仏壇の位牌は祀り方の基本中の基本1531

ワールドメイトは、深見東州先生(=半田晴久氏)が教祖の宗教法人です。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「吾輩は霊である」を紹介しています。運の強弱について、自力と他力、運・不運の分かれ目、などが解説されています。

深見東州の「吾輩は霊である」(134)

 日蓮宗も日蓮上人もすばらしいし、阿弥陀如来様もすばらしい。浄土真宗の親鸞上人もすばらしいのだが、それぞれの死者に対しての考え方、やり方があってわかりづらい。日蓮宗では曼荼羅はあるが位牌は無いのである。

 「南無阿弥陀仏」を唱える浄土宗、浄土真宗でも、阿弥陀如来像と過去帳はあるが、位牌は無い。中には位牌があるという家もあるが、一般的なやり方では浄土宗も浄土真宗も位牌は無い。阿弥陀如来様と過去帳だけなのだ。

 だからお盆には、浄土宗や浄土真宗を信仰している家の先祖は、霊を受け入れる器が無い状態になっているので、この世に帰ってきた時に困るのである。亡くなった人がしっかりとした阿弥陀信仰を持っていて、確かに阿弥陀浄土に行った場合は良いが、何もわからないし何もしていなかった親戚が霊として祀られた場合、位牌が無いためにどこにかかっていいのかわからなくなるのである。正しい阿弥陀信仰を持っていなかったのだから当然の結果である。

 日蓮宗の人であっても同様で、生前、家族や親戚の誰もが熱心な信者だったわけではないのだから、浄土宗、浄土真宗、日蓮宗、いずれの場合も位牌を用意して標準的な仏壇の祀り方を採っておくほうが霊界が落ち着くのではないかというのが私の結論である。

 つまり、神道、日蓮宗、浄土宗、浄土真宗、いずれもすばらしい教えであることは重々承知の上で、悟りもなく真ん中から下の水準でうろうろしているような先祖霊を何とか供養してあげるためには、やはり仏壇に位牌を置いてあるのが良い。それが仏壇の祀り方の基本中の基本だということを理解して、実践なさるのが良いのではないかと思う次第である。

(おわり)

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久

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