 トマス・アクィナスの言わんとすること、その体系の奥にある境地境涯を知ろうと思ったら、その人の生き様をつかむことが大切なのである。元々、バイブルや『論語』などは言行録であって、体系づけてまとめられたものではない。また、お釈迦様の場合も、言行の全てがキチッと法則性を持って体系づけらているというわけではない。しかし、だからといって「釈迦の教えもバイブルも、体系だっていないから尊くない」と言う人はいない。かえって、古来名著と呼ばれるものは、全く体系的でないもののほうが多い。なぜか。

 それは、仏典やバイブルの中身が、全て高い境地境涯からほとばしり出た言葉だからだ。

(つづく)

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大塩中斎の『洗心洞剳記』1443

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深見東州の「吾輩は霊である」(44)

 お釈迦様の言葉も、ほとばしり出た言葉である。そして、そのほとばしり出た言葉を勉強して、ほとばしり出る前のお釈迦様の境地を推し量り、味わい、感じることが重要なのだ。

 孔子の『論語』も、愛弟子たちとの対話の中からほとばしり出た言葉そのものだから、1→2→3と、理論的に書かれてはいない。コーランもそうだ。コーランはご神示そのもので、ガブリエル天使からほとばしり出たものである。ほとばしり出た言葉とは、すなわち言霊であり、命が宿っている。そのほとばしり出たものを勉強しながら、ほとばしり出た息吹きを吸収して、ほとばしり出る前のものを体得する。これが御魂の恩頼を得る読書術である。無論そのためには、『神学大全』などの体系を重視して理論づけられた本よりも、その人の生き様自体がほとばしり出ているような、御魂を揺り動かす感動がある本を選ぶのがよいだろう。

 やはり何百年、何千年も人々の批判の目を乗り越えてきた名著というのは、それは素晴らしい輝きがあるものである。生き様が素晴らしかった人の著書には、命が宿っているのだ。

 近世の日本人なでは、大塩中斎(平八郎)の『洗心洞剳記(せんしんどうさっき)』が陽明学では素晴らしい。佐藤一斎の『言志四録』もいいが、少し理屈が勝ち過ぎているきらいがあるようだ。やはり大塩中斎は、生き様が素晴らしかっただけに、思いの丈を記した著書も光っている。これが西郷隆盛となると、思想は素晴らしいのだが、どうも少々血なまぐさい匂いが拭い切れない。日本の陽明学では、大塩中斎の『洗心洞剳記』が抜群に素晴らしいので、ぜひお読みいただきたい。

(つづく)

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次元の違う本を読め1444

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深見東州の「吾輩は霊である」(45)

 さらに時代をさかのぼり、日蓮上人の御遺文だったら、やはり『開目鈔』だろう。

 日蓮上人の代表的著作には『開目鈔』と『本尊鈔』があるが、とりわけ『開目鈔』は現代語訳でもいいから読んで欲しいものだ。日蓮上人の気迫と情熱が一文一句からほとばしり出てくるのを感じるだろう。それは、命懸けで法を求め、あらゆる弾圧にも屈することなく仏法を広め続けた日蓮上人の生き様そのものであるのだ。

 こうした名著を一心に読んでいる時は、実は書物に宿る著者の霊と感応している時なのだ。だからよき知恵が次々と浮かんでくる。生き様が素晴らしかった人の、ほとばしり出た言霊を集めた本は、名著であると同時に、次元の違う本だとさえ言える。こうした本を一冊でも多く読み、魂の畑をせっせと耕し続けることを、読者の皆さんに「神霊界に感応する読書法」としてお勧めしたい。


天と日常から学べ

「次元の違う本を読め。無駄な駄本は不要なり」

 実はこの言霊は、私が何か気になった本を読んでいた際に、

「おまえ、そんな本を読んでいたら、時間が無駄だ」

 と神様から言われたことなのだ。

(つづく)

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良著に触れると天来の叡智が降り来る1445

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深見東州の「吾輩は霊である」(46)

「次元の違う本を読め。無駄な駄本は不要なり。天と日常から学べ」

 と。

 逆説的に聞こえるかも知れないが、本を読んで得た叡智とは、本から学んだものではないのである。

 良著に宿る息吹きを受けさせていただくつもりで本に向かう。するとその息吹きに触れることで、「あっ、そうか」とばかりに、天来の叡智がハッと降り来たるのである。これが天から学ぶ読書法である。

 それに対し、日常から学ぶことというのは、本や活字ではないところの、体験や実践から編み出したノウハウであり、ポイントであり、コツであるこれらは生活の中に散在する、生ける叡智そのものである。

 一厘が大切、ということを、講義等で私はよく話してきた。

 一厘とは何かというと、法則、原則原理のこと。体系とか論理ではないのだ。体系、論理というのは人間が頭で作ったものなのだが、一厘はそうはいかない。

(つづく)

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