ふとした感覚201

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(85)

「ふとした感覚
 「楽天主義と悲観主義を研究・分析した結果、楽天主義のほうが正しいようなので、自分は楽天主義の立場に立とう」という人はいないはずである。一見、そのように思えたとしても、研究・分析する前に自分の情念や好みによる「ふとした感覚」があって、それが結局、楽天主義を選ぶか悲観主義を選ぶかのすべての理由となっているはずである。

 信仰もこれと同じである。「神様のことを研究した結果、どうやら神様は本当にいるらしいので信じることにした」、などと言う人は絶対にいないはずである。神様を信じるか否かは、要するに神様を信じることが好きか嫌いか、興味があってなんとなくそう思うかそう思わないかの問題であり、神の存在云々の理屈は後からついてくるはずなのだ。だから、神様が好きな人はことさら説明や説得をしなくても、素直に信じるし、嫌いな人はどんなに言葉を尽くしても、たとえすごい証があったとしても全部の人が信じるわけではないのだ。

 読書傾向についても同じことがいえる。悲しみに満ちた本、人生の挫折を述べた本ばかり読んで、「ああ、まったくそのとおりだ。人生なんて悲しくて空しいのだ」と考えている人がいるが、彼らは本を読んだ結果そう思ったのではなく、もともとその人の中に「人生は所詮、空しく、悲しいものなのだ」という想念があるので、それに感応する本ばかりを選んで読んでいるのである。もちろん、それに感動するとか共鳴するというのは、そういう部分に感応しているからなのである。

 その結果、徐々にマイナスの概念が構築されて、その人の認識の基礎ができていくのである。このような認識や思想が主義となり、たとえば虚無思想や悲観主義と呼ばれたりするのだ。

 哲学者のショーペンハウエルは次のように述べている。「人間の認識は、本を読んだり人の話を聞くことで吸収した概念によってできあがる。その概念はどこから来るかといえば直感だ。つまり直感、概念、認識という順で構築されるのだ」と。

↓ブログランキングの応援
 1回クリックよろしくお願いします

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
スポンサーサイト

tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 感覚

コメント

非公開コメント

ワンクリックお願いします!
ブログランキング にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ 人気ブログランキングへ
最新記事
プロフィール

美禰子

Author:美禰子
FC2ブログへようこそ!

最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
深見東州の著作
神界からの神通力
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード