昔はきちんと叱ってくれる年寄りがいたりした1026

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「それからどうした」を紹介しています。幸せについて、人生でいかに選択するのか、などが解説されています。

深見東州の「それからどうした」(70)

 日本の場合、そういう信仰がないわけではないが、多分に玉虫色的であり、社会に対する絶対の善というものがなかなか確立できなかったことは事実ではないだろうか。神道の惟神の道にしても、不浄なものを嫌っていくという姿勢なのだが、キリスト教精神に根ざした社会において表現される、隣人愛や他人への思いやりといった種類の社会性は欠落しており、それが欠点となっている。

 このため日本の社会では、社会の基準としての、社会生活における基本的ルールとしての善と悪を子供の頃から教えて、しっかりと躾をして身につけさせるということができていない。特に昨今はその傾向が顕著ではないだろうか。

 しかし、これからは社会規範として、最低限の善悪のルールを設定することが必要となるだろう。例えば、子供の世界のいじめの問題などは、その必要性を強く世に問うている例ではないか。

 今から十数年も前に東京富士見中学の鹿川君が自殺したあと、文部省(現文部科学省)は通達を出した。それが、近年愛知県の大河原君がほとんど同じようにいじめから自殺すると、十年前とまったく同じ通達を出しているという始末だ(註・平成十一年現在)。政府のお役人をはじめとして、善悪をはっきりさせないことの弊害がこのように現れている。

 昔は、電車の中で子供が騒いでも、その子の親が叱らないと、きちんと叱ってくれる年寄りがいたりした。自分の子供にきちんと善悪のしつけをできない親は、今ほどではないが昔もいた。しかし、社会全体としては、その中で暮らす子供達の行いを正す力も強かったのではないか。今の私達としては、そうできない親達が多い分だけ、善悪のルールをしっかりさせる躾をきちんとすることがいっそう大切になってきている。もちろん、その子を注意してやることで相手が本当の善を知ることができたなら、それは大きな功徳、徳積みとなって返ってくるのだから。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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