随所において主たらしめば207

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「大除霊」を紹介しています。人間の本質とは何か、悪霊、除霊、カルマ、水子供養、因縁などについて解説しています。

深見東州の「大除霊」(92)

 これに関しては、臨済宗の祖・臨済禅師がこのようなことをいっている。

 「随所において主たらしめば、立所悉くこれ真なり」

 随所、随所において自分が主体となって、環境に影響されず、かえって環境に影響を与えるようになれば、そこに真がある。つまり、何をやっても自分自身の本質的な御魂の発露から為され、われではない、自己の本質的霊性が赫々と露呈していることとなる、という意味なのであるが、これをもっと平たくいえば、どんなに苦しくても悲しくても、人間関係などの環境に影響されず、逆に環境に影響を与えるような自分となれば、そこに本来の自分がいて、何の迷いも惑いもない。真実の自己実現ができている-これがだいたいの意味である。

 「随所において主たらしめば」という主体的意志をもって、ふとした何げない世界を、強引にでもいい方へもって行けるような自分をつくることができたら、環境を支配する人間、そして、環境を自分でどんどんつくっていける人間になれる。さらにいえば、自分が生まれてきた家、親、国、人種、親の財力……など、どんな環境にあっても、これを一切眼中に置かず、かえってバネとすれば、人は一切の愚痴、不足がなくなって、ただ成長と進歩があるのみである。そういう、一切の環境を踏み越えて、自分を見失わない真人、哲人、至人を主というのである。「汝らも、そうなれ、そうなれ、バカモノ」という、強烈な迫力で押しせまってくるのが臨済禅師の霊である。私も、何度かこっぴどくこの霊にしごかれている。

 たとえば、人間関係での葛藤の多い職場で働いているとする。この場合、職場の環境がどうのこうのという前に、自分自身が積極的に明るく発展的な存在となって、人間関係を改善していけばいいのだ。もちろん、どうすることもできない人は無視するか、けんかすべきときはあっさりと見事にけんかして、勝っても負けても悠然として仕事を楽しんでいたらいいのだ。そうすると、相手の方が気を使うようになる。胆力の差だ。そうすれば、職場の同僚は生きるし、先輩は改心するし、自分も図太く生かすことができるだろう。

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tag : 深見東州 ワールドメイト 半田晴久 臨済

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