霊の本質(2)119

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪、除、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除」(3)

 一方、この世にいかなる未練も残さず、死者としてあるべき本来の道を歩もうとするも存在する。それが普通の姿であり、すべての人はそうあらねばならない。

 人は死ねば界に行く。そこで霊界人として新たなる生活を営むのだということを認識した霊が、一般に成仏霊と呼ばれる霊なのである。また、この言葉は、あらゆる妄妄想が浄められ、仏性が顕現した霊という意味にも使われる。

 また、さらにその認識のレベルを高め、徹底した慈悲の心や現世を達観して精進するという、深き悟りのをもつに至った霊のことを、菩薩位に達した霊と呼ぶ。菩薩とは、仏道に励む釈迦の姿と同じきあり様をさしていう。

 さらに、菩薩位の霊が一層揺るぎない想のもち主となり、おのずから不動の霊格と悟りの位をもつに至れば、それを如来位に達した霊というのである。如来とは、ある程度の天地自然、法界の真相をきわめ、霊界や現実界で衆生を救える仏のことである。人を救えるようになるには、最低、自分の悟った状態(菩薩位)が変動することがあってはならない。だから、如来位にして、はじめて人々の救済が正しくできるようになるのである。そして、この如来位の霊が行きつくところは、神位にある霊となることである。

 ここでいう神とは、日本神霊界における神であり、内的高貴さと外的実行力に加え、万能であって芸術性に富んでいなければならない。つまり、この神位をもっとわかりやすくいうと、「人間としてのあらゆる俗情を乗り越え、神のごとき愛、神のごとき知恵、神のごとき崇高な感性を備えた霊格をもち、それをこの世で実行し、やり貫いた人のこと」なのである。白隠禅師や諸葛孔明、菅原道真などがこれである。このように、善なる霊たちや、悪しき霊たちがさまざまな形で人間世界に関与しているのが霊界の実情なのであるが、これら善とか悪とか定義している霊とは、そもそも、その霊たちの発するが善なるものか悪しきものかによって決まり、高い位とか低い位とかも、その霊たちの抱くの種類が文化的に高いものか低いものかによって決定することを忘れてはならない。また実行するということも、薄っぺらなではなく、真底まで徹した念ならば、おのずから行いとなって表れるもの。だから、行動も、真底深い念の表れとして定義できるのである。

 私の主宰するワールドメイトでは、全国各地で講演を行っているが、この講演で、「改心とは、ちょっとした心構えや想念を変えることをいうのではない。本当に心が改まったら、心が変わり、言葉が変わり、行いが変わるはずだ」と再三いっている。

 心とは、口と心と行いを含むところまで広がりをもっているものだ。それを心の上部、中部、深部といってもよい。深いところに行くほどに、霊があり、魂がある。

 ところで、本書のテーマである「大除霊」も、実は、たとえば悪霊の大除霊をするとは、悪霊の抱く悪念を改め、霊界生活を真にすばらしく実行していただくために改心させることをさす。つまり、霊を改心させ、その霊を救済することで、悪霊を除くのである。だから、本当をいえば、「大除霊」よりも「大救霊」の方が適切な表現なのかもしれない。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 菩薩 如来

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