中身を理解できていなければ意味がない1505

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「吾輩は霊である」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「吾輩は霊である」(108)

 写経は、写す文字も意味を持っているが、般若心経が何が言いたいのかということを咀嚼(そしゃく)しなければ意味がない。お経はあげるものではない、書くものではない、まして拝むものではない。内容を理解して、心の持っている内面性を覚醒する、悟りを開く、そして、お釈迦様が言いたかったことを納得することこそが大切なことなのだ。

 お経というのは、元々お釈迦様の生きた言葉を記録に残したものだ。お釈迦様が書いたものでなく、お弟子が、

「私はこういうふうにお釈迦様から聞きました」

 と書いたもの。

「如是我聞」-「このごとく、我、聞けり」なのだ。拝むための道具ではない。

 バイブルも同様でイエス自らが書いたものではない。

 イエス様はこうおっしゃっておられましたということを、マタイやルカが「このごとく、我、聞けり」と記録したのがバイブルだ。仏教の場合は、それが全部、お経として残っているのだ。そう考えたら、お経の本質や存在意義もわかる。お経は形ではなく、内容に接するのが本当で、これが基本なのだ。

(つづく)

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久

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