まなびておもわざればすなわちくらし1188

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「絶対運」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「絶対運」(112)

 西村さんも修業時代は、熱い湯をぶっかけられたり、包丁の背で殴られたり、足で蹴られたりという厳しい毎日の中で、たゆまぬ努力をし生き残ってきた人でもある。

 西村さんが読書を欠かさないというのは、職人気質の世界の中で、ともすれば「我見」に陥りやすいことを自戒し、人の意見を聞く姿勢を持ち続けるためであろう。

 「我見」や「我」の強さ、あるいは頑固さは教養と知性のなさが原因である。己の見識、考え方は正しいかもしれないが、それだけが正しいのではない。もっとすばらしいより優れた見識があるかもしれない……。そういう視野の広さや柔軟性は学問によって培われる

『論語』にこうある。

学びて思わざれば即ち罔し。思いて学ばざれば即ち殆うし。

(まなびておもわざればすなわちくらし。おもいてまなばざればすなわちあやうし。)

 前段の意味は、いろいろと学び知識はあって、自分で考え思わなかったら、つまり咀嚼しなかったらものの本質が見えない、知識ばかりであって内面性やものの本質に暗い。すなわち聡明でないということだ。

 しかし、その反対に「思いて学ばざれば即ち殆うし」である。いろいろと自分なりに思い、考えているけれども、学ぶということをしないために我見が出る。

 独善の弊害といってもいい。それが「殆うし」の言葉に象徴されている。これが後段の意味だ。

 その人物が立派で説得力があり、協調性に富んで、しかも見識があるとき、人は「我」があるとは言わない。だから「殆うくない」のである。

 頑固というのはときとして必要だが、しかし、たいてい知性と教養の厚みに欠けているために、「我」と「慢心」とがブレンドされた場合が多い。

(つづく)

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tag : ワールドメイト 深見東州 半田晴久

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