自分の殻を破る瞬間とは1473

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「吾輩は霊である」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「吾輩は霊である」(76)

 要するに、従来の自分の殻を破る瞬間というのは、そのように自分に問いかけ、学び、省み、悶えて、悟りたい、いや捨てた、と行きつ戻りつしながら、自分の状態をまるで熟れきった果実のように、少しでも触れればたちまちはじけそうな極限の段階まで高めていき、そして天の時とも言うべき絶好の時を待ち、無形の気がなった瞬間に、竹筒が作るカーンという音とか、ちょっとした言葉を契機にして、あっ、そうか!と大きな閃きで悟る。魂の奥深いところに、「そうだ!」と深く悟入する瞬間のことを言うのである。

 悟った瞬間の感激を表現することは、口のきけない少年が、とびきりおいしい西瓜を食べた感動を、身振り手振りで表そうとする様に似ている……と言った禅者がいる。まことに至言である。手の舞い足の踏む所を知らずとも言うが、文字や言葉で表せないような、これほど深い感動や深い悟りというものは、己の気が熟しているのは勿論のこと、天の気が凝結した瞬間でなければ到底到達できないものなのである。悟り時期と天の時が合う、ということだ。

 このことを知って、今一度、

「気のなりて おのずから来る 悟りこそ 禅より来る 恵みの知恵なれ」

 の歌を味わっていただきたい。

 悟りに関する以上の三首は、いわば連作である。皆様はこの三首のうち、どの段階におられるだろうか。ぜひとも、最後の歌の境地にまで到達していただいて、悟りの喜びを味わっていただきたいと思う。

(つづく)

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御魂が向上した証拠1474

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深見東州の「吾輩は霊である」(77)

努力した分だけ実るのは、御魂向上のしるし

 では、次の道歌を解説してみよう。

「豊かなる 魂あらわれし しるしなり そのまま実る 努力の喜び」

 ストレートに表面的意味を記すなら、「努力したことがそのまま実る人というのは、魂が豊かである人のしるしである」ということだ。

 一生懸命十の努力をして、十の喜びが返ってくるのが、素晴らしき良き御魂である。

 ところが、十の努力しているのに一しか返ってこない人というのは、豊かではない、乏しき御魂だということになる。努力しない人は論外である。

 これが極上の素晴らしい御魂の持ち主となると、十努力すれば百、二百返ってくるのである。一見不公平なようだが、実はそうではない。

 極上の御魂の持ち主とは、徳分もさることながら高い英知を体得した人である。すなわちことの人の努力は、同じ「努力」ではあるけれど、他の人とは、努力のやり方のセンスが違う。しかも、今までの努力の積み重ねの上の努力であるので、英知と徳分が備わった上での努力となっている。一見、十の努力だが、実は普通人の百以上もの努力に匹敵する内容が凝縮されているのだ。当然、百以上のものが返ってくるわけである。

(つづく)

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十の努力で百返ってくる十倍の法則1475

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深見東州の「吾輩は霊である」(78)

 また、十の努力で百返ってくる十倍の法則ができるようになるまでには、もっと前からの地道な努力が積み重なっている。そのように、日頃から努力が積み重なった人の御魂は、御魂の中に豊かなる恩頼(ふゆ=栄養のこと)を蓄えているので、十努力すれば、百や二百にしてキャッチすることができるのである。

 結局、「そのまま実る努力の喜び」とは、自分が努力した分だけ(あるいはその何倍も)、そのままが実るのが、正しく豊かなる魂を持っている人のしるしなんだよ、ということだ。反対に、乏しい魂、業の深い魂の場合は、十努力しても一しか返ってこない。

 豊かなる魂の人はそのまま努力が実っていく。努力した分だけ(あるいはそれ以上)返ってくるから努力することが喜びとなる。だからますます努力するしようと思うわけで、理想的な良い循環であると言える。私たちはすべからくこうありたいものだ。

 ところで、豊かな御魂の逆は、傷ついた御魂である。豊かな御魂の証が「そのまま実る努力」なら、傷ついた御魂の証は何であろうか。

 例えば、愛情を注いだ男性に裏切られ、捨てられた女性は、今まで自分の尽くしてきたことは何だったんだ、自分はもて遊ばれていたんだ……と深く傷つく。あるいは、投資した会社が倒産する。不渡りを食らう。だまされた……と深く傷つく。要するに、投げたものが返ってこない時に、多くの人はがっかりするのである。

(つづく)

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報われなかった時に御魂が傷つく1476

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深見東州の「吾輩は霊である」(79)

 形で出したものは形で返り、目に見えない愛情を注いだものは、目に見えない愛情で返ってきたら、満たされる。これが豊かなる御魂の人の実りだ。

 ところがそうならなかった時には、がっくりして気落ちし、人は絶望感を味わう。この時霊眼で見ると、御魂はグサッと傷ついているのだ。そして、御魂は感性そのものであるから、傷ついたその時から、「羹に懲りて膾を吹く(あつものにこりてなますをふく=失敗にこりて、必要以上に用心深くなる)」癖が習慣づいてしまうのである。

 例えば、心の底から愛した人との間に水子が出来、悲しい別れをしたとしよう。この女性は子供と聞くと、「あっ、子供……男の裏切り……」と連想するかもしれない。もしそうならば、男性に裏切られた御魂の傷がそう思わせていると言える。

 あるいは、男性との交際が怖い……という思いが無意識に湧いてくる。どの男性を見ても、冷酷打算の男じゃないかと思ってしまうのだ。つまり、御魂が傷ついてしまっているということだ。

「注ぎこんだ熱意や愛情が報われないかもしれない……」と恐れることこそが、御魂が傷ついているしるしなのである。例えば、仕事で失敗してさんざん言われたり、お客様から苦情が出たりした時、一時その理由を反省するのはいいだろう。けれど少し反省したなら、もうそれ以上は振り返る必要はない。また失敗するのが怖くなるだけである。

(つづく)

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傷ついている人はどうすればよいか1477

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深見東州の「吾輩は霊である」(80)

 では、既に傷ついてしまっている人はどうすればよいのか。答えは一つである。怖くなくなるまで、そのことが成功するまでやることだ。たまたま失敗したそのことに縛られる御魂の傷を癒すべく、同じことに何度も何度も立ち向かうのである。やがてそのことに成功した時、あるいは怖さを感じなくなった時、あなたの御魂は壁を乗り越え、傷を癒したのだと言える。そうしたら、魂は豊かになる。そして、

「豊かなる 玉あらわれし しるしなり」

「そのまま実る 努力の喜び」

 の心境で、そのまま実った努力に喜んでいるというときが、豊かなる魂が現れたしるしなのだ。

 努力が実らず、喜びではなくなった時は、御魂が傷ついたり、御魂が曇っていたり、乏しくなっているしるし(であるから反省すべし)と、こういう意味(教え)が含まれている道歌である。

 さて、最後の

「急ぎたつ 手柄に難あり 知らぬ間に おれがおれがの 自我いでにけり」

 これはわかりやすいと思う。紙面の関係上解説は省かせていただく。是非味読・含読していただき、神に投げかけて、幾重もの意味を受け取る訓練材料としていただきたい。

(つづく)

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胃ガンで死んだ祖父の霊1478

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深見東州の「吾輩は霊である」(81)

第3章 霊障・憑霊とは何か

-知られざる開運秘伝-

 それでは、本章では霊の実体について述べてみたいと思う。

 ところで私には霊が見える。悪霊から高級霊、そして神仏に至るまで見えるのである。霊の世界は私の専門とするところだが、それだけではなく、前世や未来に起こることも解ってしまう。この能力は、自分の人生を神に捧げたご褒美として、神様が私に与えて下さったプレゼントであると思っている。感謝しつつ、出来得る限り、世の為人の為に役立てたいと思っている。

 この章では、読者の皆さんに真実の神霊界の実体を知っていただきたいと思い、ここに私の審神(さにわ=霊の正邪、正体を見破ること)の実例の一端を紹介しよう。

実例その1 胃弱の男性は、胃ガンで死んだ祖父の霊が……

 胃弱の男性には、胃ガンで死んだ祖父の霊が憑いていた。私のところへ、胃が弱いという32歳の痩せた男性が相談にやってきた。三年ほど前から具合が悪いという。本人は、胃ガンでは?と心配している。私も今日は朝から胃の調子が悪く、健康には自信のある私もさすがに辛い。予想通り、原因はこの男性に憑いていた霊の影響だった。

 その男性に会った瞬間から、彼と二重写しに、彼の父方の祖父の霊が見えている。話を聞くと、祖父は三年前に胃ガンで亡くなっていた。その祖父の霊が胃の悪さの原因であることは言うまでもない。

(つづく)

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守護霊きどりの先祖1479

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深見東州の「吾輩は霊である」(82)

 私はその祖父の霊に意識で話しかけてみた。

 「あなたはどうして霊界に行かず、孫であるこの男性に憑いているのですか?」

 すると、

 「私はこの孫を守護しております。邪魔をしないでいただきたい」

 という。

 やれやれ、守護霊きどりの先祖か……。

 そこで私は、その祖父の霊に五つの事を伝えた。

 まず一つは、守護霊になるにはかなりの霊界修業を積んで、霊格を向上させた後、神霊から人を守護する資格を授かって、初めて守護することが許されるのだということ。

 二つ目は、人は死んだ後には一切この世への執着を断ち、行くべき霊界に行って、自分の御魂をさらに向上させねばならないこと。

 三つ目は、人に勝手に憑く罪は非常に重いということ。

(つづく)

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成仏していない祖父の霊を救う1480

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深見東州の「吾輩は霊である」(83)

 四つ目は、あなたがこの男性(孫)に憑いていることにより、孫の胃の具合を悪くし、かえって迷惑をかけているということ。

 そして五つ目は、霊界には病気はなく、生前肉体を病んでいても、死後の今は肉体はもう無いのだから病気も無いのだ、ということ。

 こうしたことは、本来生前に学んでおくべき事なのだが、知らずに一生を終えてしまった今となっては、一つずつ教えて差し上げるしかない。

 その時、神様が私に教えてくれた。

 「この男性はこのまま放っておくと、五年後に胃ガンになる。救霊してあげなさい」

 運の良い人である。しかし今回救霊すれば八十五歳までは寿命があるようだ……。

 私はこの成仏していない祖父の霊に対し、救霊(除霊)を始めた。今申し上げた五つの内容を織り込んだ歌にして。

 一時間ほど救霊をし、その祖父の霊の胃を治し、霊界での食事も与える。他にも先祖など合わせて十三体の霊を救済し、無事に霊界へ連れて行った。

(つづく)

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救霊を受けると二度と起きなくなる1481

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深見東州の「吾輩は霊である」(84)

 終了後に、私は閉じていた目をあけて彼に聞いた。

「いかがですか、胃の具合は」

 その時、彼の目から一筋の涙がこぼれていた。彼は私に言った。

「どういう訳かわかりませんが、涙が出てしまって……」と。

 霊が喜んで救われる感動が、憑かれていた人には無意識に伝わってきて、自然に涙がこぼれたりするのである。

 ほとんどの場合、先祖霊の救済はすみやかに行われる。霊界のことを知らないだけのことが多いので、分かれば後は早い。

 その男性はその日以来、すっかり胃の調子が良くなり、食欲も元に戻ったという。一ヶ月後の連絡では6キロ、体重も増えたそうである。

 もう少し言っておけば、よく胃ガンなら胃ガン、子宮ガンなら子宮ガンと、代々あるいは家族が次々と同じ病気にかかったりして、ガン家系などと言われたりする家がある。これも、ガンで亡くなった先祖が守ろうとして憑いていたり、助けを求めて憑いたりして、憑かれた人から順番にその先祖と同じ病気で亡くなるのである。だから、誰かが一度救霊を受けると、以後その病気はその家系では二度と起きなくなることも多い。

 しかし、先祖霊はまだしも、もう少しやっかいなのが、家代々のたたり霊である。

(つづく)

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霊界では一日に何度も自殺を繰り返す1482

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深見東州の「吾輩は霊である」(85)

実例その2 たたり霊の救霊後、目の前で歩けるようになった……

 私のところに、重症の患者が運ばれてきた。聞けば、車の事故に起因するヘルニアで二ヶ月前から動けないという。

「これは単なる病気ではないな……」

 とピンと来る。私の腰も今朝からピリピリ痛むので、腰の悪い人が来るのはわかっていたが。

 早速霊視してみると、案の定霊が数体憑依している。中でも強烈なたたり霊が三体。その内の一人は何故か子供である。

 霊たちとの対話、さらには神霊の教えによってわかったのは、この人の十二代前の先祖に土地争いで騙されて恨みながら病気で死んだ夫と、後追い自殺(崖からの飛び降り自殺)をした母・子が、憑依しているということである。

 腰が動かないのは、その、飛び降りて後追い自殺をした妻が、腰を強打して死んだ時のショック、これが原因となっているようである。(自殺した人は、霊界においては一日に何回も自殺を繰り返すので、その度に憑かれた人は痛みが走るのである)

 死後、霊界に行った後も痛みを引きずっている者は多い。良い霊界へ行った者は、自然に癒されたりするのだが、このように怨みや絶望の果てに死んだような場合は良い霊界に行けないので、痛みを引きずったまま苦しむことが多いのだ。

(つづく)

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