心の柔軟性を養う仏教(2)179

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(63)

 ところで、仏様は蓮の花の上に乗っておられるが、あれは一体何を意味しているのだろうか。

 周知のとおり蓮は、その根は水泥中に張ってはいるものの、水の上では美しい花を咲かせている。そして、泥水は現実界、花は心のヒダを表して仏界を象徴する。そして、その上に立つ御仏は、悟りの奥に開ける御魂の本体である神界などを象徴している。つまり、世俗の中にしっかりと根ざして、上のほうでは美しい花を咲かせて、御魂は神界に入っていることを蓮は象徴しているのだ。

 きれいな花畑で咲いている花も美しい。しかし、この汚泥と汚辱で満ち満ちている世の中では、それではあまりにも弱すぎて、現実的に立派に生きることができない。だから、蓮のように生きることが大事なのだ。蓮のようにたくましく、現実界に根を降ろさなければならないのである。

 そこから蓮華の教え、つまり、南無妙法蓮華経が出てくるわけだ。

 したがって、特に大乗仏教を研鑽していると心のバネ、柔軟性が身につくようになり、汚い思い、悪い思いが襲ってきても、パッといい感覚の方へ心を切り換えられるようになるのである。もちろん、研鑽といっても、それを頭だけでするのではなく、実践的になさねば意味のないことなのであるが。

 霊界は最初に述べたように心と念=霊の世界である。

 だからこそ、「畜生!」「残念だっ!」という念を残して死ぬと、地縛霊や浮遊霊、怨念霊となったりするわけである。このマイナスの念や想いを諭して、すがすがしい思いにさせたら霊は低級霊界から上の方へあがっていく。これが、ほかならぬ除霊というわけだ。

 しかし、生きながらに明るくすがすがしい思いをもっている人間は、死後、除霊を受ける必要などまったくない。「残念だっ、おのれ!」という想いを、自分自身でコントロールさえできれば、悪い霊界へ行くことなどない。常に、いかなるときにも、「あ、待てよ。こんなことを思ったらダメだ」と、すぐに反省して切り換わる心のバネが身につけば、霊界へ行っても迷わないですむことだろう。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
スポンサーサイト

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 蓮華 泥水

コメント

非公開コメント

ワンクリックお願いします!
ブログランキング にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ 人気ブログランキングへ
最新記事
プロフィール

Author:美禰子
FC2ブログへようこそ!

最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
深見東州の著作
神界からの神通力
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード