地獄からの救済(2)096

深見東州先生(=半田晴久氏)は、世界中に愛をワールドメイトのリーダーです。

このブログでは、ワールドメイトのリーダーである深見東州先生の「神界からの神通力」を紹介しています。正神界のこと、神界と霊界のこと、守護神と守護霊、生霊、水子、稲荷信仰、蛇の霊、などについて解説しています。

深見東州の「神界からの神通力」(96)

 一つは、子孫たちが徳を積むことによって「刑期」を短縮してもらうもの。神仏に寄進したり、神社を修復したり、人を助けたり、一身を神仏に捧げたり、つまり、体施、物施、法施をするわけである。
 
 このように子孫たちが徳を積むと、その功績が地獄に届けられる。
 
 「お前の子孫はよくやった」
 
 という報告が入るわけだ。そして一六〇〇年のところを三〇〇年にする、などという恩恵が施されるのである。ちょうど、現世において、子供が親のために保釈金を積んで真心込めて裁判所に提出し、親の罪と刑を軽減してもらうようなものである。
 
 二番目の方法は、地獄にいる本人が改心することである。本人が改心することによっても、刑期は短縮されるのである。とはいっても、口先だけの改心ではダメ。口と心と行いのすべてが改まったとき、初めて改心したと認められるのである。
 
 しかし、地獄界にいる誰もが改心できるわけではない。改心できる人間とは、罪を犯したとはいえ、生前ある程度の徳行に覚めた人であり、学問や信仰の基礎を持ち、少なくとも「悟る」ということを覚えた人である。
 
 徳川家康や豊臣秀吉などもいったん地獄界に落ち、ずいぶん苦しんだ揚げ句改心し、天に許されて獄を離れている。そして、改心ぶりを発揮し、明治維新の霊的大原動力となったのである。これは、私がじかに霊界の庁で伺い、当人からも直撃インタビューしてわかったことである。
 
 このようにして本人に改心がみられると、神様は霊界の長を呼んで「仮出所」の許可を与える。すると、やがて鬼が来て、その人を別のところへ連れていく。こうして、刑期が短縮されるのである。ちょうど、この世の「模範囚」のようなものである。
 
 三番目の方法は、特赦、恩赦である。この世でも、皇室の慶事や重要な国家行事があるときに特赦、恩赦が行われるように地獄界でも特赦、恩赦が行われる。まず特赦からご説明しよう。
 
 先ほど、徳川家康と豊臣秀吉を例に引いてお話ししたが、大きな時代の変動期ともなれば、善にも悪にも強く、現実界に大きな霊的影響力を発揮する霊の動きが必要となる。もちろん、天国界などの高級霊界にいる霊も働くことは働くが、これらの高級霊は清くはあっても、ときとして弱々しく、パワー不足であることが多い。これでは、力強い影響力は期待できない。そこで神様が、一つの時代を動かしてきたパワーのある霊を地獄界から選び、特別任務を与えて「仮出獄」させるのである。いわば、償(つぐな)いのチャンスを与えるのである。そうすることが、現実界に生きる人々のためでもあるからだ。
 
 これが特赦である。そしてこれらの霊は、特別に地獄界から出されて、さんざん苦労した揚げ句、世に抜群の勲功(くんこう)を立てるのである。それは、生まれ変わって働くこともあれば、背後霊となって働くこともあり、一概にはいえない。
 
 また恩赦とは、ひと言でいうなら救済除霊である。つまり、特別な霊的使命をもって生まれてきている私や霊能者と呼ばれている人々を介して、神仏が除霊や霊的救済によって罪を許し、霊を救済されることである。

以上、地獄界にいる霊が救済される三つのパターンをお話ししたが、これらからうかがえることは、主神はあくまでも大慈大悲の大御心を持っておられるということである。どんなに厳しい霊界規則をお定めになられても、その御本心は、どのような霊でもなんとかして救ってやりたいという親心なのである。

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世につれ変化する霊界097

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深見東州の「神界からの神通力」(97)

 これまで、霊界のことについてさまざまに述べてきたが、これらは私一人で解明したわけではない。最初に述べたように、その根本となるところは、わが師・植松愛子先生が示唆してくださったのである。植松先生はこう語られた。
 
 「霊界と現界は表裏一体であり、神界はまったく別の世界にある。霊界は、苦しみも楽しみも、すべてこの世と同じ仕組みになっているのよ」
 
 この言葉をヒントに私は研究を深めたのだが、まさに先生のおっしゃるとおり。簡単な言葉に含まれる真理に、改めて驚嘆させられた次第である。先生のおっしゃった内容は、いまだかつて誰も解けなかったことである。
 
 最後に申し上げるが、宇宙は刻一刻広がりつつあり、また人間社会や文明も刻一刻進歩していることはご承知のことと思う。しかし、霊界もまた刻一刻広がりつつあり、新しい霊界がドンドン形成されていることは、あまり知られていない。
 
 私が見た限りでは、植松先生がおっしゃる如く、この世の中の移り変わりと同じように、霊界の食事や着物、建物なども次々と変化している。
 
 地獄の状態や責め方なども、激しくモデルチェンジしている。つまり、昔の人には辛いことと思われても、今の人は辛く思わなくなったような責め方は廃棄され、新しい方法が採用されているのである。
 
 反対に、昔の人にとって楽しみであり喜びであったことでも、今の人にとっては楽しいことではなくなったものもある。たとえば「けまり」や「連歌会」「和歌を詠む」「やぶさめで殿様からほめられる」「きんらんどんすの着物を着せてもらう」ということなどであるが、これらは現代人にとって面倒くさい一種のお行となってしまって、決して楽しいことではなくなっている。
 
 それゆえ、現代人の行く天国では、一流ホテルで食事をし、きれいなドレスを着て、高級車に乗り、ヨットでコーラを飲んでいるのである。このように、現代の極楽生活そのままが、霊界でも行われるのである。
 
 古い仏教知識やスウェーデンボルグなどの著書にしがみついて、ホットな霊界情報を知らない人が多い。
 
 そこで私は、天国生活に希望を持って、人として前向きな努力をしていただきたいため、「誰でも行ける高級霊界旅行」と銘打って、真実の霊界探訪を皆様にお勧めしている。
 
 私が一〇人くらいを一グループとして、自由自在によき霊界へ案内するのである。
 
 すでに何回も行っているが、これまでのところ、一〇〇人中九〇人が霊界を実際に目で見、耳で聞いている。成功率九〇%である。この報告については、機会を別にしたい。

 
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霊界ではどんな修業をするのか143

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深見東州の「大除霊」(27)

 『神界からの神通力』でも書いたが、人間は死ぬと三十年の間、天之八衢(あめのやちまた)とか、幽界(中有霊界や精霊界ともいう)という世界にいて、この世の汚れと想いを払拭し、その期間が過ぎると本当の霊界へと旅立つこととなる。そしてひとたび霊界へ行くと、それぞれの御魂のランクにしたがって、天国界、中有界(まんなかにある霊界という意味)、地獄界などで修業をすることになるのである。

 だから、天之八衢や幽界にいる三十年間さえ供養すれば、もうそれで十分なのだ。供養が真に生きる期間でもあるからだ。本当の霊界に行ってしまった先祖まで、追いかけていって供養をする必要はない。よほど、神権を受託された者でない限り、一般の人たちが行う先祖供養では、地獄界に長くいる先祖霊を救済することはできない。それどころか、地獄の釜のふたを不用意に開けると、次から次へと何万の霊たちが押し寄せてきて、ノイローゼ、重病人、奇病の続出などによる家庭内の問題がもちあがり、最悪の場合は一家離散の憂目(うきめ)にも遭いかねない。まさに、さわらぬ神にたたりなし、なのである。

 そのような供養をするよりも、自分自身がプラスの人格面と前向きの人生観を絶えずもつように努力する方が、はるかに価値がある。そうすれば、あまたある先祖の霊の中で、高級霊として存在する方々とひとつになれるのである。この方がより大切なのだ。高級な先祖霊たちとひとつとなるべく自分自身の御魂を磨く方が、地獄界にある先祖霊を供養することよりも、はるかに重要であるし、運勢をよくするうえでも、大きな効果のあることなのである。

 そうした努力、つまり学問、教養、正しい信仰力を身につける努力を怠っていて、供養、供養といっているから、永遠に解決する糸口のない暗夜行路へと迷い込んでしまうのだ。

 くどいようだが、供養ばかり考えていると、次から次へと救済を求める霊が寄ってきて、自分自身が霊障(霊の障り)の固まりのような人となってしまうのである。
『あっ、この人は供養に熱心だから、この人につけば自分も救ってもらえるだろう』と地獄界に堕ちている先祖霊にとりつかれることになるのだ。

 人生の本義は先祖供養をすることではなく、自己のご本霊、自分自身の御魂をいかにすばらしく磨き、いかに世の中をよくしていくかにある。

 もちろん、供養もそれなりに必要なのであるが、何ごとによらず過ぎたるは及ばざるがごとし。これが霊界の実相をつぶさに見てきた私の結論なのである。

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中途半端に霊に興味を持つな150

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深見東州の「大除霊」(34)

「鬼神を語らず」。孔子はなぜ、このような言葉を残したのだろうが。孔子の時代には、中国土着の神仙思想が盛んであり、霊的世界に関する諸説が飛び交っていたので、あえて彼は現実界の目でものごとを見る態度を尊重し、人々が摩訶不思議な世界に関心をもたないように努力したのである。

 この孔子の姿勢は、私たちも大いに見習うべきである。特に、霊界に興味をもちがちな人、宗教家や霊能者は、孔子の現実的な見方を身につけ、真実の学問、真実の教養で正しい信仰力をもつ必要があるのではないか。

 もし、それができないようなら、いっそ霊にまったく興味を持たないほうが、かえって立派でいい人生が送れる。実際、中途半端に霊の世界に興味をもったがために、精神病になって病院に入っている人も多いのである。その人たちは、学問と教養と正しい信仰力で己を冷徹に見て、人心と道心との闘いができているという基礎がないために、最終的に心の主体性すらも失って悪霊の犠牲となってしまったのである。もし、本当に霊をきわめ、きわめ尽くしたいのなら、究極的には孔子の、現実の礼を敬って「鬼神を語らない」という態度に、いつでも自分がなれるように磨かねばならない。

 ところで、先の孔子のことに話を戻すが、主の大神は、この時代の仕織として、孔子があまりにも現実界を説きすぎたのに鑑みて、老子を世に遣わし、天地の悠々なること、玄々妙々とした宇宙と神霊界の働きや実相を世にお伝えになったのである。これも、学者の間では、色々と議論されていることであるが、孔子が先の人か老子が先の人かという問題である。

 結論からいえば、今述べたごとく、老子は孔子より後に生まれた人である。孔子の死後約四十年ぐらいして生まれた人であり八十五歳で没している。むろん、これは中国の歴史を神霊界から垣間見た、私の過去神通という神通力によって見た結果であるが。

 また、『荘子』や『史記』などには孔子が老子に会って道を教えられたとあるが、あれは項先峰(こうせんぽう)という人との出会いのことが、誤って後世に伝えられたのである。彼こそが実質上の儒教の創始者であり、孔子とは、彼の後継者なのである。

 ところで、項先峰という名の易の大家が孔子の先生であったことは、中国の道院紅卍会の扶括(ふうち)(最も信頼のおける神霊直接の降臨による霊訓の壇)によって有史以来はじめて明かされたことである。私は、この点に関してはさらにそれを肉付けしているだけである。

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高級霊と低級霊を見分けるポイント152



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深見東州の「大除霊」(36)

 話はずいぶん横道にそれてしまったが、以上の内容をしっかりと把握していれば、基本的に悪霊にやられることはないといえるが、もうひとつ悪霊に負けない方法がある。それは霊を正しく審神することである。

 審神とは神や霊の正邪を区別し判別することだが、これは多少霊能力があるくらいでは、行うことは不可能である。

 だからこそ私は、中途半端な気持ちで霊界に興味を持つのは危険であると、常日ごろから口がすっぱくなるほどいっているのであるが、ここでは参考までに、高級霊と低級霊を見分ける基本的なポイントについて述べてみたい。六大神通力の正邪の審神については、拙著『神界からの神通力』に詳しいのでこれを参考にされたい。ここでは、高級霊と低級霊について述べてみよう。

 高級霊の特徴を一つあげると、あまり現実界の人間に干渉しないことである。ああしろ、こうしろとか、いついつどこそこへ行けなどということを、高級霊は決して指示しないものだ。知らないうちに、そうなるようにし向けられるのが普通である。

 なぜなら、高級霊は元来、人間の教育係であり、あまり干渉しすると、人間を甘えさせたり、紆余曲折を経て遂げられる御魂の経験や成長が妨げられるからである。また、そうなるとそれによって成し遂げられるその人の使命も果たせなくなることも考えられる。それだから、学問教養と人格、それに社会経験と社会実績をつくっていけるように、背後から人間を高度な判断力によって導くのが高級霊の使命であり、それ以外のこととなると一歩離れた立場から見ておられるだけなのだ。

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高級霊の働きとは153

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深見東州の「大除霊」(37)

