言葉を添えれば、霊界では一升になる1516

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「吾輩は霊である」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「吾輩は霊である」(119)

 なぜ突然大酒飲みになってしまったのか、その霊的な背景を見てみた。すると、夫の家の先祖の中に大酒飲みの先祖がいて、霊界に帰った後も酒が飲みたくてしょうがないと思っていた。その先祖霊が何かの拍子に、この夫婦にヒョイと懸かってしまったのだ。結婚式の三三九度を見るか何かで、うらやましかったのかもしれない。それで、このご夫婦にガバガバ飲ませることで憑いている先祖も一緒に飲み、憂さ晴らしをしていたというわけである。私はこのご夫婦に、仏壇にお酒を一合お供えするように勧めた。すると翌日から夫婦の大酒がピタッと止んで、元の酒量に戻ったそうだ。このように仏壇に供えるやり方は、実は霊界の理屈にかなった方法なのである。

 仏壇に供えた一合の酒は、霊界ではその量をいくらにでも増やすことができる。

「どうぞ、お飲み下さい」

と供えた後に言葉に出して呼びかけることが大切なのだが、もらった先祖霊は大喜びで、人に懸かるのを止めて酒に懸かるようになるのである。この世における量が実際には一合でしかなくても、

「どうぞ一升のお酒をお飲み下さい」

と言葉を添えれば、霊界では一升になるのである。

(つづく)

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
スポンサーサイト

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久

お供え物を十倍化する法則1517

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「吾輩は霊である」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「吾輩は霊である」(120)

 霊界は想念の世界なので、想いを込めればお酒の量を好きなだけ増やすことができる。このようにお酒が好きな先祖霊がいることがわかったなら、お酒を仏壇にお供えすることで酒癖の悪い先祖の霊をそのお酒に引きつけることができる。結果としてこちらの身に懸かられないで済むため、自分が酒で苦しむことがなくなるというわけである。

 しかしもちろん、何も問題が無い家であれば、無理をしてお酒をお供えしたりして仏壇を祀る必要はない。どうすることもできない困った時の方法としては、仏壇を祀ったりお酒をお供えしたりすることで、大きな効果を発揮する場合も多い、こういうことである。


仏壇のお供え物十倍化法則

 さて、お祀りするのであれば、一日一回、お食事を真心込めて、小さなご飯でもいいので、お供えするのが良い。

 お供え物というのは、この世の尺度で見た場合には少ない量でしかないが、祝詞の中では、

「海川山野のくさぐさものを橫山のごとく置きたらわし」

 と言う。

(つづく)

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久

橫山のごとくと言うと霊界では大きくなる1518

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「吾輩は霊である」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「吾輩は霊である」(121)

 実際お供え物は、海とか山のものがあると良い。スルメというのは海の物。川魚は川の物。山と言えば栗や木の実などで、野菜や果物は野である。これらが海川山野のくさぐさものである。

 海のもの、川のもの、山のもの、野のものというのを橫山のごとく置く。横たえるぐらいにという想念で差し上げる。実際はお金も大してかけないで、海川山野のくさぐさもの-みりん干しが一切れ、お大根の葉っぱが一切れ、お葱が一個、あとはちりめんじゃこが五切れといった程度のお供え物であったとしても、

「海川山野のくさぐさものを橫山のごとく」

 と言うと、霊界ではグーンと大きくなる。

 霊界は想念の世界なので、想念の持ち方次第で大きくも小さくもなるので、せっかく山盛りに並べても、「ほらよ」といい加減な想念で供えると、大きなニンジンもマッチ棒ほどに小さくなる。葉っぱもしおれてしまって、神様も受け取られない。だから、仏壇でお供えする時には、どんなささやかなご飯でも、

「どうぞ橫山のごとく」

と言うと、仏壇に入りきらないくらいの量になる。同じ供えるなら、想念を伸びやかに持って大きなお供えものにしたほうがいい。

(つづく)

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久

供えたままでは浮遊霊も食べに来る1519

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「吾輩は霊である」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「吾輩は霊である」(122)

 そして、あまり長い時間放置していると、関係のない浮遊霊まで食べに来るので、

「二十分間お供えしますので、その間に橫山のごとくなるご飯をお召し上がり下さい」と言って、二十分経ったらパッと下げる。

「ああ、もうちょっと食べたかったんだけど……」

「もう二十分経ちました。だめです」

 こうすれば、わりと御先祖に優越感を持てる。こういうふうに食事はお供えしたらよい。


新婚家庭の位牌・仏壇の祀り方

 では、結婚して先祖を祀りたい時に、どうすべきかについて述べておこう。

 夫婦とも信心深いと、一つの仏壇の中に両家の位牌を同時に入れたり、あるいは位牌を共同で使うといったことをする人が出てくる。一軒の家の中で仏壇をきっかけにして先祖が同居するということが起きるのである。

 一つの仏壇の中に、夫と妻の「○○家先祖代々」と「□□家先祖代々」の位牌が並んで立つことがあるわけである。

(つづく)

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久

ある時急に夫婦仲や親子関係が悪化するのは1520

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「吾輩は霊である」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「吾輩は霊である」(123)

 結論から言うと、こういうことはしないほうがいい。家の中が非常に混乱することになるからだ。

 どういうわけか、夫婦仲や親子関係の具合が悪くなり、居心地の悪い家庭となってしまうのである。

 なぜそうなるのか。こう考えてみると良い。

 例えば、八畳のお部屋に、ご主人がいる、奥様がいるというのはわかる。子供がいる。ここまでは良い。ところがそこに、ご主人のおじいさんとおばあさんとおじさんがいて、さらに奥様のお父さんとお母さんとおじさんがやってきて、同じ八畳の一部屋に住んでいるという場合はどうだろうか。

 大体、奥さんのほうのお父さんとお母さんというのは、大正、明治、あるいは江戸時代に生きた方たちなので、

「どうも、娘がお世話になっておりまして」

「いやあ狭いところで、もう本当に……」

「どうぞ、お互い親戚ですので、どうぞどうぞ」

「いやあ、本当にお世話になりまして」

「どうぞどうぞ。わしらも嫁の立場でございますので」

 ということになる。

(つづく)

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久

両家の位牌を一つの仏壇に祀ってはならない1521

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「吾輩は霊である」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「吾輩は霊である」(124)

 位牌は小さいから、生きている人から見れば二つ並んでいてもどうということはないが、霊的な現実という観点から考えた場合には、上記のようなことが起きているのである。

 こうした状況の下で先祖霊が抱く感情が、やはり子孫に影響して、現実界に生きる子孫もまた何か居心地が悪く、しっくりこないという気持ちを持つことになるのである。家庭運の背景になる先祖の霊が居心地が悪い想いを感じていることが元凶となっているのだ。

「お前、何とかしてくれよ。申し訳ないし」

 ということで、居心地が悪いのを奥さんの先祖は奥さんに知らせる。ご主人の先祖もご主人に、

「おまえ、これ何とかしろよ」

 と言ってみたりする。

 御先祖様の居心地が悪いという感情が現世の人々に伝わって、何かしっくりと行かない関係になってしまうのである。

 はっきりと言っておくが、結婚後、両家の位牌をこのように祀ることは絶対にしてはいけない。家族もうまく行かない上に先祖霊たちも少しも喜ぶことがないのだから。

(つづく)

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久

結婚したら夫の家の先祖だけを祀る1522

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「吾輩は霊である」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「吾輩は霊である」(125)

結婚したら夫の家の先祖だけを祀る

 本来、結婚後は、ご主人の家の先祖の位牌を祀ればいいのである。

 例えば、ご主人が次男の場合は、長男がきちんと祀ってくれているのならそれでいい。そうでない時は、次男であっても祀らなければならない場合も出てくる。仏壇は一つあってきちんと祀られているならそれで充分だし、かといって悪い意味で意識を縛られることがないなら、複数あっても困ることもないのである。

 また位牌を置くことで、先祖霊を人の体に憑かせない効果も得られる。これは、先祖に罪を作らせないで済むため自分の功徳となることでもあるし、長男がいたとしても、位牌は次男が祀っても構わない。どの位牌に懸かるのかは先祖霊の自由なので、先祖霊が好きに選べるよう選択の余地を残しておくのも良いことである。そして、夫の直系の先祖だけを祀り、妻の実家については祀らないというのが原則である。

 それでも奥さんの実家が他に誰も祀る人がいないという場合は、どうしたらいいのか。

 こういう場合は、仏壇を必ず別にして、やや小さめの仏壇のほうに奥さんの実家の先祖を祀るのである。できるなら部屋も別にして、別々の部屋にそれぞれの仏壇を置く。妻の実家なので、小さめにして控えめに設けると先祖も落ち着くのである。

(つづく)