 したがって、本人の御魂の成長を妨げるような祈願であれば、どんなにお願いしても高級霊は黙って見ているだけ。決して動こうとはしないのである。

 逆に、前に述べた四つの要素にかなって、本人の御魂の成長と向上につながるものであれば「よしっ」とばかりに、たとえお祈りしなくても積極的に動いてくれるものである。お祈りをすれば、いうまでもなく一層強く守護してくださる。

 それだけ、高級霊とは、学問と教養と高次元での先見性、かつ霊的な覚醒と高度な智恵を備えておられるということになる。

 これに対して悪霊や低級霊はどうなのかというと、本人の御魂の成長など一切眼中にない。自分が肉体をもっていないから、ただただ肉体を占領して、思うようにその肉体を操りたいだけである。

 いってみれば、欲望エゴの固まりである。というのも、低級霊は高級霊とは違って高い咀嚼力、つまり、学問、そして正しい信仰力に基づく解釈力や包容力がなく、目先のわが思いのみで生きている存在なのである。むろん高い、文化的で繊細微妙なる感性や人情の機微を解する心などはない。一言で表せば低級霊とは、低級なる人間性をもつ霊のことだと考えてよいだろう。

 そういう霊は、肉体をもたないことを悔み、何とか他者の肉体を占領しようと、絶えず関与して憑霊する隙を狙っているのである。

 たとえば、「私は日蓮の生まれ変わりだ」とか、「私は釈迦の生まれ変わりだ」など。また「おまえには、これこれこういう使命がある」などとささやいては、人間の心と霊体と肉体を占領しようとするのだ。

 このあたりに注意していれば、悪霊や低級行者人霊などにやられることもないのだが、霊に強い興味をもっている人や、霊を扱っている霊能者や宗教家は、ミイラ取りがミイラになるような形で悪霊の犠牲になることも多い。

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霊言やお告げにごまかされるな154

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深見東州の「大除霊」(38)

 霊界ばかりに目を向けているから、姿を見たり、声を聞いたりすると、どうしてもそれが尊い神仏の導きかと思って信じてしまうのである。

 「おまえはこうしなければならない」「お墓へ来い」とささやいたり、夢でお告げをしたりして、人間を自由にあやつるようになるのである。

 こうした霊言やお告げにごまかされてはいけない。本当の高級霊神様とは、そのようなことは絶対にしないのである。本人の自由意志を尊重し、時間をかけて、じっくりと本人に考えさせながら悟りの段階を経させ、徐々にその使命を深く、しかも徹底して自覚させていくものである。

 お釈迦様が悟りを開かれて救世の使命を自覚されるまでのプロセスを見ても、おわかりになることだろう。決して突然の神がかりではなかったはずだ。むろん、突然の神がかりでも正神界のものもある。如来教、天理教、金光教、黒住教、大本教などは正神界の神様が教祖に突如として神がかっている。

 しかし、それもよく調べてみると、長い下積みと正しい神がかりがあるまでの伏線として、営々としたと悟りの修業が用意されていることに気がつく。そして、これとても、その神がかったご神霊をつぶさに調べてみれば、正神界の神様とはいいながら、金龍神であったり、青龍神であったりする。やはり、ご龍体をとおしての高級神霊のお働きなのである。だから、それなりに立派ではあるが、お釈迦様の場合と比べてみると、ご眷属(けんぞく)が介入して、病気治しや外的奇跡と簡単なご神示やお告げだけで布教している分だけ、レベルが低いものといわざるを得ない。

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高級霊と低級霊156

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深見東州の「大除霊」(40)

 さて、高級霊と低級霊の話から、だいぶ横道にそれてしまった。お話しを元へ戻して、ここに、具体的な実例を示して詳細を解説してみることにしよう。

 昔ある所に、「私は聖人の生まれ変わりだ」ということを断言していた宗教家があった。彼の足跡をたどってみると、やはり、前述したごとく突然の神がかりによって天啓霊能が一気に開いたのである。当初、観音様が現れて、霊示やお言葉がどんどんやってきた。

 そのうち、心で思う邪(よこしま)なことやちょっと間違った行いなどを次々に指摘されて、純粋で汚れなき心をもつことのみに専念した。もちろん、このころから前世の記憶とやらが現れて、並はずれた霊能が開いたという。信者たちは、彼の超能力開眼のプロセスを知り、「まったく普通の人だった彼が、突然の天啓で超能力者となれたのだ。自分もできそうだ。彼のようになれたらな……」という憧れをもつようになった。そういう思いを抱いていたためか、その後、年間何十人という自称霊能力者が、そのグループから次々と誕生したのである。実のことをいえば、彼の前に現れた観音様とは、青龍王の化身である。

 観音様の導きとはいかなる場合にも温和で、艱難辛苦の道を子供の頃からお与えになって、家庭や社会の経験をとおして、真正の宗教心や宗教的使命感を育成される場合がほとんどだ。このように、細かいことをいちいち指摘して、容赦なく強引に人を導くというのは龍神か天狗の為すわざなのである。決して高級神霊の為すことではない。

 龍王や稲荷のついている霊能者や宗教者の特色は、まず、大らかさや善を広く雄々しく広めようというよりも、悪をつくらないようにする傾向があることだ。霊的消極主義だといえる。すなわち、潔癖さと純一さをまず人々に求めて、自由や人間の幅や遊び心の楽しさというところを尊重しない。老荘思想や禅的な霊覚の自由さや広がりがないのである。

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高級霊と低級霊(2)157

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深見東州の「大除霊」(41)

 特に、この食べ物はだめとか、こういう心や姿勢はだめだとか、この宗教はだめだとか、とかく、規制、批判が多く、悪や不正を許さないという傾向が顕著である。龍神時代であった封建社会、帝国主義時代の社会のあり方とそっくりだ。聖人の生まれ変わりと称する彼は、まったくこのとおりのあり方なのであった。だが、本当の高級霊だったら、食べ物の規制は厳しくはしない。肉食も菜食も美味しくいただけばそれでよし、素材を生かせばそれでよしなのである。宗教批判も強くはせず、悪い心や姿勢も一切はじめから規制しない。大らかな慈悲の心で悪を包み込み、相手の改心と反省をじっくりと待たれるのだ。

 たとえば、小さい子供の教育は別ではあるが、悪い心や姿勢をもつ人がいると、悪い心と姿勢ゆえにとことん自分で行き詰まって悩むまで救いの手を待たれる。ましてや、細々とお告げを出して、「それはよくないぞ」という忠告などはなさらない。ただ、周囲の人間の口や文章をとおして、徐々に本人に改心を促すのみである。「ああ、こんなに行き詰まってしまって、人々から顰蹙を買ってしまった。やはり、心がけを入れ替えて、もう一度やり直すしかないのだ。そうだ、そうしよう!」とその人が改心して、反省して、新たなる出発を決心したとたん、おもむろに高級霊は現れてお告げをする。「それでよろしい。しっかり頑張りなさい。あなたが変われば、すべてが変わりますからね」と力強く励まされる。

 このように、必ず前向きで、いいすぎず、忠告がましくなく、その人の悟りと脱皮を心から喜ばれて、その悟りを補足される形でお告げや霊言を下されるのである。釈尊のときも、さきほど列挙した天啓の宗教家たちのときも、基本はすべてこれなのであった。

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ほとんどの聖人は生まれ変わることはない158

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深見東州の「大除霊」(42)

 そもそも、聖人の弘法(ぐほう)自体もそのようなやり方であった。これをもってしても、さきほどの彼が、聖人の生まれ変わりであるというのはおかしいことがおわかりだろう。ほとんどの聖人は再び生まれ変わることはない。使命あり、道と境地がきわまった人に臨まれて、ときどき合体して主神の天使の役を果たされる。だから釈尊などは降臨されても、降誕はなさらないことになっているのだ。ところで少なくとも、前世が聖人であるならば、今世に前世を越えるだけの偉業を為し遂げているはずだ。また、受けた霊言の内容や彼の説法の内容を見ても、高級霊らしい品格と高貴さがあるとは思えない。

 歴史に名を残した聖なる人とは、正しい潔癖な生き様を人々に強要するのが願いだったのではなく、善悪悲喜こもごもの衆生の、目前の悩みを解消して、一つひとつその悟のレベルを上げてあげようという、深くて、やさしくて、自在な心と智恵をもたれていたのであった。

 私は、イエス・キリスト釈尊弘法大師などの対処のあり方こそが、あの時代に現れた救い主的なあり方だと思っている。さきほどの彼は、高級霊だったら絶対にしない、「私は聖人の生まれ変わりだ」というような大言壮語をせず、大らかで、すべてを肯定と積極と調和とに基づいて人々を導き、もっと、よく先人たちの足跡を学んで、時間をかけてさえいれば、本来、決して悪い人ではなかったのだから、道を遂げていたと思う。そうすれば、三年で青龍王が去ってしまうこともなく、それ以後の蛇霊や狐霊や兇党霊団にやられてしまうという悲劇もなかったであろうと悔やまれるのだ。人のいい方だっただけに、本当に惜しいという気持ちで一杯だ。

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