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久

妻の先祖だけを祀っているとどうなるか1523

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「吾輩は霊である」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「吾輩は霊である」(126)

男女平等が通用しない先祖の霊界の悪影響

 例えば、夫は次男だが、妻は一人っ子で他に兄弟姉妹がいないという場合を考えてみよう。実際に時々出遭う話である。

 このような場合に、ご主人の家の先祖を全く祀ることなく奥様の実家の先祖だけを祀っているという時、どうなるか。

 結論から言うと、これは完全に奥様上位の家庭となってしまって、夫が全く不甲斐ない人物となり、居るのか居ないのかわからないような、存在感の無い夫となってしまうのである。

 妻の側の先祖は部屋の中に山ほどいるが、夫の側は何とか守護霊だけでもっているという印象を与えることになる。それで元々か弱いご主人が、家では、

「あの、お味噌汁……、あの、無くてもいいです」

 で、社員食堂で何とか食いつないでいるといった感じになってしまう。これでは仕事もうまく行かない。奥様だけがすごく頑張っている、という家は大抵こうなっている。

「奥様、ひょっとして、仏壇の位牌は奥様の実家のご先祖だけをお祀りしているのでは?ご主人のご先祖は……」

「ええ、私はもう昔から母が信心深いものですから、仏壇はちゃんとお祀りしています」

(つづく)

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久

ご先祖様の感情が子孫の心を左右する1524

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「吾輩は霊である」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「吾輩は霊である」(127)

「ご主人のご実家の先祖の位牌は?」

「主人は次男ですから、ございません」

 やっぱり。

 やはり今のようなケースなら、ご主人が次男であっても、男性(主人)の先祖代々の霊を祀るべきである。そして、奥様のほうも、跡取りが無く、絶家になるのなら、小さめの仏壇にして別の部屋で祀ることになる。

 男女平等に反すると感じる方もあるだろうが、大体ご先祖様というのは封建時代に生きておられた方々である。その、ご先祖様の感情が、現世に生きる子孫を、特に仏壇を祀っている人々の心を左右するのだから、妻の先祖については、先祖たちの生きていた当時の常識に従って小さめの仏壇にお祀りし、お部屋を別にする。こうすると、頼り甲斐のあるご主人に戻ってくれる。

 小さめといってもほんの少し小さいだけでいいのだから、不平等が好きなご先祖様たちだな、しょうが無いな、と諦めて、生きている夫婦は平等に仲良くしていればいいのである。

(つづく)

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久

仏壇は明るく、時間を区切ってお供え物を下げる1525

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「吾輩は霊である」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「吾輩は霊である」(128)

仏壇は明るく、お地蔵さんのお供えも二〇分がいい

 仏壇は暗いほうがいいか、明るいほうがいいか?

 降霊実験では暗闇のほうがよく霊が出るというから、ご先祖が出やすくために仏壇を暗くしている、といった人が実際に過去にいて驚いたことがある。

 オカルトごっこをやりたい人なら別だが、暗くしたら浮遊霊や邪気しか来ない。ご先祖様を喜ばせたいなら、うんと明るくしてあげるといい。

 また、よくお地蔵様にお供え物を供える人がいるが、ほとんどの場合、供えたままで下げてきたという話は聞かない。

 大体、お地蔵様におにぎりを出して、二十分で下げたという人には会った試しがない。だから、道端のお地蔵様にはいろいろな浮遊霊が次々に寄って来る。それだけではなく、霊眼で見てみると、動物の浮遊霊や死んだ犬の霊などがお地蔵さんの周りでうようよしている。そんな場所とはつゆ知らず、敬虔な人が「お地蔵さん、お地蔵さん」とお願いすると、その人に浮遊霊たちが憑く。これが道端のお地蔵さんに祈ることで浮遊霊が付着する時の実情である。なぜお地蔵さんに霊が集まってくることになったかというと、お供え物が放置されたことが契機となって邪霊集合霊界ができあがったというわけである。

 つまり、善意でしたことであっても、お供え物を放置するのは良くないということである。仏壇のお供え物についても同じことで、二十分で下げるのが望ましいのである。

 時間を区切ってお供え物を下げることが浮遊霊や邪気を呼び込まないための方法であり、ご先祖やお地蔵様へのマナーなのである。

(つづく)

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久

ワンクリックお願いします!
ブログランキング にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ 人気ブログランキングへ
最新記事
プロフィール

美禰子

Author:美禰子
FC2ブログへようこそ!

最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
深見東州の著作
神界からの神通力
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード